練習方法やトレーニング、データ分析・活用の常識が日進月歩で変わっていくこの時代。横浜DeNAベイスターズに創設された「ハイパフォーマンス部」なる謎の新部署のトップに就任した桑原義行氏が、強化・育成の現場で行なわれているさまざまな工夫や試みを明かす。
前編に続き後編となる本記事では、開幕戦から大活躍したルーキー度会隆輝、昨年在籍したサイ・ヤング賞右腕トレバー・バウアーといった具体的な選手の例も挙げながら、よりディープに未来像を語っていく。
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■度会、石上が最高のスタートを切るためにした準備
――桑原さんは春季キャンプからチーム練習に帯同されていましたが、グラウンドでは何を指示しているのですか?
桑原 コーチ陣が考えた練習内容に対しての口出し、修正はしません。ただ、例えば打撃部門ならコーチの石井琢朗さんや鈴木尚典さんたちに「これはどういう目的の練習なんですか?」とお伺いを立てることはあります。
――現役時代の桑原さんからすれば、簡単に口も利けない大先輩のスターたちですよね。
桑原 非常に恐れ多いのですが(笑)、僕がチェックするのは目的がポリシーから外れていないかということなんです。
グラウンドで直接選手を教えていると、熱が入りすぎて方針からずれてしまうことがどうしてもあり得る。それをいったん思い出してもらうチェックの役割です。
実際、コーチ陣のほうからも「クワ、こういうときはどう考える?」と逆に質問されたり、「選手にこう伝えたけど、これでいいんだよね?」と確認してくださったりしています。
――例として、今年のルーキーはどういう育成プランだったのでしょうか?
桑原 1月の新人合同自主トレで、ハイパフォーマンス部の仕切りで選手たちのデータを取らせてもらい、それをもとにキャンプのプランを立てました。
今すでに1軍で試合に出ている度会隆輝選手や石上泰輝選手は、1軍キャンプの第一クールからプロの速いボールについていけるようにと、昨年引退した平田真吾さんに本気で肩を作ってもらい、キャンプ前に彼らに対して投げてもらいました。
そうして最高のスタートを切れる準備をし、疲労度などコンディショニングも管理しながら、一番動ける状態で送り出せるようコーチ陣と連携してメニューを組みました。
――どれぐらい想定通りにいくものなんですか?
桑原 例えば石上選手は「キャンプをケガなく乗り切っていい課題を見つけてきてくれればいいな」くらいに思っていたのですが、見事にこちらのプランをいい意味でひっくり返してくれました。
度会選手は......見た感じから「これはもう気持ちよくやらせておけば大丈夫だな」と思っていましたね(笑)。
■野球選手は真剣勝負によって大きく成長する
――2021年ドラフト1位の小園健太投手も先日、1軍初登板を果たしましたね。
桑原 小園選手は1年目からきっちりプラン通りにやってきました。高卒の選手は、夏の甲子園が終わってからピッチングしない半年の間も体は成長していくことでミスマッチが起こります。
そこで1年目は体を作りながら感覚を合わせる作業をして、2年目は中10日で強化をしながら2軍の先発ローテで回した。3年目の今年は、さらにフィジカルの上積みも図りながら、1、2軍関係なく1年間投げ続けてもらう予定です。
――三浦大輔現監督以来の18番。横浜の宝になる人材です。彼はスペシャルな選手になりますか。
桑原 僕らは小園選手がスーパーエースになると信じて向き合っていますし、そういう伝え方もしています。だから、そういう立ち振る舞いも求めているんです。
高卒でドラフト競合で入団して期待をかけられ、佐々木朗希選手や山下舜平大選手と常に比較され、彼じゃないとわからない苦しさや葛藤もあるでしょう。ただ、そのセンスは誰もが認めるところ。
野球選手はグラウンドの真剣勝負の中で大きく成長します。インプットは続けているので、あとはマウンドできっかけさえ掴んでくれれば、です。
――楽しみですね。ちなみに選手個人の全体練習でのメニューをプランニングする一方、個人練習にはどれくらい関与しているんでしょうか?
桑原 個人練習にはほぼ関与しません。われわれが最終的に作りたいのは、自分で課題を考え、自分で行動できる"主体的"な選手です。だから首根っこをつかまえて量をやらせることはしないんです。
ただ、どの時代であろうと、練習が必要なのにやらない選手は淘汰されていきますよね。そういった意味では、まだ「物足りないな」と思うことは多々あります。
■一瞬でも花が咲く選手の共通点
――桑原さんの世代はむちゃくちゃな量の練習の中からプロとしての体力や技術を得てきた世代ですが、野球界の常識が激変するなか、桑原さん自身の野球観は変わりましたか?
