■世界を知る指揮官とエース石川の功績
メダル候補、それどころか金メダルだって夢じゃない。パリ五輪に挑むバレーボール男子日本代表への期待は高まるばかり。選手たちからも、「目標は金」という頼もしい言葉が聞かれる。
五輪でバレーボール競技が初採用されたのは1964年の東京五輪。同大会で銅メダルを獲得した男子日本代表は、68年のメキシコシティ五輪で銀メダル、72年ミュンヘン五輪でついに金メダルを手にする。「東洋の魔女」と呼ばれた女子と共に、バレーボールは日本の"お家芸"となった。
だが、それ以降は低迷していき、五輪の表彰台どころか出場権獲得すらかなわぬ時期が続くことになる。海外勢の選手の大型化や戦術の進化、ルールの変更など要因はさまざま。それでも選手たちは「世界一」「国際大会でのメダル獲得」を目標に掲げてきたが、現実は厳しかった。
それが今や、日本は世界の男子バレーボールシーンの中心にいる。自国のファンのみならず、世界中から称賛の声が集まり、諸外国のチームから「対戦したい」と熱望されるほどだ。
海外の選手に比べて高さやパワーで不利なのは変わらないが、これほど強くなった理由は"世界を知る"指揮官とリーダーの存在が大きい。
2016年のリオデジャネイロ五輪への出場を逃した日本は、現役時代に日本を代表するエースアタッカーだった中垣内(なかがいち)祐一氏を監督に、コーチに現監督のフィリップ・ブラン氏を招聘(しょうへい)した。
フランス出身のブラン氏は、母国代表を率いて02年の世界選手権で銅メダルを獲得。その後、ポーランド代表でアシスタントコーチを務めた14年には世界選手権を制した。
22年から日本の監督に昇格すると、従来の高い守備力をベースに、サーブとブロックの強化、有望若手選手の抜擢(ばってき)など手腕を発揮。チームの成長曲線はさらに上昇カーブを描くことになる。
それに合わせるように進化したのが、エース石川祐希だ。
高校時代に2年連続全国三冠を成し遂げ、「日本バレーボール界の至宝」と呼ばれるようになった石川は、中央大時代にイタリア・セリエAに留学。それを機に「世界のトッププレーヤーになる」という思いを強くし、大学卒業後は、プロ選手としてまたもイタリアへ。「世界最高峰リーグ」と称される舞台でレベルアップを遂げていく。
14年に日本代表に初登録されて以降は、非凡な才能を見せながらも、国際大会ではケガに悩むこともあった。しかし世界のレベルの高さを知る石川は、パフォーマンスの向上はもちろん、心身共にタフになることを自らに課し続けた。
21年からは代表キャプテンに就任。同年に開催国枠で参加した東京五輪では、バルセロナ五輪以来29年ぶりとなる決勝トーナメント進出へとチームを導いた。
その後も日本の躍進は止まらず、昨年のネーションズリーグでは日本史上初の銅メダルを獲得。パリ五輪出場を決め、今年の同大会では準優勝。石川は2大会連続でベストアウトサイドヒッターに選出された。
■弱点がない攻撃陣、組織的な守備も武器
パリ五輪前のFIVB(国際バレーボール連盟)の世界ランキングで、日本は過去最高の2位(7月18日時点)。ブラン監督の手腕や石川の存在も大きいが、今のチームにはほかにも世界トップレベルの選手たちがそろっている。
石川と共にエースアタッカーとしてスタメンを張る髙橋藍(らん)は、前回の東京五輪の年に頭角を現したシンデレラボーイで、安定感抜群のレシーブ力が持ち味。今年3月に日体大を卒業したばかりだが、石川に続くように在学中からセリエAに挑戦し、2023-24シーズンには所属チームのモンツァのリーグ準優勝に大きく貢献。自身はベストレシーバー賞に輝いた。
もちろん攻撃のスキルも高い。イタリアで磨いてきた通常のスパイクはもちろんだが、バックアタックの動作に入りながら空中で味方にトスを上げる"フェイクセット"や、ネットに背中を向けて打つ"変人アタック"など、相手の虚を突き、かつ魅せるプレーで会場を沸かせる。
