山中慎介 1982年生まれ、滋賀県出身。2011年11月にWBC世界バンタム級王座を獲得。以来5年9ヵ月にわたり同王座を保持し、日本男子歴代2位となる12連続防衛を達成。18年に引退。プロ戦績31戦27勝(19KO)2敗2分け 山中慎介 1982年生まれ、滋賀県出身。2011年11月にWBC世界バンタム級王座を獲得。以来5年9ヵ月にわたり同王座を保持し、日本男子歴代2位となる12連続防衛を達成。18年に引退。プロ戦績31戦27勝(19KO)2敗2分け

昨年1月に井上尚弥がスーパーバンタム級転向のため4つの王座を返上して以来、バンタム級戦線は群雄割拠の様相を呈している。特に日本人ボクサーは実力者がそろい、2月24日に世界戦を行なう井上拓真中谷潤人のほか、7人もの世界ランカーがベルトを狙う。かつてWBC王座を12度防衛した"神の左"山中慎介氏に今後の展望を聞いた!

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■井上拓真&中谷潤人2.24世界戦の行方

バンタム級は約53.5㎏が体重リミットの階級で、アジアや中南米、カリブの国々を中心に選手層が厚い。日本でも人気のクラスで、ファイティング原田に始まり辰吉丈一郎、長谷川穂積、山中慎介、井上尚弥ら10人を超す世界王者が誕生している。

今、その伝統のクラスの世界トップ戦線を日本人ボクサーが席巻している。2月24日に東京・両国国技館で初防衛戦を行なうWBA王者の井上拓真(28歳=大橋)、同日にWBC王座に挑む中谷潤人(26歳=M.T)を筆頭に、9人が世界15傑に名前を連ねているのだ。

かつてWBC王座に君臨すること5年9ヵ月。12度の防衛を記録した〝ゴッドレフト〟山中慎介氏が説明する。

「井上尚弥くんが統一した4団体王座を返上してスーパーバンタム級に転向したことで、〝王様の椅子〟が4つ空いたということです。その前後のタイミングでバンタム級に転向してきた選手がいる。その結果、これだけのメンバーがそろったわけです」

万能型の長身サウスポーがいれば全KO勝ちのスラッガーもいる。キックボクシングから転向してきた逸材もいる。井上尚弥に続いて誰が天下統一を果たすのか。山中氏と一緒にチェックしていこう。

まずは24日に防衛戦を控えている井上拓真だ。井上尚弥の2歳下の弟で、かつてWBC暫定王座を獲得した実績を持つ実力者である。

【井上拓真=WBA世界バンタム級王者。19戦18勝(4KO)1敗】

2月24日、WBA世界バンタム級王座の初防衛戦に臨む井上拓真(写真/共同通信社) 2月24日、WBA世界バンタム級王座の初防衛戦に臨む井上拓真(写真/共同通信社)

「一発の威力には欠けるけれど技術レベルは高い選手。僕は高く評価しています。ただ、今回の挑戦者、元IBF世界スーパーフライ級王者のジェルウィン・アンカハス(32歳=フィリピン)は強敵です。

以前、僕が世界王者だった頃にスパーリングパートナーとして来てもらったんですが、好戦的でサウスポーから繰り出す左はタイミングが良くパンチ力もあります」

両者を高評価した上で山中氏は「6対4、いや5.5対4.5で井上有利」とみている。

「拓真くん自身が言っているように、アンカハスは過去最強の相手だと思います。でも、あえて強敵を選んだほどだから自信もあるのだろうし、これを超えることで彼のレベルが上がる可能性がある。早く見たい試合ですね」

