日本は3セット目に3回、5セット目にも1回、計4回のマッチポイントを握りながら、フルセットの末に敗れた。テレビ中継の世帯平均視聴率(関東地区)は23.1%と今大会最高を記録した 日本は3セット目に3回、5セット目にも1回、計4回のマッチポイントを握りながら、フルセットの末に敗れた。テレビ中継の世帯平均視聴率(関東地区)は23.1%と今大会最高を記録した

52年ぶりのメダル獲得なるか。パリ五輪でかつてないほど大きな期待と注目を集めていた男子バレー"史上最強チーム"は、準々決勝イタリア戦でフルセットの激闘の末に敗れ去った。

4回もマッチポイントを握りながら、なぜあと1点が取れなかったのか。見る者の心を確かに揺さぶったこの一戦を、選手たちの言葉と共に振り返る。

* * *

■西田「このバレーで負けるなら仕方ない」

8月5日、パリ南アリーナ。パリ五輪の男子バレーボール準々決勝で、日本は世界ランキング2位の強豪イタリアとフルセットに及ぶ激闘を繰り広げていた。

キャプテンで、エースでもある石川祐希のスパイクがブロックされ、マッチポイントを奪われる。すかさずタイムアウトを取ったが、時速114キロのサーブで崩され、スパイクを打ち込まれた。日本の敗退が決まった。

多くの選手がうなだれ、肩を落とす。アウトサイドヒッターの髙橋 藍は湧き上がる感情を抑えようと怒っているように見えた。オポジットの西田有志が、髙橋の肩に手をかける。石川は円陣を組むベく選手たちを集めたが、呆然とする自分を支えるように腰へ手をやった。

「金メダル」

チームはその目標に向かって進み、実績も積んできた。ネーションズリーグでは昨年が銅メダル、今年が銀メダル。石川、髙橋は世界最高峰のイタリア・セリエAでタイトルを争うほどで、人材に恵まれていた。〝史上最強〟の呼び声も高く、52年ぶりの金メダルも夢ではなかった。

イタリア戦も、勝利にあと一歩まで迫った。1、2セットを連取。3セット目に24-21とマッチポイントを迎えた。ところが、それを取り切れずに落とすと、立て続けに3セットを奪われた。

得点を決めるたびに雄たけびを上げ、チームを盛り上げた西田有志。豪快なプレーだけでなく、技量も高い 得点を決めるたびに雄たけびを上げ、チームを盛り上げた西田有志。豪快なプレーだけでなく、技量も高い

なぜ、彼らは「あと1点」に届かなかったのか?

「あれだ、これだ、と言われるかもしれませんが、全部、結果論。このバレーで負けるなら仕方ない。自分は納得しています」

試合後、西田が言った。その言葉どおり、日本は強豪イタリアに対し、輝かしいバレーを見せた。

グループリーグではドイツにフルセットの末に敗れ、アルゼンチンには勝利したものの、アメリカに敗戦。「メダル」の重圧があったようだが、勝ち進むしかない準々決勝で本来の姿になった。拾って、つないで、跳んでとスペクタクルなバレーを見せた。

では、特定の選手の問題だったのか?

石川は「戦犯」と叩かれ、本人も「僕が点を取り切れず、この結果にした」と自責の念に駆られた。アメリカ戦のようにコンディションが悪い試合はあったものの、アルゼンチン戦ではフェイクセット(スパイクと見せかけてトス)を成功。言われるほど悪かったわけではない。

イタリア戦でも、石川はスターの片鱗を見せた。世界有数のオールラウンダーは、手堅いレシーブから入り、イタリアに主導権を与えない。サーブも強烈。そしてトスを託されると、面白いようにスパイクを決めた。

欧州最高のブロック陣を誇るイタリアを相手に、ブロックアウト、バックアタックで翻弄。チーム最多の32得点だ。

キャプテンでエースの石川祐希。大会を通して絶好調とはいかなかったが、この日はチーム最多の32得点 キャプテンでエースの石川祐希。大会を通して絶好調とはいかなかったが、この日はチーム最多の32得点

「限られた試合でどれだけベストを尽くせるか、自分たちのバレーができるか。結果以上にそこが大事。それがなければ、結果もついてこない」

大会前、石川はそう語っていたが、その言葉どおり、日本のバレーでイタリアを凌駕し、1セット目を25-20で奪う好スタートに貢献した。

■「世界最高のリベロ」山本が見せた輝き

2セット目は、「世界最高のリベロ」山本智大が輝きを見せる。終盤までリードされる展開で、23-23と追い上げたところだった。山本は腕一本のディグ(スパイクレシーブ)を披露。勝っていたら語り継がれるだろう神業で、石川のスパイクにつなげた。

