期待の若手投手陣(手前左から尾形、長谷川、松本晴)に声をかける倉野氏 期待の若手投手陣(手前左から尾形、長谷川、松本晴)に声をかける倉野氏

前編に続き、2年間のMLB武者修行を経て、今季から古巣・福岡ソフトバンクホークスに復帰した倉野信次コーチの直撃インタビュー後編。現代野球で輝く〝オールドスクールの指導者〟、優勝を目指すホークス投手陣の運用法などを語り尽くす!(聞き手/お股ニキ

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■日米頂点は同じ潮流。データも大事だけど、最後は感性や感覚が重要になる

お股ニキ(以下、お股 レンジャーズがワールドシリーズを制覇できたのは、今のGMがデータを重視する人だったことに加え、一昨年は野手の補強をして、昨年は投手陣を補強、という段階をしっかり踏んだことが要因だったと思います。

その上で僕が聞きたかったのは、最後のピースとして、ジャイアンツで3度、ワールドチャンピオンになった経験を持つ名将ブルース・ボウチー監督を招聘したこと。その流れは、経験豊富な岡田彰布監督を招聘して日本一になった阪神タイガースと似ているなと感じたんです。特にボウチー監督といえば、独特な小刻み継投が代名詞です。倉野さんはどう感じましたか?

倉野 私もMLBにずっといたわけではありませんが、やはり気になって関係者を通じてリサーチしました。ボウチー監督はデータも重視するんですけど、最後は勝負勘も大事にする監督のようです。

アメリカはこれだけ合理的にデータを出して根拠を探している国なのに、最後はデータよりも感性、となるのがすごい。その目線で言うと、昨季プレーオフに進出したチームの多くがオールドスクール(古いタイプ)の監督なんです。

お股 ア・リーグ優勝決定戦は、74歳のダスティ・ベーカー監督率いるアストロズと、68歳のブルース・ボウチー監督の対戦でした。

倉野 もちろん、選手を育てるためには科学的なアプローチが必要ですし、長いシーズンにおいてデータ活用は有効です。

でも、最後の最後、本当に生身の「人間vs人間」の勝負で頼りになるのは感性や感覚の鋭さ、データには表れない勝負勘だと思うんです。その見極めがボウチー監督は長けているのだと感じます。

お股 継投なんて、もう答えがないですからね。

倉野 レンジャーズは私が入る前年は102敗。私が入った年も94敗。つまり、地区最弱チームでした。その2年間もデータは重視していたけど、選手との距離が近い若手監督ではシーズン通して勝てなかった。

そこで、まずは選手の大補強を敢行したけど、それでもダメ。すると、「データだけではダメだ」とGMが気づき、ボウチー監督を招聘した。少し前までは、いわゆるオールドスクールの監督は時代遅れという評価だったにもかかわらず。

お股 そうなんです。ちょっと前まではそうでした。

倉野 しかも、ボウチー監督に加え、投手コーチにも60歳超えのマイク・マダックスを起用。若いコーチでデータを重視する流れから逆行し、それが結果につながった。データも大事だけど、最後は感性や感覚が重要になる。そして、感性や感覚を磨くためには経験が必要なんです。

■今の野球で通用する〝オールドスクールの指導者〟とは?

お股 レンジャーズで特に印象的だったことはなんですか?

倉野 MLBからルーキーリーグまで共通して、「3つのことを守りなさい」とチームスローガンのようなものを掲げました。

ひとつ目は「基礎を大事にすること」。ふたつ目は「闘争心を持って試合に臨むこと」。3つ目は「良いチームメイトであること」。データからはかけ離れた、いわば精神論じゃないですか。そういうものを大切にしたことに驚きましたね。

お股 そこがアメリカの奥深さですよね。僕も最後は精神面が大事になると思うんです。なぜなら、野球は人間がやるものだから。僕が好きなダイヤモンドバックスのブレント・ストローム投手コーチも75歳。高齢でも、豊富な経験に最新のデータをアレンジして、今の野球にも対応してくる。

