甲子園で戦っているのは、グラウンドの選手だけではない。一塁側と三塁側で向かい合うベンチ間でも熾烈な頭脳戦が繰り広げられている。
3月18日に開幕する第96回選抜高校野球大会(センバツ)。注目ポイントは「西谷世代」。といっても、選手のことではない。今大会は1969年度生まれの西谷浩一監督(大阪桐蔭)と同学年の有力監督が、甲子園に集結するのだ。
西谷監督といえば、大阪桐蔭を全国屈指の名門に鍛え上げた名将である。これまで春夏合わせて22回もチームを甲子園に導き、監督として通算67勝(13敗)は歴代2位。髙嶋 仁氏(智弁和歌山前監督ほか)の68勝にあと1勝と迫っている。甲子園優勝は2回の春夏連覇を含め、史上最多の8回に達した。
ふっくらとした体形と、毎年強打線をつくり上げる手腕から豪放磊落な人物に見られがちだが実像は違う。試合への意気込みを聞かれると、いつも口癖のように「粘り強く」というフレーズを繰り返す。守備面を重要視しており、緻密な野球が身上だ。
大阪桐蔭といえば、中学球界の有望株を積極的にリクルートする手法に批判の声も集まっている。だが、選手本人の意思を無視し、資金力にモノを言わせて人材をかき集めているわけではない。有望選手から「大阪桐蔭で野球をしたい」と選ばれるブランディングをし続けたことこそ、西谷監督の最大の功績かもしれない。
西谷監督自身は、決して華やかな野球人生を歩んできたわけではない。高校時代は兵庫県の名門・報徳学園でプレーしたが、高校3年春にチーム内で不祥事があり、県大会の出場を辞退。1浪して進学した関西大では主将を務めたものの、故障もあってレギュラーにはなれなかった。
93年に大学を卒業後、一時は母校の報徳学園で臨時コーチとして選手をサポート。その後、大阪桐蔭に移ってコーチを務め、98年11月に監督に就任してから黄金時代を築き上げた。
今年のチームも、スリランカ人の両親を持つ主砲スラッガーのラマル・ギービン・ラタナヤケや、「外野を守るときは左投げ」で「内野を守るときは右投げ」という両投げが話題の徳丸快晴らタレントをそろえる。
ただし、昨秋の明治神宮大会では1試合5失策と守備が乱れ、関東一(東京)に5-9で敗れている。西谷監督がひと冬でどれだけ守備を立て直せるのか、要チェックだ。
西谷監督に次ぐ実績を誇るのが、創志学園(岡山)の門馬敬治監督だ。西谷監督とは、現役時代に故障もあって華々しい活躍ができなかった点も共通している。
門馬監督といえば、99年から2021年7月まで監督を務めた東海大相模(神奈川)時代の印象が強いはずだ。同校を春夏合わせて12回も甲子園に導き、通算30勝7敗。春に3回、夏に1回の優勝実績がある。
その戦いぶりは「アグレッシブ・ベースボール」のスローガンどおり、攻撃的だった。試合開始と同時に選手が前のめりに相手投手に襲いかかり、お家芸のヒットエンドランを駆使して自分たちのペースに持ち込んでいく。
また、門馬監督は状態のいい選手の見極めにも長けている。11年春のセンバツでは、3投手を先発起用した上で優勝を飾った。
東海大相模の監督を退任すると、22年8月から創志学園の監督に就任。新天地でも「野球はどこでも同じ」とアグレッシブ・ベースボールを貫いている。今春は監督就任からわずか1年半での甲子園出場となった。
チームの大黒柱は安定感のある左腕の山口瑛太と、最速147キロを計測する長身右腕の中野光琉。昨秋の中国大会では両投手が交互に先発し、準優勝と躍進した。全国舞台で奇策を講じることも多いだけに、今春のセンバツでは門馬監督がどの投手を選択するのかも見どころだ。
第3の「西谷世代」の指揮官として挙げたいのは、山梨学院の吉田洸二監督だ。ここまで春夏合わせて15回の甲子園を経験し、通算21勝12敗。昨春は自身2度目となるセンバツ優勝に導いており、今春は連覇がかかっている。
吉田監督の指導者としての出発点は、長崎県の公立高校である。母校の佐世保商を皮切りに、平戸、北松南(現清峰)と監督を歴任。清峰では現・大崎(長崎)の清水央彦監督との名タッグでチームを強化し、県内屈指の強豪校に育て上げた。09年春のセンバツでは、今村猛(元広島)を擁して県勢初となる甲子園優勝を達成した。
13年から私立高校の山梨学院大付(現山梨学院)の監督に就任。長男の健人氏は野球部長を務めており、「監督・部長の親子鷹」という珍しいタッグを組んでいる。
なお健人部長は、横浜(神奈川)で部長などを務めた名伯楽であり、一時は山梨学院のコーチも務めた小倉清一郎氏から「今まで出会った中でも、あれだけ一生懸命にやる子はいない」と称賛されるほど、有望な指導者である。
今大会はほかにも、上羽功晃監督(京都外大西)、島田直也監督(常総学院/茨城)の「西谷世代」がいる。
共に現役時代から実績のある指導者で、上羽監督は高校3年時の87年春のセンバツで選手宣誓の大役を担っている。駒澤大、神戸製鋼でも内野手としてプレーし、05年8月から監督に就任。甲子園は春夏合わせて3回出場し、ここまで通算1勝3敗だ。
島田監督は横浜(現DeNA)時代の95年に10勝を挙げたこともある、元プロ投手。高校時代は甲子園に春夏連続出場し、87年夏には準優勝に輝いた。20年7月に現職に就くと、翌春にはセンバツ出場。1勝1敗の戦績を挙げている。
今回紹介した5人から甲子園優勝監督が生まれるのか。「西谷世代」のタクトさばきから目が離せない。