34年ぶりに東京ドームで開催されるボクシング興行としても話題の、スーパーバンタム級世界4団体統一王者、井上尚弥vs挑戦者、ルイス・ネリ。〝悪童〟と呼ばれるこの挑戦者とかつて2度対戦した山中慎介氏が、歴史的一戦の見どころから決着予想まで語り尽くす!
■相手を巻き込むネリの回転力
山中慎介氏は2017年8月と翌18年8月の2度、同じサウスポーのルイス・ネリと拳を交えた経験を持つ。初戦はWBC世界バンタム級王座の13度目の防衛戦だったが、後にドーピング違反が発覚する挑戦者に4回TKO負け。王座奪回のために臨んだ再戦は大幅な体重超過のネリに2回TKOで敗れ、それを機に引退した。
もしも初戦で山中氏がネリに勝っていたら、その翌年にバンタム級に転向した井上の挑戦を受けていた可能性もあっただけに、同氏にとって今回の井上vsネリは特別な感慨を持って見る試合となる。
まずは、自身とネリとの2試合を振り返ってもらった。
「初戦は自分の右ジャブが当たる距離でスタートできたんですが、4回にバランスを崩したりロープに追い詰められたりした。効いてはいなかったし、こちらも左を狙ってはいたんですが......」
不完全燃焼に終わった試合をそう振り返る。
約半年後の再戦は試合前日の計量でネリが2.3kgも規定体重をオーバー。再計量時には1kg減らしていたが、それでも階級リミットを1.3kg超過していた。試合はネリに体重のリバウンド制限が課されて行なわれた。
「ネリにリベンジするために再起したので、故意とも思える体重オーバーの時点で僕自身のメンタルがやられましたね。勝ったとしても素直に喜べないというか。そんなこと関係ないと開き直って戦えればよかったんでしょうが」
今年3月6日、井上vsネリの発表会見の会場で山中氏は因縁の相手と再会した。
「(質疑応答のとき記者から)相変わらず責められているなと遠目に見ていました(笑)。実際に会ってみると6年前のことがよみがえってなんとも言えない気持ちになりました。会見のときのネリはいい子モードだったんでしょう。メキシコに戻ってからはまた言いたい放題みたいですからね」
複雑な思いは今も?
「すっきりしたわけではないけれど、もうわだかまりはありません。さすがに応援する気にはなりませんが。井上君と東京ドームで試合をするんだからしっかり仕上げてこいよって話ですよね」
肝心のネリの実力はどうなのだろうか。
「実際に戦ってみて、全体的にパワフルではあるけれど一発のパンチ力がめちゃくちゃ強いとかスピードがあるというわけではありませんでした。ただ、パンチの回転が速くて、止まっていると巻き込まれて連打を浴びるという感じですね。回転の中でフック系やアッパー系のパンチが多いのも特徴だと思います」
〝パンテラ(黒豹)〟の異名どおり、連打を浴びせる様子は獲物に襲いかかる捕食活動を連想させるものがある。
「そのイメージはあるかもしれない。連打は速さもあるし迫力もある」と山中氏は評価するが、一方で隙もあると指摘する。
「パンチを打つ際に体が開いているので、その隙を井上君は見逃さないと思います」
ネリは山中氏との2試合を含めプロ30戦目までは30勝(24KO)と8割のKO率を誇った。しかし、スーパーバンタム級に転向してからは6戦5勝(3KO)1敗と以前ほどの勢いは感じられない。
「バンタム級のときよりも体格差やパワーで圧倒できなくなっているイメージはあります。微妙なタイミングでパンチをもらって危ない試合もありましたし。危なっかしさもありながら、それでも勝ってきているので、そこもネリの魅力なのかなと(笑)」
ネリの唯一の黒星は21年5月、WBA世界スーパーバンタム級王者のブランドン・フィゲロア(米)にボディを攻められ7回KO負けを喫したものだ。弱点はボディか?
「う~ん......ネリは攻撃が最大の防御みたいな面があるので、弱点を挙げるとすればそこですかね。けっこうパンチとパンチの間は粗くて隙ができる。井上君ならそこにパンチを合わせられると思う」
■カギとなるパンチと決着ラウンド
2階級制覇、36戦35勝(27KO)1敗のネリの実績も見事だが、井上はそのはるか上をいく。4階級制覇、そのうち2階級で主要4団体の王座を統一、26戦全勝(23KO)と非の打ちどころがない。山中氏から見た〝モンスター〟はどんなボクサーか?
「スピード、パワー、テクニック、スタミナ、打たれ強さ、経験値、頭脳......すべての項目で最上位にいる選手。加えてトレーナーでもある父親の真吾さんとの信頼関係も大きいと思います。プロデビューから10年以上変わらないわけですからね」
日本、いや世界のボクシング史に残るであろう今回の試合、下馬評は王者有利と出ている。4月23日時点で英国のブックメーカー、ウィリアムヒルの単純勝敗オッズは12対1、オンラインカジノOddschecker.comは10対1、いずれも大差で井上有利という数字になっている。
期待と予想が井上のKO勝ちに集中しているが、万が一はないのだろうか。縁起でもないが、現に34年前に東京ドームで行なわれたマイク・タイソン(米)vsジェームス・ダグラス(米)の世界ヘビー級タイトルマッチでは42対1のオッズがひっくり返る歴史的な大番狂わせが起こっている。井上に不安要素はないのだろうか。
「舞台が東京ドームという点が気にはなります。井上君自身が『途轍もない試合をしたい』と発言しているし、これまで経験したことのないプレッシャーがかかるんじゃないですかね。勝負事なので(番狂わせの)可能性がないとは言えない。井上君が中途半端に打ち合い、タイミングよくパンチをもらって効いてしまうという怖さはある。もしもハプニングがあるとしたらそんなパターンでしょうね」
以下は、山中氏がイメージする順当な勝負の行方だ。
「まずは井上君とリング上で構え合ったときにネリが攻めていけるかどうか。僕は以前、イベントで井上君と簡単なマスボクシングをしたんですが、右の手で井上君の左腕に触れただけでも頑丈さ、体の強さが伝わってきました。
ネリが出てくることは井上君も計算済みだと思うので、ネリの攻撃に対応しながら隙を見てパンチを入れていく展開になるのでは。スティーブン・フルトン(米=23年7月、井上に8回TKO負け)、マーロン・タパレス(フィリピン=23年12月、井上に10回KO負け)よりも早い決着になりそうですね」
もう少し踏み込んで、井上のKO勝ちを前提にして、カギとなるパンチと決着ラウンドを占ってもらった。
「井上君の左フックはタイミングが合いそうな気がします。サウスポーに対する右ストレート、左ボディブローも当たりそう。どのパンチでも倒せる気がします。予想としては中盤ぐらいかな。ネリの出方次第という条件付きで、5~7ラウンドあたりのKO決着でしょうかね」
●山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年生まれ、滋賀県出身。WBC世界バンタム級王座を12連続防衛した〝ゴッドレフト(神の左)〟。2018年のルイス・ネリ戦を最後に現役引退。プロ戦績31戦27勝(19KO)2敗2分け。