オグマナオトおぐま・なおと
1977年生まれ。福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。テレビ・ラジオのスポーツ番組で構成作家を務める。2022年5月『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を発売。
日本ハム時代からの盟友であり、"師弟"のような関係性の近藤と大谷。シーズンは残り3分の1となり、いよいよ佳境に入りつつあるが、共に「三冠王」を狙える位置につけるふたりの強打者。果たして、日米同時達成なるか!?
※成績は日本時間7月30日時点です。
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勝負の8月。日本のプロ野球もアメリカのMLBも、優勝争いとともに個人タイトル争いが気になる季節だ。特に今季は、打者の偉業である「三冠王」が日米で生まれそうな気配を漂わせている。
MLBではドジャースの大谷翔平がリーグ1位の32本塁打をマーク。昨季、アジア人初の本塁打王に輝いたパワーはリーグが変わっても健在だが、今季は打率も1位の.314、打点も2位の76を記録しており、今世紀になって2012年のミゲル・カブレラ(元タイガースほか)しか達成できていない三冠王が視野に入ってきた。
一方、日本で過去8人しかいない三冠王の偉業に挑むのはソフトバンクの近藤健介だ。打率.323は安定のリーグ1位、13本塁打は1位と5本差の2位タイ、49打点は1位に15差と少し離されているが、それでもリーグ4位。昨季、本塁打と打点の二冠に輝いた実績があるだけに、ここから巻き返す可能性は十分ある。
くしくもこのふたりは日本ハム時代のチームメイト。それどころか、大谷は1学年上の近藤の存在を〝師匠〟と語ったことがある。日本ハム時代の〝師弟〟が後半戦突入のタイミングで三冠王を狙う展開について、「素直に面白い。野球ファンにとってたまりません」と語るのは本誌おなじみの野球評論家、お股ニキ氏だ。
「身長やパワーなどは対極ながら、日本ハム時代の大谷は近藤の打ち方に似ていましたし、影響を強く受けていたはず。WBCでは2番・近藤、3番・大谷の打順で世界一を達成。舞台は違えども、共に破格の超大型契約をした新チームで活躍し、打者として全盛期を迎えています」
今季のプロ野球は〝超投高打低〟で注目を集めているが、MLBも同様に投高打低だと語るお股ニキ氏。打者受難の時代に彼らはなぜ平然と活躍できるのか?
「ふたりとも打ち方や技術、野球脳がもともと優れている上に、アメリカの最先端トレーニング施設であるドライブラインも活用して、的確な進化、成長を遂げています。
近藤は2022年オフのソフトバンク移籍時、『7年推定50億円の契約はさすがにやりすぎでは?』という批判もされましたが、結果的に適正価格だったことを自ら証明してみせました」
共に進化を果たして現在の地位を築いたわけだが、その過程をひもとくと、不思議な類似点が見えてくる。
「大谷はプロ入り当初から規格外のパワーを持っていた。MLBで本塁打王に輝く実績に加え、近年は確実性が増してきました。
一方の近藤はもともとバットに当てる技術、選球眼に優れた選手でしたが、2021年の東京五輪の頃から、体をコンパクトに回転させて打球を飛ばすバッティングにモデルチェンジ。三振はやや増えましたが、飛距離が伸び、昨季は本塁打と打点の二冠に輝きました。
進化の過程は真逆ですが、最近は同じようなスタイルになってきており、残す成績も近づいてきました」
さらに、「近藤はセンターから左中間方向へも長打が増えている」と語るお股ニキ氏。この点も、左中間方向への本塁打が多い大谷と重なり合う。
「近藤は打ち方がいいんです。コースによってバットの軌道を変えることができ、センター方向に向かってバットを放り投げるようなイメージです」
その姿からは、往年の三冠王打者を思い起こすという。
「今の近藤のような打ち方をすると、引っ張った打球はスライスし、流した打球はスライスせずにフックする。落合博満さん(元ロッテほか)や松中信彦さん(元ソフトバンク)の全盛期を彷彿とさせる、究極の打撃技術です。
打球が飛びにくいとされる今季のボールでなければ、いったいどれほどの数字を残していたのか......と思わずにはいられません」