桑原 数値やデータ、効率的な練習は大事です。しかしやはり今のコーチ陣、1998年に優勝した世代の方や、藤田一也育成野手コーチのように一緒にやってきた同世代、僕自身も現役時代は全然活躍してないんですけど、今こういう立場にいたとしても、やっぱり"大事なモノ"という価値観は似ているんですよ。
――それは何なのでしょうか?
桑原 例えば「野球に夢中であること」。今の選手でもいますが、死に物狂いで「俺は打ちたいんだ」と質なんて無視して毎晩バットを振り続けているような選手って、たとえ一瞬でもどこかで花が咲くんです。
――桑原さんも一瞬でしたが咲いた時期がありましたね。
桑原 一瞬。本当に一瞬でしたけど、あれで僕は十分ですもん。夢中でやれた時期があったから、何の悔いもなくトライアウトも受けずに引退できたし、今度は社会人として成功しようと思って次のキャリアに挑めました。
――効率を求めながら、最後の部分はいかに選手個人をやる気にさせるか。矛盾があるようで、本当に大事なことは昔から変わっていないのかもしれないですね。
桑原 僕たちの時代は「言われたからやる」だけでしたけど、今の選手にはもうそれは通用しないですね。目的や意味を伝えないと納得しないし、ついてきてくれない。
今はチームとして無意味に練習をやらせることはしませんが、「どうすれば選手を野球に夢中にさせることができるか」は、みんな考えていますね。
誰がどうやって声をかけるかとか、どれだけ認めてやれるかとか、人と人のコミュニケーションがカギになるんだろうとは思っています。
■バウアーは「IQ200」。中3日が一番すごかった
――ちなみに感覚とデータの融合という部分では、昨年ベイスターズでプレーしたバウアー投手から得られた知見も少なくなかったのでは?
桑原 彼はすごかったですよ。何よりもまず、中4日でベストピッチができることを証明し、中5、6日が常識になっている今の日本球界の天井をぶち破ってくれた。
バウアー選手はそのパフォーマンスの維持をすべて自己管理でやれてしまうんです。個人でデータサイエンスチームを持っていますし、そのノウハウも惜しみなく教えてくれました。
ただ、彼自身のデータとコンディショニングに対する理解のレベルは、IQ200の天才が迷い込んできたような感覚でした。彼のレベルの話をするには、僕らはまだ学ばなければならないことがあまりにも多すぎる。
日本の公式戦で見せる機会はありませんでしたが、実はバウアー選手は中3日で投げたときのボールが一番すごいんですよ。
――確かに「中3日でもいける」と公言してはいましたが、とんでもないですね......。
桑原 彼はすべての行動を野球にくっつけて考える。そして投げることが大好きなんです。
データや野球に対してのアプローチはどんどん進化していきますが、大谷翔平選手もバウアー選手も「野球にどれだけ夢中になれるか」という大事なことを、あらためて教えてくれているような気がします。
――一方で、これは球界全体の傾向かもしれませんが、トミー・ジョン手術やクリーニング手術など、投手の故障というものが年々増えているような気がします。
桑原 こういうケガが増えてきたことにも原因があって、トレーニングの進化によって、日本の選手の体のサイズ、規格のキャパシティを超えた出力を出せてしまうようになったんです。
今じゃ145キロはチャンスピッチャー。アベレージ150キロとなれば、体への負担も当然大きいですよ。よく「投げ込みが足りないからケガするんだ」と言われる方もいますけど、昔とは出力が全然違うから当然故障も増えるし、その分、ケアや球数管理などもしっかりやらなければなりません。
――同じアベレージ150キロのピッチャーでも、バウアー投手や山本由伸投手のように故障もせずに投げ続けられる人もいれば、1年で故障してしまう人もいます。ハイパフォーマンスを実現させるためには、やはり体づくりがすべての基本であるということでしょうか。
桑原 というわけで話は戻りまして、スーパーな野球選手を作ることはスーパーな肉体を作ることでもあるんです。ケガをしない体ができてこそ、野球選手としての高いスキルや再現性を発揮し続けるスーパーな野球人になれる。
やらなければいけないことはたくさんありますが、そこを目指していこうというのが、僕たちがやるべきことだと考えています。
●桑原義行(くわはら・よしゆき)
1982年生まれ、東京都出身。日大豊山高校、日本大学でキャプテンを務め、2004年ドラフトで横浜(現DeNA)の指名を受けプロ入り。ルーキーイヤーに左膝前十字靱帯断裂の大ケガをする。09年8月26日の阪神戦でプロ初本塁打(代打)。11年限りで引退した後は野球振興やジュニアチームのコーチ、2軍マネジャー、人材開発部門リーダーなどを歴任し、昨年新設されたハイパフォーマンス部の部長に就任。