前川仁之まえかわ・さねゆき
1982年生まれ、埼玉県立浦和高校卒業、東京大学理科一類中退。人形劇団、施設警備などを経て、立教大学異文化コミュニケーション学部に入学。在学中の2009年、スペインに留学。翌年夏、スペイン横断自転車旅行。大学卒業後、福島県郡山市で働いていたときに書いた作品が第12回開高健ノンフィクション賞の最終候補に。近著は『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』(インターナショナル新書)
大谷翔平&山本由伸の試合を生観戦したいけど、円安と物価高で厳しい......そんな人のために節約旅の達人(?)、作家の前川仁之氏がロスでの開幕戦を突撃観戦!? 激安だけど超楽しい、ドジャース観戦旅の方法を教えてくれた。また、彼が現地ファンと交流して見えてきたのは予想をはるかに超える大谷への期待感と、日本人が知らないドジャースタジアムの秘史だった!
* * *
まずは観戦チケットの予約だ。現在、MLB公式戦のすべてのチケットはアプリ『MLB Ballpark』で購入できる。球場の入場ゲートでは、スマホでチケットを表示して読み取らせるが、スクショした画面や印刷での提示はできないので注意。
パスポート、ESTA(電子渡航認証システム)の申請は早めにやっておこう。後者については、必ずアメリカ国土安全保障省の公式サイトから申請すること。代行サイトはボッタクリ気味なところもあるので、使わないようにしたい。
続いて航空券。東京-ロサンゼルスの往復はさまざまな航空会社が就航しているが、安く抑えられるのはどれだろう。航空・旅行アナリストの鳥海高太朗氏に相談した。
「安さを求めるならJAL傘下のLCC『ZIPAIR』一択でしょう。休暇シーズンを避け、フライトの1ヵ月ほど前に購入すれば、往路の直行便(片道)で3万~8万円程度です」
調べてみると、昼2時過ぎに成田空港をたち、日付変更線を越えて同じ日の朝にロスに着く、日程的にもお得感のある便が見つかった。
というわけで3月27日、いざ出発。約10時間のフライト後、ロサンゼルス国際空港に無事着陸した。まだ入国審査を通る前、同じ飛行機に乗ってきたふたり組に声をかける。ふたりともドジャースのジャンパーやトレーナーを着ていて、そのうちひとりの男性はカタカナで「ドジャース」と書かれた帽子をかぶっていた。
――こんにちは! その帽子、どこで手に入れたんですか?
「ああ、これはね、友人のアーティストに作ってもらったんですよ」
――おふたりはロス市民?
「うん。ソウル・シリーズ(韓国・ソウルで行なわれたドジャース対パドレスの開幕2連戦)を見た帰りに日本を観光してきたところ」
熱心なファンなのだ。もちろん大谷大好き。このふたり、イヴァンとリッチーと自己紹介を交わし、彼らの姓からピンときたことがあった。
――もしやチカーノ(メキシコ系アメリカ人)の方?
「そうだよ」
――じゃあスペイン語を話しますね?
と、英語からスペイン語に切り替えると、ふたりとさらにフレンドリーになり、しばし雑談にふけった。
入国審査は長蛇の列で、着陸から通過まで軽く1時間かかった。審査官に「ドジャースの試合を見に来たんです」と言うと、「ああ、なるほどね」で合格。日本人旅行客は、数年はこれでいけそうだ。
この日はロス在住のアーティスト、ロバート・ヴァルガス氏が手がけた超特大の〝オータニ壁画〟の除幕式が、日系人街リトルトーキョーで行なわれる予定になっていた。
空港からロス市内のターミナル駅ユニオンステーションまでは空港直結のバス「フライアウェイ・バス」が早いし安全。片道9.75ドル(約1500円)だ。
これに乗って午前10時35分、ユニオンステーション着。駅から南へ、リトルトーキョーに向かって歩いていると、前方にドジャースのユニフォームを着たふくよかな女性3人組の姿があった。
ひとりは背番号「50」のベッツ選手、もうひとりは「17」、オータニだ! ダッシュで距離を詰めて挨拶と自己紹介。ファン歴40年以上の彼女らは、やはり壁画の除幕式へ行くところだと言う。
――大谷選手をどう思う?
「スゴすぎよ。ベーブ・ルース以上のスターじゃないかと思うわ」
――今季、彼に期待することは?
