辻盛英一監督(大阪・大阪学院大高) カリスマ経営者の顔も持つ辻盛氏は、2010年から22年まで大阪市立大の監督を務め、23年3月に大阪学院大高の監督に就任。目標は「大阪一」ではなく「日本一」 辻盛英一監督(大阪・大阪学院大高) カリスマ経営者の顔も持つ辻盛氏は、2010年から22年まで大阪市立大の監督を務め、23年3月に大阪学院大高の監督に就任。目標は「大阪一」ではなく「日本一」

今年はどんなドラマが生まれるのか!? 6月22日、北北海道、南北海道、沖縄の3大会から始まった夏の高校野球地方予選。大阪桐蔭、履正社の「ビッグ2」を撃破した春の大阪王者や、あの熱血監督が指導する異色の全寮制公立など、甲子園を目指して下克上に挑む各地の注目校を紹介する!

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■ドラマ性抜群の両雄。大院大高&昴学園

今夏、高校野球界の勢力図を塗り替える可能性を秘めたチームがあるのをご存じだろうか。夏の地方大会もついに開幕したが、すでに萌芽の時を迎えつつある魅惑の高校を紹介しよう。

全国の高校野球ファンから熱い視線を注がれているのは、大阪学院大高(大阪)だ。大阪といえば大阪桐蔭と履正社による「2強時代」が長く続いている。だが、今春の大阪大会で大阪学院大高は2強を撃破し、初優勝を飾った。

今坂幸暉(大阪・大阪学院大高) 中学時代は福岡の苅田ボーイズでプレーしたプロ注目の遊撃手。投げても球速は140キロを超え、今夏は大阪学院大高の秘密兵器としてマウンドに上がるかもしれない 今坂幸暉(大阪・大阪学院大高) 中学時代は福岡の苅田ボーイズでプレーしたプロ注目の遊撃手。投げても球速は140キロを超え、今夏は大阪学院大高の秘密兵器としてマウンドに上がるかもしれない

原動力になったのは、チームの主将であり、今秋のドラフト候補にも挙がる今坂幸暉だ。右投げ左打ちの遊撃手である今坂は運動能力が抜群で、躍動感のある走攻守は目を惹く。ほかにも強肩強打の捕手・志水那優らタレントがそろい、春の大阪王者になった実力は決してフロックではない。

そして、チームを率いる指揮官は実にユニークだ。辻盛英一監督は大手保険会社勤務時代に13年連続で売り上げナンバーワンを記録した伝説の営業マン。現在は保険代理店を経営して安定した業績を上げつつ、営業マン向けのセミナーも実施している。一流ビジネスマンとしての顔を持ちながら、高校野球監督を務める変わり種なのだ。

辻盛監督はチームが低迷していた昨春に監督に就任すると、わずか1年でチームを春の大阪制覇へと導いている。野球部員の髪型は自由。スタッフは外部コーチを含めると10人近くになるが、グラウンドに怒号が響くことはない。選手との対話を重視しており、選手はおしなべてコミュニケーション能力が高い。

チームとしての目標は大阪桐蔭や履正社に勝つことではなく、あくまでも「日本一」。今春の近畿大会では初戦で敗れたが、有望な1年生を「1番・三塁」で起用するなど、新戦力の台頭も見られた。

また、辻盛監督が「この夏に140キロ台後半も投げられるのでは」とひそかに期待する「投手・今坂」というオプションが発動するかもしれない。大阪学院大高の快進撃が夏も続けば、高校野球界全体を揺るがす激震になるはずだ。

東 拓司監督(三重・昴学園) 前任の白山で奇跡の甲子園出場を果たした東 拓司監督(左)。かつてライバル校の監督だった冨山悦敬コーチ(右)とタッグを組み、再び下克上を目指す 東 拓司監督(三重・昴学園) 前任の白山で奇跡の甲子園出場を果たした東 拓司監督(左)。かつてライバル校の監督だった冨山悦敬コーチ(右)とタッグを組み、再び下克上を目指す

三重でも新興勢力がステップを踏んでいる。今春の三重大会で創部初の3位に食い込んだ昴学園である。私立高校のような学校名だが、全国でも珍しい全寮制の公立高校。2007年から16年連続で三重大会初戦敗退(独自大会を含む)という弱小校で、0-29(5回コールド)で敗れた年もある。

そんなチームを躍進させたのが、東 拓司監督だ。前任校の白山では10年連続三重大会初戦敗退、学業面でもコンプレックスを抱く生徒を根気強く指導し、18年夏の甲子園出場に導いた。その奇跡的な快進撃は書籍化され、TBSの日曜劇場『下剋上球児』の原案として採用された。

その「下剋上球児・第二章」が着実に進行している。東監督が昨春に昴学園へと異動すると、同年夏には17年ぶりに三重大会勝利を経験。今春は3回戦で名門・三重を相手に10-3でコールド勝ちを収め、3位決定戦ではセンバツ甲子園帰りの宇治山田商を7-4で撃破した。