焦ったイタリアはタイムアウトを取るも、再び山本がディグに成功。やはり石川が得点し、25-23で接戦を制した。

「世界最高のリベロ」山本智大。その呼び名のとおり、2セット目の勝負どころで神業のディグを披露 「世界最高のリベロ」山本智大。その呼び名のとおり、2セット目の勝負どころで神業のディグを披露

「一般の人からすると、バレーは決めないと勝てないスポーツだと思うんです。でもリベロからすると、1本目(のレシーブ)がないと2本目、3本目もないっしょって」

大会前、山本は守りの矜持を語り、こう続けている。

「1本目がどれだけ大事か。その質だったり、サーブを入れて、ブロックとディフェンスの関係性だったり。日本はここ数年でそこがめちゃくちゃ良くなって、結果も残すようになったので。自分としては、そこに打たせている感覚。僕のコースは開けてもらい、そこに自分がいて(レシーブを)上げるシステムです」

2セット目、日本の攻守は確実にリンクしていた。〝史上最強〟の証明にも見える逆転劇だった。

3セット目、髙橋が3枚のブロックを打ち抜き、スイッチがオンに入った。鋭い角度のスパイクをインナーに決め、ブロックを出し抜くフェイントも成功。攻撃だけでなく、ディグで石川の得点もアシストした。石川と同じオールラウンダーの面目躍如だ。

「自分自身、身長が(世界トップレベルでは)そこまで高くないので(188㎝)、レシーブでクオリティの高いバレーボールをしない限り、得点を取りにくいと思っています。

上から打てるわけじゃないので、セッターが上げやすい位置にレシーブして、セッターがいい状態で上げられるか。日本は、その〝いいバレー〟を基本にしないと勝てないので、自分は質にこだわっています」

大会前にそう語っていた髙橋はその信条を体現した。

一方で、西田もセッターである関田誠大との連係が芸術的だった。そして、バックトスをライトから左腕を回して打つショットは破壊力満点。レシーブした相手の腕を吹っ飛ばした。

また、そんな豪快さ以上に、実は技量が高い。3セット目、空中で体をそらしながらタイミングとコースを変えて打ったショットは出色だった。相手の右手に当て、ブロックアウトを取り、チームに勝ち筋を見いださせた。

■イタリアは終始、強気に攻め続けた

そして、迎えた3セット目。24-21とマッチポイントを握ったのだが......。ここで異変が起こる。現場に、俄に〝戦勝気分〟が漂ったのだ。

〈これで決まり。1本失敗しても日本の有利は動かない。もし落としたとしても、今日の出来なら負けないだろう〉

してはいけない計算だった。

記者席でも、日本人の記者たちがパソコンを閉じ、立ち去る支度を始めていた。取材エリアまで遠いため、出遅れると席を立つ観客に行く手をふさがれてしまうからだ。ただ、イタリア人記者は諦めていなかった。大声でチームを叱咤し、机を叩いていた。

日本はイタリアのしぶとさを、バレーの怖さを見せつけられる。

「相手の(強烈な)サーブもあったし、そんな簡単にいくものではない、とは思っていました。自分たちにチャンスがあったのは事実だし、そこをつかみ取れなかったのは甘いところだなって」

関田はそう言葉を絞り出したが、受け身に回った瞬間、向かい風を受けた。風向きが変わったのだ。

「最後の1点を取り切るってところだったかなって、自分は思っています」

髙橋は言う。勝負への執着が強いイタリアでプレーし、その神髄を知っていた。

「3セット目は最後に点差があったのに、自分たちが取り切れなかった。そこに尽きます。誰のせいとかじゃなくて、チーム全体がいけるって感じたと思うから、隙ができてしまったところもあって。ラスト1点をしっかり勝ちにいく力が足りなかった」

石川と同じくイタリア・セリエAでプレーし、急成長を遂げた髙橋 藍。高いレベルでのプレーを見せた 石川と同じくイタリア・セリエAでプレーし、急成長を遂げた髙橋 藍。高いレベルでのプレーを見せた

実はイタリアは終始、攻め続けていた。1セット目、彼らは6本ものサーブをミス。それが劣勢の原因だった。しかし、2セット目以降も、積極的な姿勢を変えなかった。3セット目も4本のサーブミスがあったが、それでもサービスエースで24-24のデュースに持ち込んだ。