「何か記録を作ってほしいな。打者で50ホームラン、投手で15勝とか......。あ、でも今季は投げないんだっけ。だったら55本は超えてくんなきゃね」
明るくノリのいい彼女たちは、翌日のホーム開幕戦にも行くそうだ。
リトルトーキョーの入り口に着くとロス市警が車道を封鎖し、すでに大勢が集まっていた。「OHTANI」の名が入ったユニフォームを着用している人の多いこと!
壁画は、15階建てのミヤコホテルの東南の壁一面を使った特大の作品で、まだブルーシートで覆われていた。報道のヘリが澄んだ青空を旋回している。
親子3代で遊びに来ていた日系人の家族と出会った。J・スドー氏と、娘のジャネットさんとそのお嬢さんだ。
「以前から父に連れられてドジャースタジアムに行ってました。オータニが移籍するってインスタグラムで初めて見たときは、ウソッ! 夢じゃない?って感激でしたよ」(ジャネットさん)
やがて除幕式が始まった。和太鼓の演奏が披露され、期待をあおる。そして、ついにカウントダウンが始まり、ブルーシートが下ろされ、大谷の巨大な雄姿が現れた。クラッカーが鳴り、拍手喝采。それからは作者のヴァルガス氏との記念写真を求め、ファンが引きも切らずだ。
ついには警備に当たっていたロス市警の面々まで「本官たちも記念にひとつ、よいかな?」と集まってくる。いいなあ、このノリ。
ヴァルガス氏から日本のオータニファンへ向けてコメントをいただいた。
「この壁画のインスピレーションとなったのは、団結と文化間の架け橋です。ショーヘイ・オータニは野球という競技とこの街にとっての偉大な大使です。今や日本とロサンゼルスの誰もが、オータニとドジャースに根差すひとつのチームになれるのです!」
日系人が多く住むリトルトーキョーでは大谷への期待は大きい。風月堂ロス店の経営者で、同エリアの案内所「小東京交番」をボランティアで運営する日系3世のブライアン・S・キトー氏は語る。
「オータニは生きる伝説ですね。ロスに来てくれて本当にうれしい。私自身、若い頃は野球をやっていたのでなおさら彼のすごさがわかります。
アメリカから日本に持ち込まれたベースボールが、オータニという稀有なプレーヤーとなってアメリカにまたやって来る。わくわくしますね。オータニは〝ショクニン〟だし、日本人の精神を完璧に体現していると思います。彼にはぜひ、ここを頼りにしてほしいし、私たちは全力でサポートするつもりです。
日本発のすべての出来事はアメリカの日系人コミュニティに大なり小なり影響します。長い歴史の中では、人種的な偏見が良からぬ事態を引き起こしたこともあります。オータニは人種的偏見を和らげてくれるでしょう」
ここらでドジャース観戦の個人旅行者に向けたアドバイスをざっとしたい。1ドル150円の昨今、ロス宿泊のドジャース観戦なんて、バカ高くて無理!と諦めるのは早いのだ。
先に数字を述べると、ロス3泊、2試合観戦で、宿泊、食事、チケット全部込みで5万円台はイケる。ZIPAIRでの航空代が往復15万円とすると、予算はざっと、ひとり20万円だ。以下、筆者の実体験をもとにモデルプランを提示するので参考にしてほしい。
●試合選び
ふたつプランを考えた。ひとつはデーゲームとナイトゲームの2試合をなるべく安く味わうプランAだ(筆者が実施したのはこれ)。
私が見た開幕戦は一番安い席で234ドル(約3万6000円)だったが、2戦目のナイトゲームは一気に69ドル(約1万円)まで下がった。
このように、価格は大きく変動する。前記のアプリ『MLB Ballpark』を使うとリアルタイムで空席状況と価格がわかるので、いろいろ調べてみてほしい。
例えば今年5月19日のデーゲーム、翌日のナイトゲームは共に31ドル(約4700円)から予約できる。こういうところを狙うのだ。
なお、ドジャースタジアムは手荷物の持ち込みが厳しく制限されており、決められたサイズ以内の透明バッグに入れなければならない。条件に合うバッグは、日本の100円ショップに売っているので準備しておく。
プランBは一点豪華主義。高い試合を1試合だけ見るプランだ。オススメは5月16日のレッズ戦。これが最安席125ドル(約1万9000円)と割高になっている。なぜ?