同じ日、フライ級とスーパーフライ級で世界王座を獲得している中谷潤人が3階級制覇を狙ってWBC王者のアレハンドロ・サンティアゴ(28歳=メキシコ)に挑む。

【中谷潤人=WBC1位。26戦全勝(19KO)】

2月24日、3階級制覇を狙いWBC世界バンタム級王座に挑む中谷潤人 2月24日、3階級制覇を狙いWBC世界バンタム級王座に挑む中谷潤人

「中谷くんは172㎝の長身で遠い距離だけでなく接近戦もできる選手。中と外とパンチの軌道を変えて打つことができ、タイミングをずらすこともあり、隙がなく打たれ強い」

その言葉を裏づけるようにあるオンラインカジノでは5対1で中谷有利と出ている。だが、山中氏は「苦しい試合になる可能性もある」とみる。

「サンティアゴはノニト・ドネア(5階級制覇王者)に勝っているし、アンカハスと引き分けている実力者。うまくて力強さもあり、簡単に勝てる相手ではない」というのだ。

「そんなサンティアゴを圧倒するようならスゴいこと。楽な試合にはならないと思うけれど6.5対3.5、いや6対4で中谷くんかな。WBCのバンタム級のベルトには僕も思い入れがあるので期待しています」

■世界戦「待機状態」の実力者たち

エマヌエル・ロドリゲス(31歳=プエルトリコ)の持つIBF王座への挑戦が内定しているのが西田凌佑(27歳=六島)だ。

【西田凌佑=IBF1位、WBO2位、WBC7位。8戦全勝(1KO)】

1月30日にアメリカで行なわれた入札で西田のプロモートを担う亀田プロモーションが30万10ドル(約4430万円)を提示してイベント開催権を落札。5月か6月に日本開催が有力と伝えられる。

ちなみに王者と指名挑戦者の入札による対戦ということで、65%の19万5000ドル(約2879万円)がロドリゲスの報酬、35%の10万5000ドル(約1550万円)が西田の報酬となる。

「挑戦者で1500万円は破格ですね」と山中氏。その上で「これも楽しみな試合」と話す。

「ロドリゲスは井上尚弥くんには2回KO負け(2019年)したけれど、1回は絶妙な間合いで圧力をかけていた。テクニックと強さを併せ持った選手ですね」と分析。

「西田くんはプロキャリアは浅いけれど、3戦目で世界挑戦経験者の大森将平くん、4戦目で元世界王者の比嘉大吾くんに勝っているサウスポーで、前の手(右)の使い方がうまい。パンチ力には欠けるけれど左のタイミングも良く距離感がいいので、相手は入りにくいはず」

チャンスはあるのだろうか。

「技術戦になりそうですね。ロドリゲスを相手にどれだけやれるのか楽しみです」

昨年6月、WBAの挑戦者決定戦を勝ち抜いて1位にランクされている石田匠(32歳=井岡)も待機状態だ。24日の井上拓真vsアンカハスの勝者に最優先で挑戦する権利を持っている。

【石田匠=WBA1位、IBF3位、WBO3位、WBC10位。37戦34勝(17KO)3敗】

「基本に忠実できれいなボクシングをする選手。ジャブが多くて、どんな相手に対してもうまく戦える選手という印象です。スーパーフライ級時代からずっとトップレベルを維持していることはスゴい。拓真くん、アンカハス、どちらと戦ってもおもしろい勝負になると思いますよ」

15連続KO勝ちの日本タイ記録を持つ前出の比嘉大吾(28歳=志成)は元WBC世界フライ級王者で、減量苦のため2階級上のバンタム級に上げてきた選手だ。一時は西田に敗れるなど低迷していたが、最近は53.5㎏になじんできたこともあって4連勝と好調を維持している。

【比嘉大吾=WBO4位、WBA5位、WBC6位、IBF10位。24戦21勝(19KO)2敗1分】

「昨年末の試合では世界ランカーを相手に顔面を攻めた後ボディで仕留め、アピールできたと思う。強い、と感じさせた試合。彼自身も自信を深めたはず。4団体すべてで15位以内に入っているので、どこまで行けるか楽しみです」

堤聖也(28歳=角海老宝石)は4度防衛した日本王座を1月に返上して世界に照準を合わせている。

【堤聖也=WBA4位、IBF4位、WBC11位、WBO12位。12戦10勝(7KO)2分】

「プロでは12戦ですがアマチュアで100戦以上やっている選手。うまさがあるだけでなく泥くさいボクシングもこなすし、ハートが強いので接戦になっても勝ち切る強さがある」

WBA、WBC、IBFが順番待ちとなっているだけに、狙いはWBO王者のジェイソン・モロニー(33歳=オーストラリア)か。

■那須川天心は世界王者になれるか?

