オグマナオトおぐま・なおと
1977年生まれ。福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。テレビ・ラジオのスポーツ番組で構成作家を務める。2022年5月『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を発売。
もはや3割打者は絶滅危惧種なのか――。史上まれに見る「超投高打低」の要因とは? 野球評論家、お股ニキ氏がさまざまな観点から分析する。
※記録はすべて交流戦終了時点のものです。
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リーグ戦が再開したプロ野球。交流戦を経て、改めて際立つのは今季の「投高打低」ぶりだ。交流戦終了時で打率3割超えは、近藤健介(ソフトバンク)、田宮裕涼(日本ハム)、ドミンゴ・サンタナ(ヤクルト)の3人だけ。シーズン半ばとはいえ、歴代最少だった昨季の5人を下回っている。
一方、防御率1点台以下の投手は両リーグ合わせて7人もいる。この異常事態をどう見ればいいのか?
「極端な投高打低は何かひとつだけの問題ではありません。飛ばないボール、投手のレベルアップ、外に広すぎるストライクゾーンなど、さまざまな問題が絡み合っています」
こう語るのは本誌おなじみの野球評論家、お股ニキ氏。その複合的な要因を個々に深掘りしていこう。まずは多方面で叫ばれている飛ばないボール問題について。
「私の感覚では2021年からボールが飛ばなくなってきた。その状況が数年続き、今季は開幕前からその傾向がより顕著で深刻に。村上宗隆(ヤクルト)が『打球速度と飛距離が比例していない』とコメントするなど、現場から声が上がるほど変化は明確です。
一方、中日の立浪和義監督は飛ばないボールを逆手に取り、守備的な戦略で開幕ダッシュにつなげました」
ボールが飛ばなければ飛距離が伸びず、本塁打が減るのは当然だが、3割打者も減っているのはなぜか?
「例えば、以前なら観客席まで飛んでいたファウルボールがスタンドに入らず、野手がファウルゾーンで捕球できてしまう。
さらに、外野の頭を越える打球が少なくなれば、外野はどんどん前進守備になってヒットゾーンも狭くなる。打球速度も遅くなるため、野手が打球に追いつく場面も増える。球界全体で打率が下がるのも当然です」
では、近藤、田宮、サンタナの打率3割トリオの共通点はなんなのか?
「近年、長打やホームラン増を目指した〝縦振り〟に注目が集まっていますが、打率を残せる選手はほとんどがバットを横に寝かせ気味にしてから打つ〝横振り〟です。
近藤、田宮、サンタナ以外でも、細川成也(中日)や丸佳浩(巨人)ら、好調な選手は同じタイプ。村上が三冠王を獲得したシーズンは今よりも横振りでしたし、今季の大谷翔平(ドジャース)が打率を残せているのも、昨季より横振りだからです」
「日本の投手の傾向的にも横振りのほうが適している」とお股ニキ氏は語る。
「日本人投手はストレートの縦変化、いわゆるホップ成分が多く、その縦変化に縦振りで合わせるのは至難の業です。『フライボール革命』という言葉に惑わされがちですが、大事なのはライナーを打つこと。
楽天打線が交流戦で好調だった要因のひとつも、小郷裕哉、鈴木大地、辰己涼介らが最短距離でボールを叩くように打つスタイルを徹底できたからだと思います」
続いて、3割打者減と反比例するように増えた防御率1点台以下の投手を考察したい。昨季の防御率1点台は村上頌樹(阪神)と東 克樹(DeNA)、そして山本由伸(前オリックス、現ドジャース)の3人だけ。
一昨年は山本と千賀滉大(前ソフトバンク、現メッツ)のMLB級ふたりだけであり、シーズン途中といえども7人は多すぎる。
「山本のように、ボールが飛んでも飛ばなくても防御率1点台の投手はいます。ただ、今季ここまで1点台が多いと、ボールの影響が大きいと言わざるをえません」
お股ニキ氏が「ボールが変わった」とする2021年以前と比較すると、防御率以外にも変化がある。
2020年は規定投球回に達した投手が両リーグで14人だったのに対し、昨季は21人、今季は現段階で22人と増えている。より多くの投手が長いイニングを投げられるようになっているのだ。このような投手優位の状況は、戦術面にも影響を及ぼしている。
「打線の援護を期待できないので、配球面で1回のミスを取り返しにくい。野球は本来、点を取り合うスポーツですが、今のプロ野球は『いかに点を与えないか』というゲームになってしまっています」
実際、チーム防御率にも異変が表れている。多くの球団が3点台で推移し、広島、阪神、巨人、ソフトバンクの4球団に至っては2点台前半という驚異的な数字だ。
「チーム防御率2点台前半は、近年では圧倒的に強かった2011年のソフトバンク、2012年の巨人くらい。現時点で4球団も2点台前半というのはやはり異常です。
また、柳田悠岐が離脱しても、ソフトバンクが2勝1敗ペースを保てている理由もここにあります。リバン・モイネロ、有原航平ら先発陣が充実し、リリーフ陣も盤石なので、どれだけ悪くても3点以内に抑えることが多い。柳田不在でも今のソフトバンク打線なら3点くらいは取れるので、勝率は依然高いままです」
また、極端な投高打低は投手の大記録の見え方も変えてしまう、と危惧する。
「ノーヒットノーランは、少し前までめったに見られない大記録でした。でも、2022年は佐々木朗希(ロッテ)の完全試合を含めて5人が達成。昨季はふたりが達成し、今季もすでにふたりが達成しています。記録の価値や重みをゆがめてしまわないか心配です」
