会津泰成あいず・やすなり
1970年生まれ、長野県出身。93年、FBS福岡放送にアナウンサーとして入社し、プロ野球、Jリーグなどスポーツ中継を担当。99年に退社し、ライター、放送作家に転身。東北楽天イーグルスの創設元年を追った漫画『ルーキー野球団』(週刊ヤングジャンプ連載)の原作を担当。主な著書に『マスクごしに見たメジャー 城島健司大リーグ挑戦日記』(集英社)、『歌舞伎の童「中村獅童」という生きかた』(講談社)、『不器用なドリブラー』(集英社クリエイティブ)など。
5月6日、東京ドーム。世界スーパーバンタム級4団体統一王者、井上尚弥は劇的な逆転KOでルイス・ネリに快勝し、4万3000人の観衆を熱狂させた。この結果を受けて、井上は米老舗ボクシングメディア『ザ・リング』のPFP(パウンド・フォー・パウンド=全階級を通じた格付けランキング)で1位に返り咲き(その後2位に後退)、日本ボクシング史に新たな1ページを刻むと同時に、〝モンスター〟の愛称をより絶対的なものにした。
「歓声の大きさが凄かったですね。試合も刺激的で、良い時間を過ごすことができました」
WBC世界バンタム級王者の中谷潤人は、現地観戦した感想をそう話した。
4団体すべて日本人が独占したバンタム級世界王者の中でも、頭ひとつ抜けた存在と言われる中谷。同階級の統一戦、そして将来的に井上尚弥戦も期待され始めたことについて、どう受け止めているのか。次戦、7月20日の防衛戦に向け、師匠ルディ・エルナンデスの待つ米ロサンゼルスへ発つ直前、心境を聞いた。(全2回の前編)
――東京ドームで現地観戦した感想を教えてください。
中谷 井上尚弥選手の試合はもちろん印象的でしたが、どれも良い内容の面白い試合ばかりでした。特に(自分と同じ階級の)バンタム級の2試合、武居由樹選手とジェイソン・マロニー選手、井上拓真選手と石田匠選手の試合は、戦前から気になっていました。
――まず、WBOの新チャンピオンになった武居選手の試合について。戦前はどちらが勝利すると予想していましたか?
中谷 マロニー選手が、最終12ラウンドに見せたような展開で試合を支配して判定勝利すると思っていました。ただ予想よりも、マロニー選手はアクションが遅くなってしまいましたね。
――どうしてそういう展開になったと考えますか?
中谷 武居選手本人がどう考えていたのかはわかりませんが、マロニー選手を懐に潜らせない工夫がうまかったように感じました。ボディ中心に攻撃を仕掛けて動きを止めていたので、マロニー選手は終始、武居選手の懐に入りにくそうにしていました。結果、武居選手はしっかり自分の距離を保ちながら手を出せたことでマロニー選手の仕掛けを遅らせて、試合を支配できたように思います。
――武居選手は2ラウンドにローブローで減点を取られても消極的にならずにボディを狙い続けることで、マロニー選手は後手にまわる時間が長くなりましたね。
中谷 ローブローで減点は取られてしまいましたが、ああいう印象付けは、効かなくても当てておくだけでも動きを抑えて懐に潜りにくくできるので、より自分の距離、離れた位置で戦いやすくなったのではないでしょうか。
――マロニー選手は最終12ラウンドのような戦い方を、本来はもっと早いラウンドから仕掛けたいと考えていたんでしょうか?
中谷 そうだと思います。でもそれを抑えた、させなかった武居選手が素晴らしかった。マロニー選手がまっすぐ詰めてプレッシャーをかける場面はあまりなかった。特に前半はまっすぐ攻めたらボディを合わせられると警戒して回らざるを得なかった。そのあたりで、武居選手はスタミナを温存しつつ、試合をコントロールできました。ただ、最終12ラウンドにマロニー選手から圧力を強められると、武居選手はスタミナ切れもあって崩れてしまった。そのあたりは今後の課題かもしれませんね。
――WBA王者の井上拓真選手と石田匠選手の試合についてはいかがでしょうか。
中谷 試合内容も予想通りでしたので驚きはありませんでしたが、拓真選手が予想以上にうまく距離を支配して戦っていました。拓真選手は相手のスタイルによって戦い方を変えられる選手。今回の石田選手との試合では、右アッパーの技術により磨きがかかって上手に当てていましたね。
――1ラウンドに石田選手のジャブがカウンターで入ってダウンを奪われました。
中谷 石田選手はジャブがうまい選手で、本当に良いタイミングで入りましたね。まだ距離間を把握しきれていない早いラウンドではそういうことはよく起こり得ますし、拓真選手も当然、そういう状況も想定していたと思います。足に力が入らなくなるほど効かされた感じはなかったので、立て直してくるだろうな、と思って見ていました。
――中谷選手は観戦後のインタビューで、「バンタム級世界王者の中では、拓真選手と戦ってみたい」とコメントしていましたね。その真意は?
中谷 バンタム級世界王者の中で、拓真選手が一番評価されている選手と思っているからです。『中谷どうなる!?』と周りが心配するような、ヒリヒリした緊張感のある試合をしたい。そのほうが僕自身、より成長できると思っています。
自分の中では、バンタム級4団体すべてのベルトを手にしたいという気持ちは、実はそこまで強くありません。もちろん4本のベルトが揃ったほうが良いとは思います。でもそれ以上に、評価の高い選手と戦いたい、そして勝ちたい、という気持ちのほうが強い。自分自身にとって、強い相手と対峙できることが、ボクシングを続ける大きなモチベーションになっています。
――中谷選手は4月に『リング』のPFPで10位に入りましたね。
中谷 評価いただけたことについては素直に嬉しく思います。ただ、イメージしていた形でのランキング入りではなかったので、驚いた部分もありました。
――というと?
中谷 4団体統一のような、形に残る大きな結果を出さなければ評価されないのかな、と思っていました。それでも評価いただけたことに感謝して、もっと上を目指していきたいと思います。
――井上尚弥選手は5月のネリ戦を受けて、『リング』のPFP1位に返り咲きました(取材時。その後2位に後退)。中谷選手がボクサーとして最大の目標にしているPFP1位を叶えるためには、いずれ尚弥選手と戦わなければならないと思います。
中谷 まだまだやるべきことはたくさんありますが、ファンの方から「いつかは」と期待していただけることは素直に嬉しく思いますし、ボクシングを続ける上で大きなエネルギーをいただいています。
(後編につづく)
●中谷潤人(なかたに・じゅんと)
1998年1月2日生まれ、三重県東員町出身。M.Tボクシングジム所属。左ボクサーファイター。172㎝。2015年4月プロデビュー。20年11月、WBO世界フライ級王座獲得。23年5月、WBO世界スーパーフライ級王座獲得。今年2月24日にはWBC世界バンタム級王座を獲得し3階級制覇達成。27戦全勝(20KO)。ニックネームは〝愛の拳士〟。7月20日に東京・両国国技館でビンセント・アストロラビオ(フィリピン)との初防衛戦を行なう。
1970年生まれ、長野県出身。93年、FBS福岡放送にアナウンサーとして入社し、プロ野球、Jリーグなどスポーツ中継を担当。99年に退社し、ライター、放送作家に転身。東北楽天イーグルスの創設元年を追った漫画『ルーキー野球団』(週刊ヤングジャンプ連載)の原作を担当。主な著書に『マスクごしに見たメジャー 城島健司大リーグ挑戦日記』(集英社)、『歌舞伎の童「中村獅童」という生きかた』(講談社)、『不器用なドリブラー』(集英社クリエイティブ)など。