パリ五輪が連日の盛り上がりを見せている。前回の東京五輪で58個のメダルを獲得した日本チームには記録更新も期待されるが、開幕式で日本選手団の旗手を務めた半井重幸(SHIGEKIX/22歳)らが出場する新種目「ブレイキン」は、大会の終盤にさらなる勢いをもたらすことになりそうだ。
男子はSHIGEKIXと、多くの国際大会を優勝している大能寛飛(HIRO10/19歳)が出場。女子は、世界選手権を2度制している湯浅亜実(AMI/25歳)、全日本選手権3連覇の福島あゆみ(AYUMI/41歳)が出場する。
競技が行なわれるのは日本時間の8月10日と11日。激しい選考レースを勝ち抜いた日本チームの実力は世界屈指で、メダル獲得もさることながら、彼らが見せる特徴的なパフォーマンスにも注目度が高まる。
1970年代、アメリカ・ニューヨークのサウスブロンクス地区を発祥とする「ブレイキン」は、アクロバティックな動きを軸とするダンスジャンルのひとつだ。
日本では「ブレイクダンス」という名で、90年代に放送された人気テレビ番組企画『高校生制服対抗ダンス甲子園』などで注目を集め、広く知られるようになった。
パリ五輪では、16人の選手による1対1のバトル形式で試合が行なわれる。流れる音楽はDJの即興。それに乗せて披露されるパフォーマンスを、審査員は「技術(40点満点、以下同)」「表現(30点)」「構成(20点)」「バトル(10点)」の4項目で評価する。
選手の動きは、大きく分けて「トップロック」「フットワーク」「パワームーブ」「フリーズ」の4要素。それらを自身のパフォーマンスにどれだけ入れ込むかという制限はなく、自由に組み合わせた演技が可能になっている。また、進行役を務めるMCがバトルの演出の役割を担う点も、他競技には見られない特徴といえるだろう。
2018年のユースオリンピック(ブエノスアイレス)で初めて競技として実施された後、パリ五輪での採用が決まった。
7月20日に開かれた大会前の記者会見で、SHIGEKIXが「自由度の高い表現や、個性の豊かなところがブレイキンらしさ」と語ったように、元来は文化的な側面や、それぞれの個性を尊重し合う風土が強い。
そのため、客観的な評価で雌雄を決する〝スポーツ競技化〟が決まった当初は、一部から否定的な声も聞かれたという。
五輪での競技ルール制定に携わった公益社団法人日本ダンススポーツ連盟ブレイクダンス部本部長の石川勝之氏(KATSU ONE)は、「『ひとまず形にしなければ......』とルール案を出してみても、あらゆるポイントにさまざまな意見が出て、方向性が決まらない状況が続きました。
でも、最終的には〝カルチャー〟の中で育まれてきた良さをどのように判断していくかに軸足を置き、仲間と話し合いながら作りました」と、文化と競技のはざまで葛藤した日々を振り返る。
スポーツ競技化によって大きく変わった点のひとつが、各国の代表選考に影響を与える国際大会の増加だ。今回の日本代表選手4人も、昨年の世界選手権とアジア大会、そして今年2試合行なわれたオリンピック予選シリーズ(OQS)の結果を基に選出された。だが......。
「かつては『出たいときに試合に出る』ことがスタンダードでしたが、(選手たちは)五輪出場に向けて、毎月のように国際大会に出場しないといけなくなり、連戦の中で安定したパフォーマンスを披露する必要に迫られた。これまでに経験がないことですし、競技化に伴う大きな変化だと思います」(石川氏)
過密な日程で試合が続く中で、実力のある選手も〝競技〟としてのあり方に疑問を感じ、気持ちが落ち込んで潰れかけてしまうといったことが世界各地で見られた。
そのような状況に、石川氏は「やるべきかどうか」を迷ったこともあったが、「ダンスのカルチャーを理解する人間だからこそ、スポーツ競技化を進められるのでは」という思いでスポーツ化を進め、いよいよ五輪でのお披露目となる。
ブレイキンにとって初の五輪は、フランス革命の舞台であり、平等な世界が来ることを願ってつくられたパリのコンコルド広場で開催される。男女各16人の出場選手は、まず4人による総当たり戦を戦い、その上位2人によるノックアウト形式のトーナメント戦が行なわれ、初代五輪王者が決定する流れだ。
紆余曲折あった新競技の頂点へ。大会前の記者会見で、SHIGEKIXが「当日はたくさんの人が応援してくれると思いますが、その中でも僕が一番楽しんでやろうと思っています」と意気込めば、AMIも「全力で楽しむことを大切にしたい。ブレイキンとはこういうものだと見せられたら」と決意を語った。
巧みな動きを組み合わせた選手たちの個性のぶつかり合いが、多くの人々の感動を呼び起こすこととなるだろう。
「採点方法が細かいので、事前にルールを調べてから見たほうがわかりやすいとは思いますが、まずは選手それぞれの特徴を探して楽しんでもらいたい。初めてご覧になる皆さんも、『ピカソとゴッホ、どちらの絵が素晴らしいかを選ぶ』ような感覚で実際の試合や採点に注目していただけたらと思います」(石川氏)
若い世代を呼び込むことを目的に五輪の種目に採用されたブレイキン。〝競技〟としての新たな歴史をどう紡いでいくのか、楽しみだ。