〝今、最も勝てる日本人監督〟かもしれない。高校サッカーの強豪、青森山田高校を退職してFC町田ゼルビアの監督に就任した昨季、いきなりJ1昇格&J2優勝を達成。迎えた今季はチームとしても初挑戦のJ1で首位争いである。〝異色の名将〟の手腕に迫る!
※成績は5月27日時点。
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■何より嫌いな失点、学校仕込みの話術
16節終了時点で11勝2分け3敗の単独首位。今季、J1初挑戦のFC町田ゼルビアが旋風を巻き起こしている。
2シーズン前のJ2で22チーム中15位に沈んだ町田だが、昨季、高校サッカーの名門・青森山田高校を全国屈指の強豪に育て上げた名将・黒田 剛監督(54歳)を指揮官に迎えると、堅実さとハードワークを主体としたサッカーでいきなりJ2優勝。
今季はJ1でそのサッカーがどこまで通用するか、懐疑的な見方もあったが、フタを開けてみれば開幕5戦負けなしのロケットスタート。シーズンの3分の1が過ぎても勢いに衰えは見られない。
町田躍進の最大の立役者は、これまでの日本サッカーの常識にとらわれない采配が光る黒田監督だ。就任当初は「高校サッカーでどれだけ勝っても、プロでは無理」と逆風も強かったが、なんと、ここまで連敗は一度もない。
J1が18チーム以上となった2005年以降で、J2から初昇格したクラブの最高順位は12年のサガン鳥栖の5位。だが、町田は開幕前に掲げた「5位以上、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)出場権獲得」という目標を達成すべく、着実に勝ち点を積み重ねている。
この異例の快進撃にも、黒田監督は「まったく満足感はない」と話す。
「傍から見たら新参者のわれわれが首位争いをしているなんて、ありえないと思われるかもしれません。ですが、この状況に満足しているかといえば、そんなことはないです。例えば失点はもっと減らせたし、ここまで3敗という負け数も自分の中では多いと思っています」
16節を終え、町田の失点数はリーグ最少のG大阪(11)に次ぐ12(神戸も12)。黒田監督は常々「勝つ=守れる」ことを合言葉にしている。ただ、堅守を売りにしてきたチームはこれまでも多く存在してきた。違いは何か。それは何よりも失点を嫌い、妥協を許さず細部にまでこだわる黒田監督の指導にある。
今季、G大阪から加入した日本代表GK谷 晃生は、黒田監督の守備へのこだわりについてこう話す。
「守備に対する約束事は、ある程度どのチームにもあると思います。ただ、黒田監督は日々の練習から、求めることがあればはっきりと口にするなど曖昧なところがない。特に、シュートを打たせないことや、自分たちが危険と判断するエリアに相手を進入させないことへのこだわりは強く感じます」
守備の追求について、これまでJ3やJ2のクラブを渡り歩いてきた右サイドバックの鈴木準弥もこう続ける。
「失点が起こったときの要因は徹底的に分析します。毎節、次の試合に向けたミーティングでは、『ああすれば防げたよね、ここでこうしていれば......』という失点についての詳しい話もありますし。もちろん、どうしたって防げない失点もありますけど、しっかり検証はする。
失点ゼロは監督が本当にこだわっているところで、仮に2-1や3-1で勝っても、1点でも失点していると後味が悪いというか(苦笑)。これだけ失点にアレルギー反応のあるチームでプレーするのは初めてです」
ミーティングは一般的なチームに比べ、回数が多く、時間も長いとされる。だが、結果が出ていることもあり、選手たちからネガティブな声は聞こえてこない。今季、鹿島から完全移籍で加入し、主将を務める元日本代表DF昌子 源は、加入初日のミーティングで黒田監督の話のうまさを感じたと明かす。
「例えば、(シュート)1本1本へのこだわり。シュートブロックを避けずに正面から入るとか、プロならできて当たり前のことが疎かになることもある。でも、黒田監督はそこを見逃さずに、練習で徹底する。
それに自分が一番驚いたのは、ミーティングでもそうした話をされますが、言葉選びがうまいのでスーっと話が入ってくる。もともと先生だったからか、授業的な雰囲気もありますが、『なるほど』と納得させられることは多いです」
町田は被クロスからの失点率が黒田監督いわく「リーグトップの低さ」で、ペナルティエリア外からの失点ゼロという数字もある。これらはシュートを打つ選手に対し、1.5m以内の距離に入り、必ず体の正面でブロックする、という黒田監督が提唱する「守備の原理原則」を徹底している証しともいえるだろう。
■対戦相手の監督の発言までチェック
近年、日本サッカー界では、ショートパスを駆使し、ボール保持を重視するサッカーだけを正義と見なすような風潮があった。
そんな中、町田はボール保持にこだわらず、状況によってはロングボールの多用も厭わず、攻守共に相手が嫌がることを繰り返す。そうして愚直に勝利を追い求める黒田監督のスタイルは青森山田高校時代から、どこかヒール的に見られる傾向があった。
だが、その黒田監督が自らの哲学を貫き、今や日本最高峰のJ1で首位争いをしているのだから面白い。
「ボール保持率のことがよく話題になりますが、そのデータで下から数えたほうが早いチームがリーグ首位を走っているなんて、今までなかったことですよね。