そのふたりと並んでチームの得点源を担うのが、オポジットの西田有志(ゆうじ)だ。オポジットはサーブレシーブを免除されることが多い攻撃に特化したポジションで、各国とも2m超のアタッカーを起用することが多い。それに比べて、西田は身長186㎝と小柄。ただ、最高到達点が350㎝に達する跳躍力と、相手を吹き飛ばすパワーで得点を量産する。
時速120キロを超える弾丸サーブも世界トップレベルで、ゲームだけでなく、会場の空気をも支配してしまうパフォーマンスは圧巻だ。
そして、彼らの攻撃力を最大限に引き出すのが、どこからでも正確無比なトスを上げるセッター、関田誠大(まさひろ)。身長は175㎝でディフェンス時のブロックではどうしても狙われるものの、その分、レシーブで高い貢献度を示す。コート上を駆け回り、ハードワークもいとわない"日本の心臓"といえる存在だ。
関田のトスワークの特徴は、センターエリアからの攻撃を積極的に絡めること。バックアタックに加えて、ミドルブロッカーたちのクイックを織り交ぜることで相手に的を絞らせず、高いアタック決定率を演出する。
そのミドルブロッカー陣は、長らく「日本の弱点」といわれてきたが、それも今は昔。現在の日本代表で名前を連ねる小野寺太志(たいし)、山内晶大(あきひろ)、髙橋健太郎は、攻守それぞれ特長は違えど、個人の能力でも海外勢に引けをとらない。
3人は総じて身長2mを超えるが、それでも世界の名アタッカーたちはブロックをぶち抜いてくる。しかし、日本の強みはその場面でこそ光る。どの位置でブロックに跳び、その間を抜けたボールをレシーブに入る選手たちがいかに拾うか。チーム内で連係と意思疎通を図り、精度を高めることで相手に決定機を与えない。
その守備の中心となるのがリベロの山本智大(ともひろ)で、的確なポジショニングと反応の速さは抜群。今年のネーションズリーグではベストリベロ賞に輝き、世界で指折りの守護神になった。
今の日本は"ボールが落ちない、落とさない"がプレースタイル。石川も「結局は高さとパワーがモノをいうときもありますが、それ以上にディフェンス力やうまさのあるチームが結果を出しています。世界と比べても、その点、僕たちのほうがボールを上げる回数は多い」と自信を語る。その戦いぶりは、世界中の選手、チームのお手本となっている。
■国内、海外でも爆発的な人気!!
日本の実力面はここまで紹介したとおりだが、チームの強さが増すと同時に人気もうなぎ上り。甘いマスクの石川や髙橋(藍)を中心に、特に女性ファンから爆発的な人気を得ている。
パリ五輪予選があった昨年からメディアへの露出も増え、選手たちを扱った書籍やカレンダーなどが多数発売されている。さらにスポーツ誌のみならず、ファッション誌の表紙も飾って特集が組まれることも。ユニフォーム姿とは異なる、おしゃれなコーデで着飾ってファンの心をわしづかみにした。
その熱狂ぶりは、自国開催の五輪予選でパリ五輪出場を決めたこと、今年のネーションズリーグでますますヒートアップした感がある。
福岡で行なわれたネーションズリーグの第2週は、日本戦が実施された4日間のチケットが即完売。最寄りの駅から会場近辺、アリーナ内の客席まで男子日本代表の赤い応援Tシャツを着たファンでごった返した。
また、試合後に選手たちと直接触れ合えるエリア「ファンゾーン」が設けられ、選手たち見たさに大勢のファンが殺到。主力選手だけでなく、弱冠20歳の"愛されキャラ"甲斐優斗(かい・まさと)らも含め、全選手に対して黄色い声援が注がれていた。
さらに同大会の第3週の舞台になったフィリピンでも日本は大人気。チケットは販売総数の85%以上の売り上げを記録し、現地でも話題になった。会場に詰めかけたファンの中には、日本選手のユニフォームやグッズを手にする人も。
そんな海外での人気も相まって、髙橋(藍)のインスタグラムのフォロワー数は225万人を超える。これはバレーボール選手としては異例の数字だ。
現時点で、実力も人気も最強の男子日本代表が、パリ五輪でメダル、金メダルをつかみ取ったら、いったいどうなってしまうのか。そこには、想像を超えた世界が広がっているに違いない。