この日は大谷翔平のボブルヘッド人形が配られる日なのだ! 欲しいでしょ? このように、景品やイベントから試合を選ぶのもありだ。
●ホテル
次にホテル選び。出会いのある旅が好きな人は、ドミトリー(共同寝室)を選べば格段に安くなる。
ただし、ロスの治安は東京とは比較にならないほど悪いことを忘れてはいけない。特に「スキッド・ロウ」と呼ばれる地区は絶対に立ち入らないように。
そういうわけで、ホテル選びも値段だけ見てちゃダメだ。不潔だったり危険地帯に近すぎたり、スタジアムから遠すぎたり、は避けたい。そして節約のためには簡単な調理ができることが必須条件。
結果的に、私が選んだふたつの宿は当たりだった。ドミトリーなら「フリーハンド・ロサンゼルス」。ここに上記プランAの日程で3泊すれば約2万円だ。
個室でゆっくりしたいのなら、スタジアムから徒歩20分の「ナイツイン」がベスト! 1泊2万円程度と一気に高くなるが、これでもロスではリーズナブルなほうだし、ナイトゲームの後でも歩いて帰れるのが魅力。ドジャースファンが集うバーや、遅くまでやっている台湾華僑の店が近いのもうれしい。
前泊やデーゲームの日には「フリーハンド・ロサンゼルス」に泊まってほかの旅人たちとダウンタウンLAの刺激を満喫し、ナイトゲームの日には「ナイツイン」でゆっくりするのが個人的ベストチョイスだ。
ちなみに、「ナイツイン」の主人ジョージ・ヌーメル氏はこんなことを話してくれた。
「うちはドジャースタジアムに近いから観戦目的の旅行者がよくご利用になりますが、オータニは客層まで変えてしまいました。日本の方だけじゃなく、台湾、韓国からも予約をいただくようになりまして。
50年近くMLBを見続けてきましたが、彼のような選手はほかに思い当たりません。やっていることの希少さでいえば、唯一思いつくのがディオン・サンダース。
彼はスーパーボウル(NFLの優勝決定戦)とワールドシリーズ共に出た唯一の選手ですから、その意味で二刀流(ツーウェイ)ですね。オータニが何を見せてくれるのか、楽しみです」
●食費
この出費を抑える秘訣は「サトウのごはん」だ。いや、ホント。私が日本から持ってきた食料の一部を列記しよう。
・サトウのごはん150g×3
・インスタント味噌汁×2
・インスタント・クリーミー・トムヤムクン×1
・おとなのふりかけ×2
ご飯以外は自宅に余っていたものなので300円くらい。これに、小鍋2個や割り箸などを合わせても1㎏に満たない。あとは二つ折りにしたアルミホイルを6枚ばかりクリアファイルに入れておく。そして朝、宿で作ったおにぎりをくるんで携行し、お昼に食べる!
もちろん、これだけじゃ3泊の旅程にはちょっとひもじい。ロスで安く食べるならメキシコ料理のキッチンカー(タコス1個3ドル程度)やサブウェイのフットロング・チュロス(1本2ドル)で小腹を満たすのもありだ。
まあ、せっかくの旅行なんだからそんなにケチらず、10ドル前後のハンバーガーやサンドイッチを食べてみてもいいと思う。
ドジャースタジアム内では、あちこちの売店でドジャードッグが7.99ドル(約1200円)で売られている。チーズがけなら1ドル増しで、なかなかおいしかった。
一方、ベースボール観戦の友、ビールは24オンス缶(約710ミリリットル)1本でなんと税込19.16ドル(約2900円)! 街の酒屋で同じビールを買うと4ドル程度だったことを考えると、ちょっと高すぎな気がする。
さて、ここから再びドジャース観戦紀行に戻る。
初日(3月27日)の夜、ロス到着直後に知り合ったイヴァンから連絡があった。
「明日は一緒に朝食を取って、それから試合を見に行こう。ホテルまで車で迎えに行くよ」
うれしい申し出だ。そんなわけで翌28日、イヴァンの運転するトヨタ車で出発した。途中、リッチーとガールフレンドのアナさんを拾う。
イヴァンは非常に物知りで、運転しながら通過する場所のひとつひとつについて説明してくれる。仕事を訊ねるとハイスクールの歴史教師なのだという。ロスについては、禁酒法時代の地下通路がどうなっていたかまで調べたそうだ。「そりゃあ、ロスを愛してるからね」と真顔で胸を張る。
彼ら行きつけのメキシコ料理屋に一歩踏み入ると、ドジャースのユニフォームを着た先客がずらり。大半がチカーノで、朝からサングリアを飲んでいる人もいる。
そこでたらふくごちそうになってしまった。払うと言っても聞かないのだ。特にポソレというメキシコのスープが最高にうまかった。