さらに、投高打低のほかの要因として、「ストライクゾーンが外に広くなっている」とお股ニキ氏は指摘する。
「外のゾーンが明らかに広くなり、巨人の岡本和真や坂本勇人らが判定に不満を示す場面も。ボールが飛ばず、逆方向への本塁打が減り、『取りあえず外にさえ投げておけば長打はない』という安直な投球も増えてしまう。
以前は安易に外に投げれば逆方向に一発を打たれる怖さもあったので、バッテリーが知恵を絞ったり、打者の裏をかいたりする駆け引きがあったのですが......」
この点は、近年ストライクゾーンが狭まったMLBと真逆。まさに〝ガラパゴス化〟だ。
「かつてMLBのストライクゾーンは、外に広いことでおなじみでした。変わったのは2007年頃からトラッキングデータが収集され、テレビ中継でストライクゾーンを可視化したこと。審判もそのゾーンどおりの判定だったかどうかが評価基準になり、ある意味でルールどおりのストライクゾーンになりました」
審判の若返りも進み、判定が厳格化されているというMLBに対して、「日本は審判員ごとのブレも大きい」とお股ニキ氏は指摘する。
「感情的にジャッジする審判はまだいますし、打者の見送り方によっても判定が変わります。プロとしてそれはいかがなものか、と思います」
結果的にストライクゾーンはどんどん外に広がってしまい、さらに飛ばないボールの恩恵も受けるため、日本のプロ野球は投手有利の状況が続いている。
「少しでもボールを飛ばそうと反動をつけてスイングすると、バッティングのバランスが崩れてしまう。さらに、外のボールに無理に手を出すと、ますます崩れてしまう。大山悠輔(阪神)のように、スランプから抜け出すのに時間がかかる打者が増えています」
また、ストライクゾーンの外への広がりは、活躍する助っ人外国人野手が減少している問題にもつながってくる。
「今季、MLBで実績のある巨漢の長距離砲タイプが何人も来日しましたが、ほとんどが活躍できていません。一方、交流戦でデビューしてすぐに順応したエリエ・ヘルナンデス(巨人)はリーチが長く、外のボールに対応できる技術もある。
規定打席未満ながら打率3割を維持するオルランド・カリステ(中日)も同タイプで、連れてきたスカウトマンが優秀です」
ちなみに、活躍する助っ人外国人野手が減った要因は、外に広がるストライクゾーン以外にも複数ある。
「ひとつは円安。MLB最低年俸が74万ドルまで上がった今、1億円近く出しても、ドル換算すると最低年俸以下になる可能性も。さらに、ボールが飛ばず、ストライクゾーンも広く、投手レベルの高い日本でプレーすれば打撃がおかしくなるリスクすらあります」
ほかにも、MLB各球団の編成が合理化され、取りこぼす選手が減ってきたことも要因のひとつだという。
「『3割&50本塁打を打つ外国人を呼んでこい』と嘆くファンは多いでしょうが、婚活やマッチングアプリで高望みしているのと一緒で、そもそもいい選手が市場に出回っていません。大事なのは、いかに日本向きの選手を見つけるか。サンタナやホセ・オスナを見極めて契約を結んだヤクルトの眼力が光ります」
また、横浜や中日で活躍したタイロン・ウッズのように、以前は韓国プロ野球を経由して日本でも本塁打を量産する打者がいたが、近年はそのルートでの成功例も稀有だ。
「阪神でプレーしたメル・ロハス・ジュニアも『韓国で本塁打と打点の2冠』という触れ込みでしたが、日本では適応できませんでした。それほど日本の投手が優秀、という証明でもあると思います」
この投高打低の先、そしてガラパゴス化する日本球界にはどんな未来が待っているのか。お股ニキ氏が懸念するのは韓国野球がたどった足跡だ。
「今年、低反発バットを導入した高校野球でも投高打低が話題になりましたが、韓国では20年ほど前に高校野球での金属バットの使用を禁止し、木製バットの使用に切り替えました。その結果、何が起きたかといえば、野手が育たなくなりました」
例えば、韓国代表の元主砲で、オリックスとソフトバンクで活躍し、MLBでもプレーした李大浩のような長距離砲が減ってしまったという。
「体格のいい長距離砲が多いというのが韓国野球の強みだったのに、最近は細身の選手ばかり。昨年のWBCでも1次ラウンド敗退と厳しい状況ですが、実はこの流れ、日本も経験しています。
2011年と2012年に統一球問題で極端な投高打低に陥った後、2013年と2017年のWBCでは低迷。野手が育たないと、その後に投手も弱体化してしまうのです」
選手がスケールダウンし、野球の魅力が損なわれることをお股ニキ氏は懸念する。
「これだけ打てないと、大逆転劇も生まれにくい。本来、一発逆転もありうる3点差は僅差でした。セーブ投手の条件のひとつが『3点差以内での登板』なのも、一発逆転がありうる緊迫した状況だから。
しかし、今年の野球ではとても僅差とはいえず、6回時点で3点もリードされたら逆転は厳しいため、序盤でいかに点を取るか、失点を防ぐかが重要になります。
一発逆転があり、時間制限がないのが野球の面白いところなのに、緊迫感のないスポーツになってしまった。失点が許されず、違う意味で緊張感と閉塞感のある別競技になってしまっています」
1977年生まれ。福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。テレビ・ラジオのスポーツ番組で構成作家を務める。2022年5月『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を発売。