昴学園の校舎がある多気郡大台町は町全域がユネスコエコパークに登録されており、日本三大峡谷に数えられる大杉谷や清流日本一に選ばれた宮川など自然豊かな環境だ。

県外から越境入学してくる生徒も多いが、地域には後援組織「昴学園野球部を応援する会」が立ち上がるなど、町を挙げて野球部を応援するムードが醸成されている。

東監督と指導タッグを組むのは、ベテラン指導者の冨山悦敬コーチ。18年の夏の三重大会決勝を戦った松阪商の元監督である。監督として初の甲子園出場を阻まれた東監督とコンビを組み、再び下克上を狙っている。そのドラマ性も白眉だろう。

■プロ注目の好素材が聖地へと導けるか?

今夏は有望選手を擁して甲子園を狙うチームも目立つ。

帝京長岡(新潟)は甲子園出場経験こそないものの、22年夏の新潟大会で準優勝になるなどあと一歩の位置にいる。

芝草宇宙監督(新潟・帝京長岡) 帝京のエースとして87年夏の甲子園でノーヒットノーランを達成し、日本ハムなどでもプレーした元プロの監督。今年こそ悲願達成なるか 芝草宇宙監督(新潟・帝京長岡) 帝京のエースとして87年夏の甲子園でノーヒットノーランを達成し、日本ハムなどでもプレーした元プロの監督。今年こそ悲願達成なるか

春の新潟大会は連覇しており、今春は北信越大会でも優勝した。プロ野球で通算46勝と活躍した芝草宇宙監督が率いて5年目の今年は、最大のチャンスだ。

大黒柱は身長187㎝の大型右腕・茨木佑太。2歳上の兄・秀俊は2年前の準優勝エースであり、現在は阪神でプレーしている。芝草監督の指導を受けるため、兄弟そろって北海道から新潟へと渡っている。

茨木はスリークオーターから最速144キロの快速球と、スライダーなどの変化球も器用に操って奪三振を量産できる。今春にかけて順調な成長曲線を描いており、プロのスカウトからもスケール感を高く評価されている。

兄弟そろってのプロ入り、そして同校初の甲子園出場の夢は目前に迫っている。

小船 翼(静岡・知徳) 身長198㎝、体重110㎏の巨漢右腕。今年春の静岡大会で県内歴代最速タイとなる152キロをマークし、同校初の甲子園へ期待がかかる 小船 翼(静岡・知徳) 身長198㎝、体重110㎏の巨漢右腕。今年春の静岡大会で県内歴代最速タイとなる152キロをマークし、同校初の甲子園へ期待がかかる

同じく甲子園未出場の知徳(静岡)には、身長198㎝、体重110㎏という超大型右腕の小船 翼がいる。

中学までは神奈川県海老名市で生まれ育ち、海老名リトルシニア時代は「4番手投手で試合ではほとんど投げていません」という隠れた存在だった。だが、兄と同じく静岡の知徳に進学すると球速が20キロ以上もアップ。今春には自己最速の152キロを計測して、鋭いスライダーでゲームをまとめる能力も披露した。

春に一時期コンディション不良を訴えて休養した時期もあったが、夏に向けて順調に回復。その動向にプロのスカウトも注視している。

森井翔太郎(西東京・桐朋) 都内屈指の進学校でありながら、投げては最速152キロ、打っては高校通算39本塁打の二刀流。高校卒業後の進路については、「プロかアメリカの大学受験も選択肢」と語る 森井翔太郎(西東京・桐朋) 都内屈指の進学校でありながら、投げては最速152キロ、打っては高校通算39本塁打の二刀流。高校卒業後の進路については、「プロかアメリカの大学受験も選択肢」と語る

首都圏で異彩を放つのは桐朋(西東京)だ。同校は偏差値70を超え、東京大への合格者も輩出する進学校。そんな桐朋から高卒プロ志望の好素材・森井翔太郎が出現し、騒然となっている。

投げては最速152キロ、打っては高校通算39本塁打(5月30日時点)をマークする投打二刀流。身長183㎝、体重86㎏の恵まれた肉体ながら、「自分の中での感覚を一番大切にしたい」という理由からウエイトトレーニングをした経験は皆無だという。

桐朋中学在学時代にコロナ禍を経験し、巣ごもり期にトレーニングをする中で自分の人生を見つめ直し、「プロ野球選手になりたい」という思いを強くしたという。現在は夏の大会に集中しているものの、進路はプロ志望届の提出やアメリカの大学進学を視野に入れている。

桐朋は昨夏と昨秋に甲子園常連校の東海大菅生に敗れており、今夏はリベンジに燃えている。学業優先の方針のため放課後の練習は週休2日制という進学校が、西東京の台風の目になれるか。