きっと岡田監督も同じだと思うんです。もともと投手陣を中心に戦力はある程度そろっていた阪神に「勝ち方」を注入した。その部分は日米ともに似たような推移を辿ったことが興味深いです。

倉野 結局、オールドスクールと呼ばれる監督やコーチでも、通用するのは今の野球のことも勉強している人なんです。自分の経験したことだけで止まっている人は、アメリカでも日本でも通用しません。

だから私は今、投手コーチの責任者として、ほかのコーチにも「学びましょう」と言っています。「時代は変わっているし、今の理論はすごいから、自分たちの経験や感覚だけでアプローチをするのはやめましょう」と常々言っています。

お股 野球の真理というか、基本は変わっていないと思うんです。広岡達朗さんや張本 勲さんらの辛口批評でも、的確な指摘だと感じることがよくあります。

ただ、スピード感や感覚で違う部分はある。だから、データに強い若いスタッフがサポートするなど、お互いが歩み寄って意見を取り入れることができれば、一番いい流れになるのかなと。

倉野 どちらも歩み寄る、という点は賛成です。アメリカでは、選手はプレーヤーとしてのスペシャリストだし、コーチもトレーナーもアナリストも、それぞれがその分野のスペシャリストという考え方が浸透しています。

要は、みんなが同列で、みんなが力を合わせて上に行きましょうという姿勢ですよね。今までみたいに、コーチが上から目線でマウントを取るようでは、いつまでたっても日本球界は良くならないと思います。

■ホークス優勝へ!「昨年末、『中継ぎで勝負してほしい』と武田にも伝えました」

お股 ソフトバンクに復帰されて、春季キャンプの感想は?

倉野 私がいた3年前のキャンプと比べても、練習量を求めるよりも質を求めるスタイルに変わってきたと思います。

ただ、量より質はあくまでも1軍の話で、2軍や3軍になると、どうしても選手の考えだけでは追いつかない部分も出てくるため、こちらから与える練習もやはり増えていきます。それでも、自分で考えて自分の練習時間が増えることはいい流れですよね。

お股 今の選手は意識が高く、練習方法についても自分でよく勉強していますよね。

倉野 本当にそう思います。その反面、ちょっと間違った方向に進んでいるケースもあります。選手は、受け取った情報を自分の都合のいいように受け取りたい側面があるからです。その点は私たちコーチが正しい方向性に導いていく必要があると思っています。

お股 情報過多だからこそ、取捨選択をして交通整理してあげるのがコーチの役目、ということですね。その手腕をぜひ期待しています。

そしてもうひとつ、今季の投手運用についてもお聞きします。面白いなと思ったのが、武田翔太投手を中ロング(ロングイニングの中継ぎ)で起用したいというアイデアです。

ソフトバンクはリリーフの陣容は揃っているのに、先発陣があまり長いイニングを投げられない試合が多い。その際に、経験もあって長いイニングも投げられる武田投手あたりをダブル先発的な形で使うのかなと。

倉野 昨年末の時点で、投手たちには今季、先発で勝負するのか、中継ぎなのか、もう伝えています。その準備をオフからしてきてほしいからです。武田にも「中継ぎで勝負してほしい」とはっきり伝えました。去年も中継ぎでいい状態をキープできたので適任かなと。

今までなら、中継ぎができたら次は先発で勝負だ、という流れが基本でしたが、私はそれを極力やめたい。武田はあのポジションだから輝いた。ならば、もう1年そこでしっかりと成績を残してもらう。そのほうが継続性も生まれます。それにショートリリーフは次々出てきますが、中継ぎで長いイニング投げられる人材はとても貴重ですから。

ただ、武田に限らず、中継ぎ投手全員に言ったのは、複数イニングを投げられるように準備してほしい、ということです。

お股 実際は1イニングかもしれないけど、投げられるようにしておいてくれよ、と。

倉野 そうです。そして、武田のような存在が2、3人欲しい。もちろん、先発投手が長いイニングを投げられるのが理想ですが、中ロングのポジションを確立できれば、先発不足はカバーできると思っています。

