昨季は自己ワーストの4勝にとどまり、今季、完全復活に燃える菅野智之。今回、SNSを通じて親交のあった野球評論家&ピッチングデザイナーのお股ニキ氏との初対面が実現。前編に続き後編である本記事では、捕手との関係性、卓越した投球術の極意などを本音で語り明かす。
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■捕手のサインを疑って投げると打たれる?
お股ニキ(以下、お股) 今年は、正捕手の大城卓三選手とふたりでハワイ自主トレを行なっていましたよね。自主トレは同じポジション同士でやる選手が多く、捕手と一緒に行なうのは珍しいですが、どのような意図があったのでしょうか?
菅野 彼自身、フィジカル的にまだまだなところもありますし、ハワイという環境を気に入ってくれているということも大きかったですね。あとは今年から選手会長になったので、教えないといけないことがたくさんあって。一緒にいる時間が長かったので、配球の話もいろいろできました。
お股 正捕手とエース同士だから、1ヵ月ずっと一緒に練習する中でいろいろな話ができますよね。その結果、阿吽の呼吸というか、以心伝心で配球も伝えられそうですね。
菅野 彼はすごく独特の感性を持っているんですよね。配球に関してはどちらかというとビビリなタイプ。正統派な部分も持っているけど、一方で「そこで(打者の)近めにいくの?」と思う時もあって。つかみどころがないからこそ、いろいろと話をしておきたかったんです。
お股 これは精神論かもしれませんが、捕手のサインに対して、「これはどうなんだろう?」と疑いながら投げるボールと、「これだ!」と納得して投げるボールとでは結果が変わってくるのかなとも思うのですが、いかがですか?
菅野 おっしゃるとおり、絶対に変わりますよ。疑って投げると打たれるイメージがあります。
実は、先発と中継ぎで考え方がまったく違うなと感じたことがあって。山口哲也さんってキャッチャーのサインに対して、絶対に首を振らないんですよ。
僕は新人のころから阿部(慎之助)さんのサインにめちゃくちゃ首を振っていたので、「山口さんはどうして首を振らないんですか?」って聞いたことがあったんですけど、「嫌だったらボールにすればいいから」って言っていて。その考え方は先発にはないので驚きでしたね。
お股 中継ぎはとにかく無失点で抑えることが求められるので、打たれるくらいだったら、あえてボールにするという考え方ですね。
菅野 狙って外すことができるという技術がそもそもすごいんですけどね。そういう考え方をしたことがなかったので新鮮でしたね。
お股 制球に不安がある投手だと、その後のカウントも気になって難しいですが、菅野投手ならば、あえてボールにするのは技術的に当然可能ですよね。
菅野 できます。できるんですけど、その1球がもったいないというか。僕、遊び球とかも投げたくないタイプなので。ツーナッシングで外のボール球を構えられるのも嫌ですから。
お股 外すにしても、高めのボールや落ちるボールとかのほうがいいわけですね。
菅野 逆に、ツーナッシングからでもインコース真っすぐとかガンガン行きたいです。投げ込んだら打ち取れる可能性もありますし、「ツーナッシングからでも真っすぐがくるんだ」と相手ベンチも警戒するので、ほかの変化球も生きてくるんです。
今後、そういう配球はチーム単位でやっていきたいなと思っています。
お股 配球はめちゃくちゃ大事ですからね。
菅野 本当に大事です。最近はピッチングデザインなどいろいろありますけど、ウチのキャッチャーはあまりトラックマンとかを利用していないんですよね。僕なんかはもっと積極的にやってもいいのになと思っているんですけど。
お股 僕もそう思います。野手目線でもすごくプラスになることが多いですからね。
菅野 そうです、そうです。
お股 投手ごとの回転や変化量などがわかれば、「この投手のボールはこのくらい曲がる」「この投手のボールはあの投手に似ている」などとイメージすることで打ちやすくなりますから。
ひと口にスライダーといっても、曲がり幅や落ち幅は人によって違うし、本人はカットボールと思っていても、球質を分析するとスライダーっぽいボールもあれば、その逆もあったりしますからね。
■真ん中低めに、クイックでスライダーを投げて、狙って併殺を奪う
お股 菅野投手は生粋の先発投手ですね。「リリーフの投手が初回から全力で投げている」というタイプの先発投手も最近は多いですが、菅野投手は9回まで投げることを逆算して、「このバッターはここで打ち取ろう」「このバッターにはここなら打たせてもいいや」というように、展開も意識しながら投げるイメージがあるんですよね。
