完全復活に燃える巨人・菅野智之 完全復活に燃える巨人・菅野智之

昨季は自己ワーストの4勝にとどまり、今季、完全復活に燃える菅野智之。今回、SNSを通じて親交のあった野球評論家&ピッチングデザイナーのお股ニキ氏との初対面が実現。前編である本記事では、各球種の仕上がり具合、コントロール向上のための練習法などを本音で語り明かす。

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■昨季は「いつでも投げられる」と思っていたスライダーが曲がらなかった

お股ニキ(以下、お股 もともとは巨人ファンで菅野投手の大ファンなので、直接お会いできて大変光栄です。菅野投手といえばスライダーが代名詞ですが、昨季はそのボールがよくなかったということで、このオフはトレーニングを重ねたそうですね。

菅野 はい。「スライダーはいつでも投げられる」という感覚が自分の中にあったんですけど、去年は思うように曲がらなくなってしまって。曲がる日もあるけど、強度が弱いというか。

僕、変化球で大事にしているのが強度なんですよ。いくら大きく変化するスライダーでも曲がりがゆるかったら意味がないので。去年はシンプルに回転数や回転効率も悪かったですしね。いろいろと試行錯誤もしたんですけど、どうにもならかったシーズンでした。

お股 菅野投手はスイーパーのような横滑りのスライダーも、斜めに落ちるスラッターも、カットボールも得意ですが、昨季は変化量自体もいい時と比べると小さくなっていました。

昨季開幕前の右肘の張りも影響していたのでしょうか? スライダーはどうしても肘をひねるように投げるボールなので、腕を振りきるのが怖かったりもしましたか?

菅野 不安な部分もあったと思います。シーズン後半にかけて痛みはなくなっていったんですけど、もしかしたら頭のどこかで、反射的にブレーキをかけていたのかもしれないですね。

お股 今はその不安はなくなりましたか?

菅野 今はほとんどないです。どの球種も回転数が戻ってきましたし、試合を重ねていけば、元の状態になっていくと思います。

お股 そういえば、菅野投手はスライダーに限らず、投げる上で握力を鍛えていると昔から語っていますが、具体的にはどのようなトレーニングをしているんですか?

菅野 昔から変わらないんですが、スライダーの握りでボールを強くつかむ練習ですね。野球選手ってウエイトトレーニングをする時、たとえばデッドリフトなら手首にバンドを付ける人も多いけど、僕は補助的なものをあまり付けたくないんです。バーを持つにしても、しっかりと手の感覚を意識してつかみます。

お股 ちなみに、スライダーはどんな感覚で投げますか?

菅野 いい時は手を引くイメージがあるんです。押したり、曲げたりではなく、引く感覚。そうやって投げるとボールが指先に引っかかって、いい回転になるんです。だからこそ、握る力にフォーカスしているんですよね。

■今年は勝負どころでカーブを使いたい

お股 菅野投手はスライダーが代名詞ですが、パワーカーブやフォークも一級品です。そういえば、『S‐PARK』(フジテレビ)の毎年恒例企画「プロ野球100人分の1位」が昨年も行なわれましたが、変化球部門で上位に集中していたのがカーブやフォークでした。昨今のNPBでは、やはり縦に落ちるボールが効果的なのだと思いました。

菅野投手もスライダーがメインですが、カーブやフォークを駆使してしのぎながら、尻上がりに調子を上げていくことも多いですよね。

菅野 めちゃくちゃ多いです。去年はカーブの被打率がたしか1割台で、全投手の中でも(リバン・)モイネロ(ソフトバンク)の次くらいに低くて、ウチのキャッチャーの大城(卓三)も信頼しているボールなんです。

でも、自分の感覚では、カーブを打たれるとめちゃくちゃ後悔するんですよね......。得点圏にランナーがいる勝負どころでは、真っすぐかスライダーになると自分でわかっているので。

僕にとってカーブは、勝負どころの前にいかに使えるか、というボールでした。去年まではあまり信頼できていなかったけど、数字でも証明されているので、今年は勝負どころでの選択肢のひとつにしていきたいですね。

お股 打者の頭にもなかなかないボールかもしれませんしね。

菅野 今年の課題はもうひとつ、右バッターへのフォークですね。もう少し精度よく投げられたらなと思います。

お股 僕もぜひ投げてもらいたいと思っています。山本由伸投手(ドジャース)がインローへのフォークをよく投げていますが、非常に効果的ですよね。

菅野投手の場合、先ほど話していたように、相手はストレートとスライダーをケアしてくるので、右バッターだと逃げるボールをイメージしながら打席に立つと思いますが、そこでフォークを落とすと威力がありますよね。

菅野 そうですね。ただ、それが有効なのはスライダーがキレていることが条件だと思うんですよ。去年、甲子園で大山(悠輔・阪神)にホームランを打たれたんですが、あれから右バッターにフォークを投げるのがちょっと怖くなりましたね。少し叩きつけてしまうというか。なるべく高めにいかないようにというか。

お股 たしかに、甘く入ってしまうと半速球にもなってしまうので、しっかり投げ切らないといけないボールですよね。

菅野 そうですね。右バッターへのフォークというのは、本当にここ数年の課題です。

■手応えをつかんだストレート

お股 逆にストレートに関しては、昨季後半戦で最速155キロを記録するなど、手応えがあったのではないでしょうか?