そういう意味では、そうした数字(に基づく評価の優劣)にいかに根拠がなかったかということをウチが証明しているのかもしれませんし、今後もブレずに町田らしいサッカーを継続していきたい」(黒田監督)
練習ではFKやロングスローにも多くの時間を割き、退場者を出した際のシミュレーションも行なっている。
ロングスローについては、これまでもその是非がたびたび議論の対象になっているが、実際に町田はロングスローから多くのチャンスを演出し、得点を奪っている。
右サイドのロングスローに加え、セットプレーのキッカーも担う前出の鈴木は、黒田監督からボールの質や蹴る(投げる)位置についても細かい要求があると証言する。
「例えばCKで、狙いがニアサイドならだいたい手前のポスト付近を狙って蹴って、そこに味方選手が走り込んでくるというのが普通ですが、黒田監督の場合はピンポイントで『ここ(に蹴れ)』と指定し、さらにボールスピードについての要求もある。過去、他チームでここまで求められることはなかったです」
サッカーは相手があってのもの。黒田監督は試合前に対戦相手の映像やデータを分析するだけでなく、元教師らしく相手指揮官の性格や人間性まで想像しながら、打ってくるだろう手を読むという。
「(相手監督の)コメントやインタビューなども見ますよ。表情や話している内容にだいたい性格が出るものですから。それらを踏まえ、相手の出方を想像し、それに合わせて対策する中で相手を上回ることは常に考えています」
こだわりは守備とセットプレーだけにとどまらない。
例えば14節のC大阪戦では先制しながら84分にPKで1-1の同点に追いつかれると、直後に残っていた交代カード3枚を一気に投入。後半アディショナルタイム93分に勝ち越しに成功した。
この決勝ゴールは味方のゴールキックにいち早く反応したDF林 幸多郎が左サイドで高い位置まで抜け出したところから生まれた。試合終盤になっても選手が集中力を切らさず、素早い攻守の切り替えを行なった成果とも言える。
「攻守の切り替えについては、いつも話しているところ。陸上競技の100mの選手なら1秒で約10mの差をつけられますけど、サッカーでも1秒切り替えが早ければ(相手に)3、4mの差はつけられる。その差が数的有利につながるわけで、絶対に怠らないように選手には徹底して言っています。
交代カードをどう切るかは状況によりますが、例えば試合終盤にフレッシュでスピードのある選手が出てきたら相手は絶対に嫌でしょうからね」(黒田監督)
今後の不安要素を挙げるなら、黒田監督はいまだ町田では連敗がないだけに、負けが重なってきたときにもこれまでと同等の求心力を保てるかだろう。
■もしも日本代表の監督になったら
町田の躍進を受け、いまネット上では「もしも黒田監督が日本代表の監督になったら......」という声も出始めている。そんな意見に「面白い」と反応するのは、22年まで町田でプレーし、現在は解説者として活躍する元北朝鮮代表FW鄭 大世氏だ。
「町田は昨季も今季も約20人の新加入選手を迎えるなど、選手を多く入れ替えていますよね。それって本来、強豪クラブがやることじゃない。
なぜかといえば、普通、選手を入れ替えただけではチームは強くなりませんから。だから、僕も多くのサッカーファンの方と一緒で、昨季はどこかで失速するだろうなと思って見ていました(笑)。
ただ、夏場以降も勢いは衰えずにJ2で優勝。そして、今季こそJ1の洗礼を受けるかなと思ったら、3節で鹿島を完全に無力化して(1-0で勝利)、僕も評価を一変しました。
ロングボールを多用する、一見古典的なサッカーのにおいがしますが、一方で強度が高く、効率的で現代風の要素もあって温故知新というか。逆にこれが最先端のサッカーになりえるかもしれないという気にさえさせられますよね」
22年12月に、親会社の大手IT企業サイバーエージェント社長の藤田 晋氏がクラブの社長兼CEOに就任して以降、多くの新加入選手を迎えているとはいえ、ほかのJ1上位クラブと比較すれば町田の選手の小粒感は否めない。
「昌子のような実績のある選手もいますけど、今、日本代表に招集されている選手はGK谷以外はいないですからね。選手のコスパは最強ですよ」(鄭氏)
チームコンセプトを徹底しながらも、昨季はJ2清水で結果を出せていなかった韓国人長身FWオ・セフンがチームトップの6得点を挙げ(16節終了時点)、五輪代表のMF平河 悠、FW藤尾翔太が台頭するなど、黒田監督の指導の下、魅力的な個も育っている。
「高校サッカーの指導者がプロで成功するとは誰もが思っていなかったのに成功したんですから、何があるかはわからない。
もちろん、町田のサッカーはこれまで日本サッカーが目指していたものとは対極にあり、もし就任となれば〝ちゃぶ台返し〟で、それを日本サッカー協会がやる勇気があるかどうかってことはありますけど......。
ただ、日本人選手は真面目で、監督の指示どおりにハードワークできる選手も多い。例えば黒田監督ならボランチに遠藤航と佐野海舟、サイドには三笘 薫と伊東純也を置いて、1トップには背の高いポスト役のできる若い選手を抜擢するかもしれない。ちょっと見てみたい気はしますよね(笑)」(鄭氏)
賛否はあるものの、そのスタイルには合理性も再現性もある。どこまで結果を出し続けるのか、今後も黒田監督率いる町田の戦いぶりから目を離せない。