大塚淳史おおつか・あつし
スポーツ報知で勤務した後、中国・上海に移住し、現地在住日本人向け無料誌、中国メディア日本語版、繊維業界紙上海支局で働く。帰国後、日刊工業新聞を経てフリーに。週刊誌やウェブ媒体等で執筆。現在関心ある取材テーマは、アリーナスポーツ、スポーツビジネス、中華圏、東南アジア、日本企業の海外進出、コンテンツ輸出、フィンテック、NFT、銭湯など興味を引いたら何でも
2月25日、東京・有明コロシアムでのバスケ男子アジアカップ予選で、バスケットボール男子日本代表は中国を76対73で下した。
FIBA(国際バスケットボール連盟)によると、これは88年ぶりの中国戦勝利とされ、日本のファンも大いに沸いた。実際には、現形式と性質が異なる2012年のアジアカップや2017年の東アジア選手権などで日本は中国に勝利しているのだが、FIBAが認める主要大会という扱いではないという判断のようで、FIBAとして日本代表は1936年のベルリン五輪以来「中国代表に18連敗」とされていた。
「88年ぶりの敗北」となった中国には落胆が広がった。長年アジアの雄として中国代表に対する誇りを持っていたであろうファンの間では、日本代表に負けたことを屈辱とする投稿もあった。ただ、それ以上に多かったのが、単なるナショナリズムとは一線を画した意見だった。
場内を埋めた9191人と満員の観衆は99%日本代表の応援だった。日本で行われる中国戦であればよく見かける日本在住中国人たちはそれほどいなかったのか、「加油!中国隊!(ジャーヨウ!ジョングオドゥイ!)」という掛け声は、試合中には聞こえなかった。
日本戦に敗北した直後、中国のSNS上では"日本に主要大会で88年ぶり負けた"という中国語でのハッシュタグとともに、数多くの書き込みが投稿された。
「日本に負けたのは屈辱!」という投稿も少なくはなかったが、それ以上にまず目立ったのが中国代表のアレクサンダル・ジョルジェヴィッチ監督への批判だった。「無能のジョルジェヴィッチ」「これだけ結果を出せずにいてまだ上から目線なのか!」といった様な監督批判が多数あった。
こうした辛辣な世論には布石があった。2022年11月の就任以降、2023年ワールドカップでの惨敗でパリ五輪出場権を獲得できなかったことと、アジアカップの準決勝でフィリピン代表に20点差で負けたこと、である。
そこへ来て、日本代表に88年ぶりの敗北。これだけ失態が続き、長年アジアの雄として君臨してきたプライドが踏み躙(にじ)られたことで、ファンやメディアが監督に怒ったのだろう。試合後の記者会見では、中国メディアから「これが最後の試合ですか?」という質問があり、監督は「失礼だ!」と憤慨していた。
またSNS上では「審判は"黒"だった!」と日本代表より中国代表のファウルを多く取った審判へのコメントが多かったが、それは試合当日にのみに限られた。あとは試合後に中国代表でこの日一番活躍した胡金秋選手が、悔しそうな顔でコートフロアを去っていく姿を映した動画の投稿が試合後にSNS上でいくつかあがり、胡金秋選手への応援や励ましのコメントが多かった。
戦術面で中国は遅れているといった冷静な議論も活発に行われていて、日本戦敗北から数日経った現在は、中国代表が「今後9カ月公式戦が無い」ということに対する危惧や批判などの議論がSNS上で起こっている。
筆者は試合後の夜、中国から取材で訪れていたバスケの映像記者やバスケブロガーらから誘われて食事をすることになった。居酒屋に入ってビールで乾杯するや否や「88年ぶりの勝利どう思う?」と聞かれ、やはり取材陣も複雑な様子だった。
監督に対する失望や国内のバスケ環境の悪さを話してくれたが、記者の1人は「それよりも今日の試合会場の雰囲気には感動させられた。会場が満席で埋まって大声援をチームに送っているのが素晴らしい。こういった雰囲気は今の中国バスケではない」と熱っぽく語ってくれた。そこで筆者は「Bリーグの盛り上がりはもっとすごいよ」と写真や動画を見せると、さらに感銘を受けていた。
また、彼は日本の観客の多くが代表の応援グッズを購入していたことにも注目したようで、「グッズ売り場の様子を見ると、朝9時から長蛇の列が並んでいて驚いた」とも話していた。
一方、別の中国人記者からは、試合で撮影した日本代表の写真を拡大して見せてきて、「日本代表のユニホームにはジョーダンブランドのマークが入っていて良いよね」とうらやましがった。元NBAのスーパースターであるマイケル・ジョーダンが立ち上げた「ジョーダンブランド」は2022年から日本代表のユニホームサプライヤーになっている。ちなみに中国代表はナイキである。
「88年ぶりの敗北」はショッキングだったには違いない。しかし、中国のファンやメディアが負け戦を目の当たりにして感じたのは、バスケットボールの競技としてのさらなる盛り上がりや、代表チームの体制強化の必要性だった。
政治や外交がらみだと日本に対して激しい批判が飛ぶ事が多いが、実はスポーツに関して、中国の人々は日本に試合で負けたとしても評価したり、褒めることが普通に多い。今回の敗北も、日本と中国の現状を踏まえた冷静な論調が、中国のファンやメディアの間でも多かった。
日本代表にとっては88年ぶりの勝利だったが、中国代表が今後も成長を重ね、アジアにおける日本の巨大なライバルとして立ちはだかるのは間違いなさそうだ。
スポーツ報知で勤務した後、中国・上海に移住し、現地在住日本人向け無料誌、中国メディア日本語版、繊維業界紙上海支局で働く。帰国後、日刊工業新聞を経てフリーに。週刊誌やウェブ媒体等で執筆。現在関心ある取材テーマは、アリーナスポーツ、スポーツビジネス、中華圏、東南アジア、日本企業の海外進出、コンテンツ輸出、フィンテック、NFT、銭湯など興味を引いたら何でも