「(シモーネ・)ジャネッリがサービスエース。除細動で心臓を動かした!」

イタリア大手スポーツ紙『ガゼッタ・デロ・スポルト』は独特の表現をしたが、イタリアは息を吹き返した。日本は3セット目を25-27で落とす。

4セット目も悪かったわけではない。髙橋がストレート、クロスと打ち分け、サービスエースも沈めた。デュースに持ち込んだが、最後は髙橋のバックアタックがブロックに阻まれ、24-26と敗れた。

ファイナルの5セット目も、同じくデュースで接戦を演じながら、15-17と落としている。結局のところ、「1点の重み」の正体を誰も説明できない。

ただ、ひとつ言えるのは、イタリアは1点を失うことを恐れていなかった。サーブで強気に攻め、失敗後もやり続けたのは論理的思考があった。甘いサーブを入れても、日本の多彩な攻撃に後手に回り、落城は必至。武器のブロックを機能させるには、サーブで崩すしかなかった。

4セット目、イタリアはサーブで日本に脅威を与え、5本のブロックに成功していた(日本は1本)。

「オリンピックはほかの大会と比べると、相手の気持ちの強さも違います。今日もそうでしたけど、ラスト1点が取れない。

普段なら確実に取れているはずだったんですが、そこも相手は1点を取らせないために死に物狂いでやってくる。それがオリンピックの特別な部分だと思うので、ほかの大会と比べて勝ち切るのが難しいですね」

髙橋はそう説明している。

では、日本は勝負弱かったのか? 率直に言えば、歴史の差はあった。

日本男子バレーは長く低迷を続けてきた。1996年のアトランタから2016年のリオデジャネイロまでの五輪6大会では、08年北京を除く5大会で出場ならず。一方、イタリアはそのすべてで準決勝以上に進出している。

そこでひとつの技術ミスを非難するなら、再び弱体化する。ファイナルセットのデュースの場面でサーブをミスした小野寺大志が、SNSで誹謗中傷を受けたという。だが、ミドルブロッカーの小野寺は味方の囮となるなど役目を果たし、8-6と折り返す貴重なクイックも決めていた。

そもそも、イタリアのジャネッリは18本のサーブ中、唯一決めた1本のエースで英雄になった。小野寺は3本のサーブしか打っていない。ちなみにドイツ戦は18本中3本のエースを決めていた。

「オリンピックには、才能だけで選手を連れていきません。特長を生かし切れるか」

大会前、フランス人のフィリップ・ブラン監督はそう語っていたが、小野寺もそのひとりだった。

■スター軍団をまとめたフランス人の名将

スター軍団だからこそ、注目も浴びた。イタリア戦のテレビ中継の視聴率は20%以上を叩き出したという。そのプレーはバレーファンでなくとも魅力的に映った。強豪イタリアと真っ向勝負、プレーの工夫や機動力でバレーの面白さを全開にさせていた。

「ブラン監督と一緒に、オリンピックでメダルを取って喜びたかったですね」

髙橋は言う。

「今の自分があるのは、ブラン監督がサポートしてくれたのが大きい。イタリア(セリエA)挑戦も彼の誘いから始まったので。練習でもレシーブ、スパイクのことをしつこく言われていました。

今のディフェンス力やスパイクがあるのはブラン監督のおかげもあって......。その監督を勝たせることができず、メダルを取れなかったのは悔しい」

ブランがコーチを務めた東京五輪で日本はベスト8に入り、大会後に監督に就任すると、日本はさらに強くなった。

この大会でも采配はさえた。アメリカ戦では3セット目から石川に代えて大塚達宣を起用し、グループリーグ通過につながる1セット奪取に成功した。選手との距離感が絶妙で、例えば不満がありそうな選手を練習中にわざと小突き、気持ちを吐き出させていた。

「勝たせられずにすまない。このチームのことは一生忘れないだろう」

ブランは選手たちにそう話したという。選手たちは涙を流し、感謝を込めてブラン監督を胴上げした。一体感のあるチームだった。

試合後のコート上では、今大会限りでの退任が決まっていたブラン監督の胴上げが行なわれた 試合後のコート上では、今大会限りでの退任が決まっていたブラン監督の胴上げが行なわれた

「パリの涙」

あえて言えば、そんな表現の一戦か。プレーに希望があふれていただけに落胆は大きく、「金メダルもいけた」と惜別がにじむ。幕を下ろした瞬間は涙に暮れるしかない。

「日本バレーが、その(イタリアに勝つべきだったと言われる)レベルまで来たことを誇りに思う」

西田のコメントこそ真実だ。日本は世界の壁に阻まれたのではない。世界の真っただ中で戦い、敗れた。準々決勝敗退の結果は東京五輪と変わらないが、グループリーグ突破が目標の前回から、金メダルを目指して戦い、未知の風景があった。

パリの涙は彼らを強くする。