個人的には、9月16日のバンテリンドームでの中日戦、ピンチの場面で岡林(勇希)選手に対して、154キロのアウトハイのストレートで空振り三振を奪ったシーンが印象的でした。球速だけでなく、強度も上がっているなと感じました。

菅野 そうですね。単純なスピードではなく、強いボールだったと思います。上手くバットに当ててくる岡林選手に対して、あの場面でストレートで空振りが奪えたのは価値がありました。投球の幅が広がるなと思いましたね。

お股 前半戦は変化球の調子が悪かったものの、後半戦はストレートに手ごたえをつかんだ昨季でしたが、その流れでオフのハワイ自主トレでは、ストレートがライジング気味に浮くようになったとか。

菅野 副産物に近いですね。肩回りのトレーニングやエクササイズを行なう中で、上からボールを叩くイメージができた結果、そういう球質になってきたのかなと思います。

お股 菅野投手の場合、回転効率を80~90%くらいに抑えつつ、指に掛けると一番伸びるのかなと思います。

菅野 さすがですね(笑)。まさにそうです。

お股 菅野投手は球団公式YouTubeで披露した〝球速当て〟が有名ですが、今度は「回転効率〇%」という感じで宣言して投げてほしいですね。それくらいの再現性を持たれている方だと思うので。

菅野 去年、そういうことも試したんです。真っすぐの回転効率を上げようとして、実際に数値も良くなったんですけど、逆にほかの変化球がストレートに寄ってしまって。カットボールの変化量が小さくなってしまったんです。

お股 球速が上がると、これまでよりも変化球の変化量が小さくなってしまう、という投手の方は多いんですよね。

ストレートが良くなるということは手のひらが前を向き、ボールもライジング気味になるので、変化球はこれまでよりも気持ち大きく変化させる意識で投げると、すべての球種が良くなるのかなと思いますね。

菅野 僕の場合、変化球はどれも感覚が違うんですよね。変化球もストレートと同じ感覚という投手もけっこういますけど、僕はそうじゃなくて。

お股 球種ごとにすべてが独立しているわけですね。理論的にはそれが正しいと思います。

菅野 だからこそ、全部の球種がいいという日はないんですよね。

■制球力を高めるには内野ノックを受けろ

お股 今の時代、トレーニングやフォーム改造で球速を上げるのは比較的できると思いますが、制球力を高めるのはかなり難しいと思うんですよね。

菅野 絶対そうですね。

お股 菅野投手は制球力が非常に高いことで知られていますが、コントロールに関してはどのように考えていますか?

菅野 ウチの門脇(誠)のようなスローイングの上手い内野手は右足の使い方が上手なんですけど、そこにヒントが隠されていると思います。コントロールが良くない投手って、絶対に右足の使い方が悪いですから。

お股 具体的には、どういう使い方になっているんですか?

菅野 右足が潰れてしまうんです。藤浪(晋太郎)投手が典型ですが、右ひざが前に出ると、回転の軸も大きくなり、横にも縦にもぶれてしまう。右足を投球方向にしっかり踏み出せる投手は、絶対リリースが安定していて、コントロールがいいんですよ。

お股 なるほど。たしかに佐々木朗希投手(ロッテ)なども右足をしっかり使えていて、コントロールもいいですね。最近、野手投げのような投手が増えていますが、ある意味、自然な動きかもしれませんね。

菅野 昔に比べてマウンドも固くなってきていて、その分、床反力も受けやすくなっていますしね。大きな力を使うというよりも、コンパクトな野手のような投げ方だったり、ショートアームだったり、そういう投げ方がどんどん主流になってきていると思います。

お股 そのようなことを踏まえて、コントロールをよくするためにはどうしたらいいと思いますか?

菅野 よく後輩からも聞かれるんですけど、「とにかく内野ノックをたくさん受けな。サードでもショートでもいいから、内野ノックを受けてファーストに送る。10球でもいいからやってみて、そのイメージでブルペンに入りな」ってアドバイスを僕はしますね。

お股 なるほど、面白いですね。腕の手術などで本格的な投球ができない期間など、内野ノックをたくさん受けることで制球の感覚を高められるかもしれない、と僕も以前から仮説を立てていました。

菅野 それはめちゃくちゃ良いと思います。

お股 ちなみに、制球力の高い投手は子供のころからコントロールがいいイメージがあるんです。こうした投手たちは、団地の階段を一段ずつ狙って投げたり、ごみ箱の距離を徐々に遠くしながらボールを入れたりする練習をしていることが多いのですが、菅野投手はどんな練習をしていましたか?

菅野 家の近くの公園に石の柱があったんですけど、そこに狙って当てていました。大人ひとり分くらいの縦長の石の柱だったんですけど、その奥が森だったので、外すとボールを遠くまで取りに行かなくちゃいけなくて。

だから、必然的に力いっぱい投げるのではなく、「そこにぶつけるんだ!」という気持ちで慎重に投げていました。その結果、コントロールが良くなったのかもしれないです。コントロールって、本当に感性が大事だなと思いますね。

お股 面白いですね。「自然とそこにいく」という投球フォームを覚えるというのは大事だと思います。

菅野 ただ、ちゃんと理論付けて自分の投球を説明できないと、できなくなった時にどうしていいかわからなくなっちゃうんです。去年、実感しました。

怪我から復帰したら球速がめちゃくちゃ落ちてしまって、ブルペンで投げても140キロ出なかったんです。「これまでどうやってスピードを出していたっけ?」という状態だったので、イチからやり直しました。三塁から一塁へ投げるという練習もたくさんしましたね。

お股 では、感覚を思い出すというよりも、イチから理論立てて久保(康生)巡回投手コーチと一緒につくり上げていった感じなんですね。

菅野 そうですね。今はストレートの球速に関しても手ごたえはありますし、キャッチャーの大城に聞いても、「ストレートは今までで一番強いです」って言ってくれているので。スライダーの曲がりが戻ってくれば、また勝負できるかなと思っています。

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