三冠王を目指す上で、大谷と近藤の現状も改めて確認しておこう。
過去に2度も月間MVPに輝いた〝得意の6月〟に今年も爆発なるかと注目を集めた大谷。確かに6月は月間12本塁打と気を吐いたが、お股ニキ氏は「あれは爆発ではなく、まだ本当の絶好調ではない」と分析する。
「高めのボールを克服しようとしすぎて、バットを構える位置がやや高すぎます。ベストはちょうど1年くらい前の打撃フォーム。もう少しグリップ位置を低く寝かせて構えていました。それ以前、特にWBCの頃やシーズン序盤もグリップ位置が高すぎて、スムーズにバットが出にくい状況でした」
確かに、お股ニキ氏は昨年5月下旬に「グリップ位置が高すぎる」と指摘。その言葉が届いたかのように、5月末にグリップ位置を下げた結果、6月と7月に2ヵ月連続で月間MVPを受賞する活躍を見せた。
逆に言えば、ベストの状態でなくとも、打率と本塁打でリーグ1位の位置にいられるのが今季の大谷のすごさでもある。
「これまでのシーズンは二刀流の影響もあり、夏場になると少し息切れしてしまって、打者としての好調の波も途切れていました。その点、打者専念の今季はここから本当の無双モードに入って数字を一気に伸ばす可能性も十分にあります」
日本時間7月28日に放った今季32号について、「打った感覚は今までの中でもトップじゃないかなというぐらい、飛距離というか打感もそうですし、角度も、全部が良かったんじゃないかなと思います」と珍しく自画自賛した大谷。この感覚が維持できれば、三冠王達成もぐっと現実味を帯びてきそうだ。
そんな大谷のライバルは誰になるのか?
首位打者争いで最大のライバルと目されていたのはクリスチャン・イエリチ(ブルワーズ)だったが、日本時間7月25日に腰の炎症で故障者リスト入り。手術を選択すれば今季絶望、と現地では報道されている。
「報道どおりであれば、大谷が首位打者獲得を狙う上では追い風です。残るライバルは、大谷を5厘差で追うイチロータイプのルイス・アラエス(パドレス)、そしてマルセル・オズナ(ブレーブス)に絞られます。さらに、骨折で離脱している同僚のムーキー・ベッツがいつ復帰するか次第でしょう」
中でも最大のライバルになりそうなのがオズナ。短縮シーズンの2020年に本塁打と打点の二冠に輝いた実績を持つ選手だ。
「オズナはマーリンズ時代、イチローとジャンカルロ・スタントン(現ヤンキース)と共に外野陣を構成していた好選手です。現在、打率は大谷と9厘差の3位、本塁打は大谷と1本差の2位、打点は大谷に8差をつけての1位。三冠王を狙う上での最大のライバルといえます」
一方の近藤は、6月に打率.413、7本塁打、23打点で月間MVPを受賞。大谷から〝6月男〟のお株を奪うかのような活躍を見せたが、7月は一転、月間打率1割台、本塁打0本と失速してしまった。
「6月中旬に守備で右手の指を捻挫してしまった影響が大きかったようです。痛みを抱えながらもうまく打てるカタチを見いだして好結果を生んでいましたが、7月に入って指が治ったことで、逆にこれまで良かった感覚がズレてしまったのかもしれません」
まずはいい状態を取り戻すことが三冠王への必須条件だが、近藤の場合はチーム事情も勘案する必要があるという。
「今季の近藤は5番固定でそもそも打席数が少ないです」
振り返れば、二冠王に輝いた昨季は、シーズン序盤は3番、後半は4番に座っていた。今季は3番・栗原陵矢、4番・山川穂高の後ろを打つ5番に固定されている。
「個人的には、出塁率が4割を超える近藤は2番か3番が適任だと思います。ただ、一見、非合理的に感じる5番起用ですが、ここぞでランナーをかえす役割でチームの勝利につながっている面もあるため、簡単な話ではありません」
現在、63打点でリーグ1位のネフタリ・ソト(ロッテ)を15差の4位で追いかける近藤だが、2位には山川(61打点)、3位には栗原(52打点)とチーム内でも争う状況となっている。
打率では1位の近藤と2位の佐藤都志也(ロッテ)は2分以上の差があり、本塁打では1位の山川や2位で並ぶ万波中正(日本ハム)らと競り合うだけに、三冠王を狙う上では、得点圏にランナーを置いたチャンスの場面でどれだけ打席が回ってくるかがカギを握るだろう。
現在の打撃状態やライバルたちの存在も鑑み、三冠王達成のための課題は何か?