菅野 そういう面もありますね。でも、今は正直、打者をひとりひとり打ち取っていくのが自分のスタイルになってきちゃっているのかなとも思います。今年はもう少し余裕が持てればいいんですけど。
昔、僕が投げている試合で井端(弘和)さんがエラーをした時があって。その試合は結局、最終回に筒香(嘉智)にホームランを打たれて負けたんですけど、そのあとに井端さんからめちゃくちゃ謝られたんです。
そのイニングではまったくエラーとかもしていないのになんでだろうと思っていたら、「ごめん、俺があそこでエラーしていなかったら、最終回で筒香まで回っていなかったよね」って言われて。今までそういう考え方をしたことがなかったのでびっくりしました。
お股 なるほど。
菅野 プロになっていろいろ経験していく中で、「無駄なフォアボールでランナーを出した後に打たれると痛いな」というようなことを考えるようになったせいか、逆に遊び心がなくなっていったのかもしれないですね。
「打者をひとりずつしっかり打ち取っていかないといけない」というマインドになっちゃっていたというか。今年は遊び心を持って投げるというのがひとつの目標ですね。
お股 あと、僕が大好きなのは菅野投手の〝併殺スラット〟なんです。適度に打球が速いショートゴロやセカンドゴロになるような、ややアウトコースへのカットボールやスライダーを投げるのが抜群に上手い。あれは狙ってやっていますよね?
菅野 狙っていますね。そういう時はあえて真ん中低めに投げます。打者にとって、真ん中低めのボールは打球の方向を出すのが一番難しいんですよ。逆にコースに投げ込むと、ライト前やレフト前に運ばれることもあります。
お股 真ん中低めだと、引っ張るのも流すのも難しくなるわけですね。
菅野 データでも証明されているんですよね。ソフトバンクの近藤(健介)ってバットコントロールがものすごくいいですけど、真ん中低めの打率が一番悪いんですよ。丸(佳浩)もホームランを39本打ったカープ時代の2018年、真ん中低めだけホームランが少なかったんです。
アウトコースならバットをコンと出してレフト方向へ、インコースなら引っ張ってライト方向へ、という意識で打席に入っているから、真ん中低めが一番ショートゴロ、セカンドゴロになりやすいんですよね。
お股 なるほど。
菅野 僕はかなり早めのクイックで投げることを意識しています。
お股 相手バッターが慌ててバットを出して内野ゴロ、というシーンばかり見ている記憶があります(笑)。スライダーだけでなく、個人的にはフォークも真ん中低めがやはり有効なのかなと思うんですが、いかがでしょうか?
菅野 人によっては、たとえば(山本)由伸くんとかは真っすぐに近い落ちるフォークなので効くと思いますね。僕のフォークはどっちかというとそういう回転じゃないので。
お股 ジャイロフォーク気味ですよね。
菅野 そうなんです。ちょっと変化の予測がつきづらくて、コントロールしにくいボールなんですよ。カットボールは回転軸を下に向けちゃえば斜め下に落ちるので扱いやすいんですけど。変化としては、おそらく横から見たらフォークに近いと思います。
お股 球速も似ていますからね。
菅野 はい。なので、無理にコントロールしづらいフォークよりも、安定感のあるカットボールを投げることが多いですね。
■〝当たったら痛い変化球〟を追い求めたい
お股 各球種の仕上がり状態を改めて振り返ると、今季は過去最高にストレートの強度があり、あとはスライダー次第という状況ですよね。
菅野 スライダーの強度を上げる、強く曲げるということに尽きますね。
お股 曲げようとして曲げるというよりも、結果として強いボールがいくのが理想ではありますよね。
菅野 表現が正しいのかわからないですけど、〝当たったら痛い変化球〟を追い求めたいですね。当たったらケガをするかもしれないくらいの曲がりの強さを目指しています。
お股 最後に、今季の抱負も伺いたいです。巨人にとっては阿部新監督のもと、打倒阪神を掲げるシーズンであり、菅野投手にとっては復活の一年になるかと思いますが、改めていかがでしょうか?
菅野 去年は何もできなかったシーズンでしたからね。一昨年も成績自体は良くなかったけど、多少は納得できるものがあったシーズンでした。でも、去年は本当に何もできなかったので......。だからこそ、今年に懸ける思いは強いものがあるんです。結果でしっかり見返せるように頑張ります。
お股 今日はありがとうございました。大の菅野ファンとして、復活を応援しています。