エリートたちがひしめく中で異彩を放っているのが東洋太平洋王者の栗原慶太(31歳=一力)だ。

【栗原慶太=WBC13位。27戦18勝(16KO)8敗1分】

8度の敗北を喫しているが、そのたびに這い上がり現在の地位にいる。勝っても負けてもKOが多いスリリングな選手だ。「世界となるとどうかなぁ......」と山中氏は首をひねるが、一発勝負ができる強みがあるだけに名前を覚えておいて損はないだろう。

キックボクシングから転向してきた武居由樹(27歳=大橋)と那須川天心(25歳=帝拳)は、急速度でボクシングになじみ、成長している。

まずは8戦全KO勝ちを収めている元東洋太平洋スーパーバンタム級王者の武居だ。

【武居由樹=WBO10位、WBA12位。8戦全勝(8KO) 】

K-1からボクシングに転向し8戦全勝8KOの武居由樹 K-1からボクシングに転向し8戦全勝8KOの武居由樹

「ボクサーには珍しい独特のタイミングを持っている選手です。構え合ったときに、フックなのかストレートなのか、顔面なのかボディなのか相手にわからない感じで打つんです。しかも、どのパンチでも倒せる力がある。硬そうなパンチですね。全KO勝ちというインパクトもあるし、魅力的な選手」と山中氏は手放しで称賛する。

続いて、那須川だ。

【那須川天心=WBA7位。3戦全勝(1KO)】

山中氏は「これまで紹介してきた日本人の世界ランカーの中でも、すでに上位の力があるんじゃないかと思う」と高く評価している。

1月のプロ3戦目で進化を示し世界ランカーとなった「神童」那須川天心(写真/アフロ) 1月のプロ3戦目で進化を示し世界ランカーとなった「神童」那須川天心(写真/アフロ)

「1月の第3戦は相手の世界ランカーが足を痛めて棄権してしまい天心にとっても気の毒だったけれど、あのまま続けていたらKO勝ちは間違いなかったでしょう」

那須川は帝拳ジムの後輩でもあり、山中氏は彼のジムワークを何度も見てきた。

「試合でもそうなんですが、スパーリングでもほとんどパンチをもらわないんです。目と勘がいいし、自分の思ったように動ける。パンチ力を疑問視する声もあるけれど、そもそも天心はスピードとタイミングの選手。もっと体重を拳に乗せて打つとなるとバランスが崩れる可能性もあるので、そこが難しいところです」

まだボクシングに転向して1年。3戦しかしていないだけに先のように課題を指摘されることもあるが、山中氏はこう言う。

「例えば距離の詰め方など課題とされたことが実際にできるようになってきている。今のまま成長していけばいいのでは。彼の場合、戦っていく中で生まれてくる発想がある。それも天心の魅力。本当に期待値の高い選手だし、近い将来に世界王者になると思います」

「たら」「れば」をつなげていったとき、バンタム級の4団体王座を日本人が独占する可能性もある。山中氏は「誰と誰が戦ってもおもしろい」と前置きした上で、「武居由樹vs那須川天心――これはボクシングだけでなく格闘技全般のファンが興味を持っているカード。いずれこのふたりは戦わないといけないでしょう。そう思っているファンは多いはず。バンタム級を盛り上げるためにもふたりに戦ってほしいですね」

近い将来、世界の大舞台で武居vs那須川が実現するか。