中島大輔なかじま・だいすけ
2005年から英国で4年間、当時セルティックの中村俊輔を密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『山本由伸 常識を変える投球術』。『中南米野球はなぜ強いのか』で第28回ミズノスポーツライター賞の優秀賞。内海哲也『プライド 史上4人目、連続最多勝左腕のマウンド人生』では構成を担当。
今季からメキシカンリーグでプレーする安樂智大に現地で取材を申し込むと、第一声でこう言った。「本当のことを書いてくださいね」。楽天をパワハラ騒動で退団後、異国に新天地を求めた安樂は今、どんな思いを秘めているのか。騒動後、初めてのインタビューに応じてくれた。
――今季からメキシカンリーグの名門「ディアブロス・ロホス・デル・メヒコ」(英語名:メキシコシティ・レッドデビルズ)でプレーしていますが、メキシコ野球の印象を教えてください。新天地で野球を楽しめていますか。
安樂 仕事なので、別に楽しいとかはありません。たぶん、皆さんが想像しているメキシカンリーグとは今年変わっているんで。
――というと?
安樂 外国人枠が7人から20人に増えました。現在ディアブロスには、元メジャーリーガーやその下の3Aまで経験している選手、僕と同じく日本でやっていた選手も多くいます。
――元メジャーリーガーでは、サイ・ヤング賞投手で、昨年DeNAでプレーしていたトレバー・バウアー投手や、オールスター8度選出のロビンソン・カノ選手、そして楽天で同僚だったジャフェット・アマダー選手とホセ・マルモレホス選手もいますね。
安樂 はい。そういう選手に聞いても、今季のメキシカンリーグのレベルは3Aとほぼ互角だと。去年からレベルが大きく上がったと聞きますし、そういう選手たちと対戦して、僕自身も充実しています。
――昨年楽天を退団して、今年ディアブロスのスプリングトレーニングに招待選手で参加して入団に至りますが、メキシコに渡るまでの経緯を教えてください。
安樂 楽天をああいう形で去ることになり、社会人野球、独立リーグを含めて「うちでやらないか」と言ってくれるチームはいろいろありました。でも、日本で野球をするのはちょっと難しいなと......。メディアの方や周りの目もあるし、いろいろな人に迷惑をかけるかもしれないなと、僕の中で感じていました。
――で、海外に?
安樂 自分はいま27歳で、この2、3年は一番脂が乗ってくる時期。そこで何もしないのは、野球人としてもったいないと。海外で、よりレベルの高い場所でやりたいという思いがあって、もともと知っているエージェントの方に相談しました。いくつかオファーがあった中で、最終的にメキシコに決めました。
――いずれ海外でやりたいという願望はあったのですか?
安樂 いや、特になかったです。メディアの方に「韓国や台湾に売り込んで失敗した」とか言われましたけど、そんなことは一切ないですし、自分から売り込んだこともありません。そもそも、そんなに簡単に野球ができると思っていなかったですし......。
――そんなタイミングで現在所属するディアブロスや、メキシコの他球団からもオファーがあったと聞きました。あらためて今、野球をできる喜びを感じていますか。
安樂 そうですね。騒動の頃は練習していても身が入らなかったですし、本当に野球を続けられるのか、続けていいのか......と、ずっと葛藤していました。そんなときに家族はもちろん、元チームメイト、先輩、後輩、裏方さんも含めて「絶対に野球をやめないでくれ」と。その言葉がすべてかなと思いますね。
――騒動に関するリリースでは、「真実と異なる点がある」というコメントもありました。
安樂 受け取り手が嫌な思いを感じた以上、僕が悪いのは間違いありません。でも報道された内容に関して、"事実"と"真実"の違いがあります。そのときの状況や雰囲気、それに対する後輩の返しなど......。ただ今は、僕が当時の内容について細かくお話しすることがいいとは思いません。
でもひとつだけ言わせていただくと、応援してくださる方たちのためにも野球を頑張りたいです。当初は誹謗中傷が何千件、何万件と来ましたけど、今は「もう一回頑張れ!」「応援しているぞ!」という言葉が9割を占めています。本当にありがたいことですし、その人たちのためにももっと腕を振らなきゃいけないと思っています。