昨年、オリックスも阪神も主要先発投手で60勝ほどしていて、最終的にオリックスは86勝、阪神は85勝で優勝しています。でも、ホークスは主要先発投手で40勝ほど。この20勝の差をどう埋めるか。先発全員で60勝できれば、うちは中継ぎが強いので優勝できる。計算どおりいくかは別にして、先発で60勝するためにどうするか、ということばかり考えています。

お股 先発ローテ6人固定ではなく、10人くらいの投手で2桁勝利が4人ほど、5~6勝が3、4人いれば、という感じですね。それができるだけの力を持っている投手はいますし、実際にどんな投手運用をするのか、しっかり拝見したいと思います。

■〝日米の融合〟でプロ野球に風穴を開けたい

お股 そして何より、倉野さんに期待したいのは、アメリカでの経験を踏まえた「データ+感覚」の融合の部分です。

倉野 アメリカから帰ってきたからといって、アメリカのやり方をそのままやろうとは思っていません。でも、日本のプロ野球で変わらなきゃいけない、変えなきゃいけないものも絶対にあります。そこはやっぱり風穴を開けたいし、変えたいと思っています。

その反面、変えなくていいもの、変えてはいけないものも日本の野球界にはあります。そのあたりの取捨選択も必要です。とにかく、私が考えているのはさまざまな融合......アメリカの良さと日本の良さの融合、今と昔の融合。もうひとつ言うと、科学と根性の融合もしていきたい。

お股 もう、すべてを融合していく。変えなくていい部分との融合、という意見もすごく共感します。

倉野 自分の考えで凝り固まった融合ではなく、どんどん進化するような融合でありたいですね。アメリカで過ごしたのはわずか2年ですし、すべてがわかったわけでは当然ないです。

さらに、アメリカの野球は常に変わり続けています。でも、アメリカで学んだことは、自分の今までのコーチングに一石を投じてくれました。考え方は柔軟になったし、幅が広くなったし、もっともっと学びたい気持ちになりました。日本でもしっかり学び続けながら、日本の野球に還元していきたいです。

お股 どんどんアップデートしていく、と。ソフトバンクは中継ぎの枚数も豊富なので、「中継ぎローテーション」といった新しい取り組みもぜひやってほしいですね。

倉野 今までの形に捉われないことをやりたい。その点は小久保監督とも価値観は一致しています。一昔前でいくと、左打者には必ず左投手をぶつけていましたが、そういうのも違うんじゃないかと。

お股 それは僕もずっと唱えていることなので、実証してほしいです。何よりもさまざまな融合が楽しみですし、「さすが!」とファンを唸らせてほしいです。期待しています。

●倉野信次(くらの・しんじ) 
1974年生まれ、三重県出身。現役引退後、福岡ソフトバンクホークスの1~3軍投手統括コーチなどを歴任し、4年連続日本一に貢献。一昨年、テキサス・レンジャーズ傘下の2Aと3Aでコーチ研修を経験。昨年、マイナーリーグ投手育成コーチに就任。今季、古巣に復帰。

●お股ニキ 
野球評論家、ピッチングデザイナー。さまざまなデータ分析と膨大な量の試合を見る中で磨き上げた感性を基に、選手のプレーや監督の采配に関してSNSで活動。その理論を取り入れる選手が急増し、オンラインサロンに40人以上のプロ選手が加入。プロ、アマ問わず、千賀滉大、藤浪晋太郎(共にメッツ)に次いでMLBや甲子園を目指す投手の個人指導を行なう。
公式X【@omatacom】

オグマナオト

オグマナオトおぐま・なおと

1977年生まれ。福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。テレビ・ラジオのスポーツ番組で構成作家を務める。2022年5月『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を発売。

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