■群雄割拠の地区から甲子園を狙う新鋭

激戦区の埼玉から甲子園初出場を狙っているのは、昌平だ。近年は関東大会の常連になっており、今春は埼玉大会準優勝、関東大会ベスト8に進出した。夏の埼玉大会は21年に浦和学院に4-10で敗れて準優勝、23年には花咲徳栄に6-7と惜敗してベスト4。埼玉を代表する両雄にも肉薄している。

山根大翔(埼玉・昌平) 春の関東大会の武相戦で1試合2本塁打を放ち、神奈川王者にコールド勝ち。山根のほかにも好素材の選手が多く、甲子園初出場なるか注目だ 山根大翔(埼玉・昌平) 春の関東大会の武相戦で1試合2本塁打を放ち、神奈川王者にコールド勝ち。山根のほかにも好素材の選手が多く、甲子園初出場なるか注目だ

チームを強化した黒坂洋介氏(現・福井工業大コーチ)が昨秋限りで退任したものの、現チームもタレントがそろっている。

今春の関東大会では、強肩強打の外野手・山根大翔が2本塁打、2年生ながら天性の飛距離の持ち主である櫻井ユウヤが1本塁打をマーク。春の神奈川王者である武相を相手に8-0(7回コールド)と圧倒してみせた。左腕の石井晴翔、古賀直己ら投手陣も整備されており、勢いに乗れれば悲願の甲子園初出場も見えてくる。

兵庫は伝統的に好投手がひしめき、今年も今朝丸裕喜(報徳学園)、津嘉山憲志郎(神戸国際大付)、村上泰斗(神戸弘陵)といった好右腕が覇権を争う。そんな中、昨秋と今春で兵庫大会準優勝と安定した戦いぶりを見せてきたのが須磨翔風だ。

同校は今季プロ野球で大活躍中の才木浩人(阪神)の母校であり、春夏通じて初の甲子園を目指す神戸市立高校。09年に須磨と神戸西が再編・統合して開校されている。

エース右腕の槙野遥斗は身長183㎝、体重85㎏とムッチリとした体つきで、ワインドアップからダイナミックなアクションでボールを投げつける。だが、本格派に見えて最大の魅力はスライダーのキレと制球力。高校生とは思えない粘り強いメンタリティで、長いイニングを抑え込む。

今春の近畿大会では、前出の大阪学院大高と対戦して3安打1失点の完投勝利をマーク。今坂目当てで球場を訪れたプロのスカウトをうならせる快投を見せた。

ゲームメーク能力にかけては高校屈指といえる実力者だけに、一発勝負のトーナメント戦は持ち味を出すのにうってつけの舞台。槙野の奮闘次第で、投手王国を制する可能性は十分にあるだろう。

広島は名門・広陵が今春に史上初の3連覇を果たすなど、黄金時代が続いている。そんな中、公立校ながら春の広島大会で準優勝と躍進したのが海田だ。同校OBであり、宮原、広といった公立校を強化してきた平﨑直樹監督が指揮を執って4年目。今春の中国大会では島根王者の益田東に5-4と粘り勝ちした。

松本遼太(広島・海田) 毎年、複数の部員が国立大に進学するなど文武両道を掲げる県立校に出現した最速145キロ右腕。今年春の広島大会ではチームを準優勝に導く快投を披露した 松本遼太(広島・海田) 毎年、複数の部員が国立大に進学するなど文武両道を掲げる県立校に出現した最速145キロ右腕。今年春の広島大会ではチームを準優勝に導く快投を披露した

エース右腕の松本遼太は最速145キロを計測し、プロのスカウトもひそかに注目する好素材。今春の広島大会決勝では広陵に2-8で敗れたものの、夏の大会は何が起きるかわからない。

22年夏の広島大会3回戦では、広陵が無名校の英数学館に1-2で敗れる波乱もあった。海田も絶対王者から金星を奪えるか、その戦いぶりに注目が集まる。

九州屈指の激戦区といえば福岡だが、今春は公立進学校の春日が県王者に輝いた。

ベテラン指揮官の八塚昌章監督は「準備野球」を標榜して、文武両道を実践。今春は福岡工大城東、自由ケ丘、九州国際大付、大牟田と強豪私学を次々に撃破して頂点に上り詰めている。

22年夏にはプロのスカウトも熱視線を送ったエース左腕の飯田泰成(現・関西学院大)を擁して、福岡大会5回戦に進出。ところが、部内で新型コロナ感染拡大が起きて出場辞退。あえなく不戦敗で夏の大会を終える悲劇もあった。

OBたちの思いを胸に、公立進学校が初の甲子園切符を手に入れられるのか。ハイレベルな福岡の地で、大いなる挑戦が始まろうとしている。

夏の地方大会は6月22日に北北海道、南北海道、沖縄の3地区を皮切りに始まっている。順調に日程を消化すれば7月29日までに全49地区の優勝校が決まり、8月7日から甲子園球場で全国高校野球選手権大会が開幕する。

今回紹介した9校は下克上を果たせるのか。それとも、プライドを背負う名門が意地を見せるのか。熱い戦いが始まろうとしている。