「皆さん、いつも朝食をこんなに取るのですか?」
「ホーム・オープナー(本拠地開幕戦)のときだけさ。毎年開幕戦はイースター(キリストの復活を祝うお祭り)付近にやるから休みが取りやすくてね。試合の前にたっぷり食べていくんだよ」
ファンにとって本当に特別な日で、もう祝祭は始まっているのだ。
スタジアムに向かう車中でふと頭に浮かんだことがあった。ロス出身のミュージシャン、ライ・クーダーのアルバム『チャヴェス・ラヴィーン』は、ドジャース球団の誘致がもたらした混乱など、地域の史実をテーマにした音楽絵巻だ。チャヴェス・ラヴィーン(山峡)とはドジャースタジアムがある丘の呼称である。
「チャヴェス山峡の話を聞かせてくれませんか?」
ハンドルを握るイヴァンは反射的に眉をひそめた。
「あれは悲しい歴史だよ。あの辺りにはチカーノや中国系の人たちが多く暮らしていたんだが、ドジャースが球場を建てることになって、老いも若きも子供も妊婦も、有無を言わさず追い出されたんだ。家を潰されてね。
わが国にはエミネント・ドメイン(公共のための強制徴用)というものがあり、こういうことが起きてしまう。この過去があるから、今でもドジャースを嫌っている年配の人は多いよ」
だが、その下の世代の彼らはドジャースを応援している。
イヴァンは言う。
「ほかの球場も何個か見てきたが、私はドジャースタジアムが一番美しいと思うよ」
ただ、ドジャースタジアムには超広大な有料駐車場があるが、イヴァンたちはなるべくそこを使わないようにしているという。
「ドジャースを売った男」とファンが敵視する元球団オーナー、フランク・マッコート氏が所有しているからだ。
選手たち、球団、そしてベースボールには惜しみない愛を注ぎながらも、それを取り巻く権力・金力に対しては市民的な警戒を怠らない。ドジャースは、そしておそらくMLB全体も、そうしたファンに支えられているのだ。
ゲーム開始の2時間前に球場に入り、イヴァンたちと別れる。人が増えないうちはかなり自由に移動できるので、レフト線にあるブルペン脇席の最前列に行けば、練習中の選手を間近に見られる。トスしてくれることもある。
ラッキーなことに、ちょうど山本由伸投手が出てきて軽い往復ジョグを始めた。「ヤマモーロー」とサインをねだる子供らの声が上がる。新天地での彼の姿を間近に(最接近時5m)見られて感動である。
開幕戦の私の席はライト線ファウルゾーンの最上段だ。セレモニーの時間が近づくと、急峻なすり鉢状にせり上がるスタジアムの席は、ファンが身につけたチームカラーの青に彩られ、空のかけらをまぶした点描画のようだった。
一方、外野席は階数ががくんと下がり、球場近くのエリシアン・パークに程よい密度で繁茂する樹々の緑を見せてくれる。その生々しい起伏は、かつてのチャヴェス山峡の面影だろうか。
なるほど美しい球場だ。
さあプレーボールだ! 絶好調の1番・ベッツが四球で出塁し、2番・DH・オータニの名がコールされると一部でスタンディングオベーションが行なわれるほどの歓迎ぶり。空振りでも歓声を呼べるのは、私が見る限り彼だけだった。
隣の席のスカイさんはカージナルスファンだったが、8歳の息子ネイサン君がドジャースファンで、宗旨変えしたらしい。試合の展開や選手の特徴を息子に説いて聞かせているのがほほ笑ましい。
試合はテンポよく進み、7回。カージナルスの攻撃が終わると、憧れのセブンス・イニング・ストレッチだ! みんな立ち上がって『私を野球に連れてって』を歌う。私も声を張り上げ歌うが、次の一節で思わず苦笑してしまった。
【帰れなくなっても構わない】
あさっての朝には帰らなきゃいけないんだよなあ、日本に。帰りたくない!
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開幕デーゲーム、翌日のナイトゲームともドジャースは快勝し、その次の日の朝にはロサンゼルス国際空港へ。ロスよ、またな!
1982年生まれ、埼玉県立浦和高校卒業、東京大学理科一類中退。人形劇団、施設警備などを経て、立教大学異文化コミュニケーション学部に入学。在学中の2009年、スペインに留学。翌年夏、スペイン横断自転車旅行。大学卒業後、福島県郡山市で働いていたときに書いた作品が第12回開高健ノンフィクション賞の最終候補に。近著は『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』(インターナショナル新書)