――いろんな感情があった中、もう一度、野球を懸命にやろうと思えたのはいつ頃ですか。
安樂 3月1日にこっちに来たときは「メキシコかぁ......治安、悪そうだな」という気持ちは正直ありました。でも、本当にいいチームメイトに出会うことができました。
メキシコでも騒動について報道されましたけど、正直「こういうことだよ」って話せました。トレバー(・バウアー)にも話をしましたが、後ろ向きだった気持ちを救ってくれたというか、彼の存在はありがたかったですね。
――2日前にバウアー投手に話を聞いたら、「人間誰しも失敗をする。もう一回チャンスを与えられる社会であってほしい」と話していました。
安樂 彼は「わがまま」と言われることもあるけど、野球に真摯ですし、野球人として見習う部分は本当にいっぱいあります。彼に何があったのか知らないですけど、今、頑張っていることは知っているので。トレバーにはもう一度、メジャーでやってもらいたいです。
――メキシコで今シーズンが終了した後、どうしたいかという希望はありますか。
安樂 いや、別に全然決めていません。日本の方が受け入れてくださるのであれば、日本で野球をしたいなという思いはあります。やっぱり野球ができることが、僕にとってはすべてなので。あれをしたい、これをしたいとかは別にないですね。
――オファーがもらえてこそ、野球選手は仕事があると?
安樂 今回、野球をやれる環境があるからこそ、プレーできるとあらためて感じました。どこからも「いらない」と言われれば、野球を仕事にできないので......。
――今回の移籍でプロとしての厳しさをあらためて知ったと?
安樂 そうですね。ただ野球ができるだけじゃなく、今年のことを人生の中で無駄にしたくない。あの経験があったからこそ今があると。
そうじゃないとメキシコまで来られてないですし、国を越えて野球をすることも、もしかしたら僕の人生でなかったかもしれない。今回の移籍を通じて、人間的にも野球人としても成長したいと思っています。
――メキシコに来る前、プロ野球選手のキャリアはどう設計していたのですか。
安樂 楽天では過去3年連続50試合投げられていたので、4、5年と続けていきたかったです。背番号20を背負っているのは、プロという舞台で20年やりたいというのが目標のひとつだったので。
もちろん、それがまだ途絶えてないと、僕自身は思っていますけど......。別に、日本のプロ野球だけで、とは思ってないので。やっぱり20年現役でやりたいですし、その中でトップレベルの環境でやりたいと思っているので。そこが目標ですかね。
――メキシカンリーグで好投すればメジャーに挑戦する機会も得られるかもしれません。ディアブロスでチームメイトだったダニエル・ミサキ投手(元巨人)は今年4月、シカゴ・カブスと契約しました。
安樂 ミサキも行きましたし、ディアブロスから毎年シーズン中に3人くらいアメリカに行ったりするらしいです。
――半面、活躍できなければシーズン途中の解雇もメキシコでは日常茶飯事です。
安樂 仲の良かった選手がリリースされていくのを見て、やっぱり厳しい環境だなと。
――ディアブロスでは勝ちパターンの8回を任されてチームも首位を独走していますね。最後に、読者に伝えたいことはありますか。
安樂 こんな僕に対して温かい声援をくださる方が本当に多いので、そういう方たちのために頑張りたいと思います。もちろん僕がやったことを許せない方もいるでしょう。
真実を知らない方もたくさんいらっしゃると思いますけど、僕は野球でファンの方にここまで育ててもらったんで、やっぱり野球で恩返しするしかない。それがすべてかなと思いますね。
●安樂智大(あんらく・ともひろ)
1996年11月4日生まれ、愛媛県出身。済美高(愛媛県)から2014年ドラフト1位で楽天に入団。21年から3年連続50試合に登板するなど、貴重な中継ぎとしてチームに貢献していたが、昨年オフにパワハラ疑惑が浮上。その後、自由契約となり楽天を退団。今季からメキシカンリーグでプレー
2005年から英国で4年間、当時セルティックの中村俊輔を密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『山本由伸 常識を変える投球術』。『中南米野球はなぜ強いのか』で第28回ミズノスポーツライター賞の優秀賞。内海哲也『プライド 史上4人目、連続最多勝左腕のマウンド人生』では構成を担当。