リネール確定ガチャと物議を醸した柔道混合団体決勝の「デジタルルーレット」、フランス人記者の見解は?
8月11日に閉幕したパリ五輪。日本は米国、中国に次ぐ金メダル20個を含め、銀と銅を合わせて計45個のメダルを獲得した。
閉会式前日、日本国内では陸上女子やり投げ・北口榛花の金メダル獲得が大きな話題となった。ただ、五輪はサッカーやラグビーのW杯、陸上や競泳の世界選手権と異なり、同時進行で多くの競技が行なわれ、どの種目や選手に注目が集まるかは国や地域によってさまざまだ。
そこで各国の記者に話を聞いてみた。今回のパリ五輪をどう見たのか?
まずは地元フランス。大手スポーツ紙『レキップ』の元記者でスポーツジャーナリストのエティエンヌ・ボナミー氏。1992年から五輪取材を始め、夏冬合わせて今回が13度目の取材だという。
最初にフランス国内でパリ五輪を最も沸かせた人物として、競泳男子200m&400m個人メドレーを含め4つの金メダルを獲得したレオン・マルシャン(フランス)の名前を挙げてくれた。
そして、ボナミー氏個人として最も印象に残ったのは、柔道の混合団体戦だったそう。決勝は東京五輪の雪辱を狙う日本と連覇を狙うフランスという2大会連続同じ顔合わせ。
日本からすれば、3勝1敗でリードし、5番手の阿部一二三とジョアンバンジャマン・ガバ戦で、終始攻め続けた阿部に対し、技をかわしながら逃げ回るガバの消極的な姿勢に3度目の「指導(3度目で反則負けとなる)」が出なかったのは不可解に思えたほか(8分52秒の激闘の末、ガバの捨て身のタックルで阿部が敗れた)、3勝3敗で迎えた第7戦の階級決定時の「デジタルルーレット」の結果は〝リネール確定ガチャ〟と物議を醸した。
結局、第7戦は男子90㎏超級となり、地元の英雄テディ・リネールが日本の斉藤立を下し、フランスが2大会連続の金メダルに輝いた。
「テディはロンドン、リオと柔道100㎏超級を連覇しながら、東京では銅メダルだった。35歳となりパリは厳しいと思ったが、個人と団体で2冠は立派。テディは勝った後も斉藤をたたえていたけど、私はああいうシーンが五輪の一番好きなところ。(日本ではリネールの再登場が出来レースだったと物議に?)その気持ちはわかる(笑)。
でも、2000年シドニー五輪の篠原信一とダビド・ドゥイエのときもそうだったが、それが五輪でもある(『世紀の誤審』と言われた判定で篠原は金メダルを逃した)」
日本人の多くがそうだったように、地元記者の中にも3勝3敗のタイになった場合、7人目をデジタルルーレットで決めることを知らなかった人が多かった様子。
「現場で取材していても、少し奇妙だった。確かに、あれではどんな疑惑がかけられても不思議ではない(苦笑)。もちろん、フランスとしてはもう一度リネールが日本人(斉藤)と戦うことになったのは最高だったけどね。
阿部対ガバの判定にも疑問があるようだが、最後はガバの〝タックル〟が良かったよ」(ネットメディア『SportBusiness.Club』のティトゥアン・ラウレン記者)
大会前、フランス国内では多額の税金を投入して開催する五輪について反対の声も少なくなかった。だが、開幕後はそうした声も減少し、トラブルは最小限にとどまったと言っていいだろう。チケットの販売も好調で、史上最多を記録した。
「東京五輪も競技面や運営面は素晴らしかったが、コロナ禍での開催で無観客だった。それがパリでは天候に恵まれただけでなく、コンパクトで移動もスムーズ。
柔道はもちろん、普段はどの大会でも観客がいない馬術ですらベルサイユ宮殿が会場だったことでスタンドは満員。過去の大会では、せいぜい観客の入りは6割、7割だったのにね。やっぱり多くの観客がいる中で行なわれるのは最高だよ。
パリに観戦に来た多くのファンは単に自国の応援をするだけじゃなく、パリの街並みの中で偉大なアスリートたちが競演するショーを見に来ている感覚だったんじゃないかな」(前出・ボナミー氏)
例えば、日本が過去最多5つのメダルを獲得したフェンシングの会場は、なんとも荘厳な雰囲気の漂うグラン・パレだった。1900年のパリ万国博覧会のために建てられ、普段は大規模な展示会や美術展に使用されている。
スロバキアのネットメディア『Petit Press』のティターニャ・ボドヴァ記者も、自国の注目選手が出場している競技中心の取材をしていたというが、パリ五輪全体の印象についてはこう話した。
「スロバキアの人気競技といえば、カヌー、レスリング、陸上、ボクシングなど。何度も五輪を取材してきたけど、こんなに全体の雰囲気がいいのは初めて。
ベルサイユ宮殿やグラン・パレはもちろんだけど、エッフェル塔の下ではビーチバレーが行なわれ、コンコルド広場はスケートボードなどのアーバンスポーツが盛り上がっていた。
名所のそばで競技が見られるなんて最高だし、単なる競技の観戦というより、パリという都市と競技のつながり方がすごく魅力的で美しかった」
ベルサイユ宮殿で馬術
エッフェル塔の下でビーチバレーなど、パリならではの街並みを生かした大会運営には高評価
「映え五輪」。そんな言葉もぴったりかもしれない。
米『ロサンゼルス・タイムズ』紙のケビン・バクスター記者は、「大会前はテロへの心配もあったが、何事もなく大会は進んだ」とし、大会運営を評価した。
「よく運営されていて、移動などを含めて不満はない。会場の活用法がいいっていうか、その大会で一度しか使わないような建物をつくる代わりにもともとある場所を活用しているのが気に入ったね」
選手村でコロナ感染者が出るなど一部で残念なニュースもあった。だが、パンデミックが明け、華の都パリで人々の熱狂が再び戻ってきたことを印象づけた五輪だったとも言えるだろう。