実は大谷も近藤同様、打順に問題を抱えている。
「ベッツの離脱以降、定位置となった1番では打点がどうしても稼ぎにくい。この打順に加え、今の打撃スタイルの問題もあってか、今季はまだスリーラン、満塁ホームランを打てていません。得点圏打率の低さが一時期話題になったように、最難関は打点王のタイトルです」
バットを構える位置がやや高めの現在の打撃スタイルの問題点はなんなのか?
「グリップ位置が高くなると、スピードボールやクイックでの投球に遅れて対応しがち。状態が良ければ驚異的なスイングスピードで対応できますが、状態が悪くなるとどうしても差し込まれがちに。
得点圏打率が低いのは、結果を出そうと気負いすぎてボール球にも手を出してしまうことに加え、得点圏では投手のモーションが速くなるため、必然的に差し込まれてしまうからです」
ただ、こうした課題こそ、大谷をさらに成長させるエネルギーになりうる、とお股ニキ氏は語る。
「大谷はこれまでも、『無理』『弱点だ』と言われるほど、よけいにその状況を克服したいと考え、実際に何度も壁を乗り越えて今の地位を築いてきました。
今季は大型契約初年度であり、エンゼルス時代には経験したことのない優勝争いが本格化していく今後は今まで以上にプレッシャーがかかり、どうしても力んでしまうと思います。それでも大谷なら苦境で結果を出すためにどうすればいいか、しっかり考えて対応してくれるでしょう」
現在、ドジャースもソフトバンクも優勝へ向けて独走状態だが、このチーム状況が個人成績に与える影響は何かあるのだろうか?
「ふたりともWBCでは勝つための野球を徹底して優勝した経験がありますし、結果を追い求めることで個人成績も伸びる可能性が高いでしょう」
また、「偉大な打者ほど、どのような場面でも集中力を発揮する」として、往年のレジェンドの名を挙げてくれた。
「〝本物〟はどんな状況でも結果を出すもの。王 貞治さん(元巨人)や落合さんは勝ち越した後の4打席目でダメ押し弾を打てる選手だったそうです。常勝軍団のスター選手という点で、大谷にもそういうプレーを期待したいです」
さらにお股ニキ氏は、「大谷には三冠王以外にも目指してほしい偉業がある」と続ける。
「すでにキャリアハイの27盗塁を記録していて、『30-30(30本塁打&30盗塁)』の達成はほぼ確実。私が開幕前から『打者専念シーズンだからこそ、ぜひ狙ってほしい』と言っていた史上6人目の『40-40(40本塁打&40盗塁)』も大いに可能性があります。ここから大爆発があれば、史上初の『50-40(50本塁打&40盗塁)』も夢ではないかもしれません」
一方の近藤も、三冠王達成となれば、パ・リーグではちょうど20年ぶりの快挙だ。昨季は8月に月間MVPを受賞するなど夏の暑さも苦にしないだけに、海を越えた師弟コンビの共闘に期待したい。
1977年生まれ。福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。テレビ・ラジオのスポーツ番組で構成作家を務める。2022年5月『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を発売。