タフな指名挑戦者をボディへの左ストレート一発でKOしたWBC世界バンタム級王者、中谷潤人。1ラウンド2分37秒のスピード決着だった タフな指名挑戦者をボディへの左ストレート一発でKOしたWBC世界バンタム級王者、中谷潤人。1ラウンド2分37秒のスピード決着だった

7月20日、東京・両国国技館。WBC世界バンタム級王者・中谷潤人はWBC同級1位のビンセント・アストロラビオ(フィリピン)を初回、ボディへの左ストレート一発でキャンバスに沈めて初防衛に成功した。試合翌日、「勝利に要した時間はわずか157秒」という圧巻KO劇を披露した中谷に、試合の振り返りやこれからについて聞いた。(全3回の第2回)

■KOパンチの感触は「まったくありませんでした」

試合後、アストロラビオが「彼のパンチは見えませんでした」と語った、中谷の槍を突き刺すような左ボディストレート。前戦、顔面を打ち抜かれてダウンしたアレハンドロ・サンティアゴ(メキシコ)も同じように「倒されたパンチは見えなかった」と振り返っていた。しかし、同じ死角からの左ストレートでも「顔面」と「ボディ」という違いだけでなく、戦略は大きく違っていた。

「サンティアゴ戦は、相手のバランスを崩し、視線をずらしてできた隙間に打ち込んだ左ストレートでした。今回はアストロラビオ選手に顔面のガードを固めさせて目隠しした状態を作り、ボディに攻撃される意識を遠のかせて打った左ストレートでした」

WBC世界バンタム級王座を獲得した前戦で、TKO勝利につながる決定打となった左ストレート WBC世界バンタム級王座を獲得した前戦で、TKO勝利につながる決定打となった左ストレート

無駄な動きのない、静かに滑るように体重移動しながら放たれた左ストレートは、「豪快」や「躍動」といった言葉とは少し違う、その正反対にあるような、「自然」という言葉が当てはまるパンチに思えた。

中谷自身も試合後の会見で「感触はまったくなくて、柔らかかったので『これで効くんだ』という感じでした」とコメントしたように、気づけばキャンバスに拳と膝を突いて苦悶の表情を浮かべるアストロラビオが中谷の目の前にいた。

アストロラビオを一発で仕留めた中谷の左ボディストレートは、「見えなかった」というよりも「意識させなかった」という言葉のほうがより的確な表現かもしれない。

「あの場面は『左ボディを狙おう』と頭で考えたわけではなく、身体が勝手に反応してパンチが出ました」

試合前は左ボディストレートよりも、アストロラビオの右ストレートに対してカウンターで左ボディフックを合わせるイメージをより強く持っていた。ただ今回に限らず、いかなる状況も想定し、いくつも引き出しを用意して試合に臨むことを大切にしている。インタビューを続けるうち、ひとつひとつの引き出しを、頭で考えるよりも早く瞬時に開けられるようになるまで、根気強く、日々時間をかけて技術を磨き、体に染み込ませていることを改めて知った。

挑戦者の顔面に右ストレートを強く打ち込む中谷潤人。相手の守りの意識を顔面に集中させ、フィニッシュの左ボディにつなげた 挑戦者の顔面に右ストレートを強く打ち込む中谷潤人。相手の守りの意識を顔面に集中させ、フィニッシュの左ボディにつなげた
■拳は真っ直ぐ、相手の軸に向かって打つ

無駄な動きのない槍で突き刺すような左ストレート。中谷がその技術を習得する上で、ある武道家との出会いが影響していた。沖縄拳法の伝承者で武術家の山城美智(やましろ・よしとも)氏だ。

沖縄拳法空手道「沖拳会」創設者の山城氏は、古くから沖縄に伝わる武術「手(てぃ)」を後世に広く伝えるための活動をしている。2021年東京五輪で空手の組手部門で日本唯一のメダリスト(銅)になった荒賀龍太郎、UFCにも参戦経験のある総合格闘家の菊野克紀らプロアマ、競技問わず多くのトップアスリートに慕われている。

中谷は6月12日にNHKで放送された、日本が誇る武の達人たちと共に武術の視点でスポーツの神髄に迫る番組『明鏡止水 武の五輪』にゲスト出演した。「拳を打ち抜け」というお題で、ボクシングのパンチや防御の技術を披露した。その際、同じくゲスト出演した山城氏に放送では紹介されなかった時間に聞いた話から、パンチの技術向上のヒントを得ていた。

「山城先生から拳で突く極意、大切にすべきことを教えていただきました。軸の中心を捉えたとき、相手の体感速度はより速くなる。相手の軸に対して直線を意識する。軸の中心を捉えるためにポジションをずらす。でも拳は真っ直ぐ、相手の軸の中心に向かって打つ、というような技術です。

『筋力に頼らず、重心(体重)を拳に伝える』『スピードに頼らず、起こり(初動)を見せない』という山城先生のお話が、自分も大切にしているパンチの技術と重なって、今回の試合に向けてとても参考になりました」

アストロラビオ戦後、山城氏は自身のX(旧Twitter)で中谷をこう称賛していた。

≪明鏡止水の撮影の際、実はリハーサルでもじっくり強さの秘密について聞かせていただいていました。

あのスタンスと腰の高さ、上半身の可動範囲、足腰肩をフルに使った左ストレート、そして戦略。

大変良い勉強をさせていただきました。

改めて、反射神経や筋力、リーチなどのフィジカルだけの戦いではなく、戦略をどこまで突き詰めて貫くかが勝負の決め手となる時代がきたのだと思いました≫(一部略)

ボクシング以外の教えや考えでも、柔軟に吸収して自分の力に変えることができる。それが中谷潤人というボクサーの強さ、世界の頂点に立ってもなお成長し続けられる理由かもしれない。

そんな中谷を語る上で欠かせない人物が、15歳で単身、米ロサンゼルスに渡って以来指導を仰ぐルディ・エルナンデスだ。筆者は今回初めて、ルディ本人から中谷についてうかがう機会を得た。

(つづく)

●中谷潤人(なかたに・じゅんと) 
1998年1月2日生まれ、三重県東員町出身。M.Tボクシングジム所属。左ボクサーファイター。172㎝。2015年4月プロデビュー。20年11月、WBO世界フライ級王座獲得。23年5月、WBO世界スーパーフライ級王座獲得。今年2月24日にはWBC世界バンタム級王座を獲得し3階級制覇達成。28戦全勝(21KO)。ニックネームは〝愛の拳士〟

会津泰成

会津泰成あいず・やすなり

1970年生まれ、長野県出身。93年、FBS福岡放送にアナウンサーとして入社し、プロ野球、Jリーグなどスポーツ中継を担当。99年に退社し、ライター、放送作家に転身。東北楽天イーグルスの創設元年を追った漫画『ルーキー野球団』(週刊ヤングジャンプ連載)の原作を担当。主な著書に『マスクごしに見たメジャー 城島健司大リーグ挑戦日記』(集英社)、『歌舞伎の童「中村獅童」という生きかた』(講談社)、『不器用なドリブラー』(集英社クリエイティブ)など。

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