オグマナオトおぐま・なおと
1977年生まれ。福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。テレビ・ラジオのスポーツ番組で構成作家を務める。2022年5月『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を発売。
歴史的シーズンを送る大谷翔平(ドジャース)だが、今季は「得点圏打率」の低さも注目を集めている。大谷はチャンスに弱いのか? 何が原因なのか? 野球評論家のお股ニキ氏がその謎に迫る!
※成績は日本時間9月10日時点。
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前人未到の大記録、シーズン50本塁打&50盗塁の「50-50」へと突き進む大谷翔平(ドジャース)だが、意外にも数字を伸ばせていないのが「得点圏打率」だ。
開幕当初から「今季は得点圏で打てない」と指摘されてきた大谷だが、夏場以降はその傾向がさらに顕著に。8月の得点圏打率はわずか.093と1割を切り、シーズン通算得点圏打率.217は規定打席到達者でリーグワーストの数字となっている。
得点圏打率の低下と比例するように、8月は月間打率.230と急落し、9月に入っても2割前後を推移。シーズントータルでも2割9分前後にまで下がり、夢の三冠王は少々厳しい目標となってきた。
解せないのは、過去の大谷はむしろチャンスに強い打者だったこと。MLB移籍後、打率よりも得点圏打率が低かったのは、膝の手術明け、かつコロナ禍で60試合制だった2020年シーズンのみ。今季の大谷は明らかに異質なのだ。
『週刊プレイボーイ』本誌おなじみの野球評論家、お股ニキ氏は「本来、好打者にとって得点圏では打率が向上しやすい」と解説する。
「日本ほど極端ではないものの、MLBでも得点圏、特に三塁にランナーがいるときは守備位置が浅くなり、打者にとってはバットに当てればなんとかなりやすく、有利です。
また、得点圏に走者がいると極端な守備シフトを敷くことも難しい。よって、大谷のような左打者にとって、本来は得点圏に走者がいるほうが打率は残しやすくなることが多いのです」
では、今季の大谷はなぜ得点圏で結果が出ないのか?
「大谷本人が言及したわけではないので、あくまで仮説ですが......」と前置きしつつ、お股ニキ氏はいくつかの視点から考察をしてくれた。
「大谷のスイングは始動後の動きがやや大きく、『1、2の3』でタイミングを取っているため、右投手の投げる内角高めのフォーシームやカッターなどの速球に差し込まれやすく、最後は落ち球で仕留められがちです。ダルビッシュ有(パドレス)も大谷との対戦では、カッターを効果的に使って三振を奪っていました」
この課題が得点圏ではより顕著になるという。
「得点圏に走者がいる場合、クイックで投手のモーションが速くなるため、速球により差し込まれやすくなります。一方、左投手の場合、外角や低めの変化球に対して打ち損じや見逃しが増えます」
さらに、右肘手術からのリハビリ期間であることも加味する必要がある。
「右肘が伸びないように固定していて、腕の動きに制限があるのかもしれません。実際、昨季まではエース級投手による100マイル(約160キロ)超のボールやインコースへの厳しいボールもしっかりとらえることができていました。
今季は速いボールに苦戦する一方、スライダーやチェンジアップなどの甘い半速球にはめっぽう強い。泳ぎながらとらえることができ、やや〝半速球専門打者〟のような印象です」
実は、半速球に強くなったことが得点圏打率低下の遠因となっているかもしれない、とお股ニキ氏は続ける。
「勝負どころでは、カウント球のスライダーや外角の速球は省かれ、その対極の内角いっぱいに浮き上がりながら食い込むフォーシーム、ツーシーム、カッターか、フォーク、スプリットなどの落ちる球のどちらかに行き着くもの。中途半端な球を挟まず、初球から勝負球を投げ込む傾向も最近では高まっています。金本知憲さんはこれを『究極の配球』と語っていましたが、対極を駆使する配球は好打者であっても打ちにくいものです」
さらに、今季の得点圏打率低迷には、メンタル面の影響も考えられるという。
「今季の大谷は、超高額契約のプレッシャーからか、打者専念への責任感か、例年以上に『自分が決めてやる』という絶対に打ちたい意識が強く出てしまっています。
ドジャースのデーブ・ロバーツ監督も『(得点機に)スイングが大きいように見える』と危惧していましたが、引っ張って一発大きいのを狙いすぎているのは明らか。気負いすぎている打者にこそ、『究極の配球』は効果的です」
今季の得点圏打率をさらに深掘りすると、特殊な傾向が見えてくる。
大谷は「走者一、三塁」では5割、「走者三塁」では.364を記録しており、むしろ高打率といえる。ところが、「走者一、二塁」では.242、「走者二塁」では.091、「走者二、三塁」に至ってはなんと0割。二塁にランナーがいると途端に打てなくなるのだ。
「大谷は左打ちながら、センターやや左や左中間方向への本塁打が多い稀有な打者であり、打ち返そうと目付けする視線の先にリードを取る二塁走者がいると集中しきれない、という仮説は確かに考えられます。
また、昨季までの本拠地だったエンゼルスタジアムは、左中間スタンドに噴水も噴き上がる巨大な岩のオブジェがある特殊なつくりでしたが、今季からの本拠地であるドジャースタジアムの外野スタンドは一般的なつくりです。センター方向の視界がこれまでとは大きく変わり、なかなか目が慣れない、という可能性も考えられます」
そして、打席からの見え方以外で考察したいのは、走者二塁時と三塁時での投手の配球の違いだ。
「走者二塁時と比べて、三塁時のほうが投手はワンバウンドでのワイルドピッチを恐れるため、ストライクからボールになる落ち球を投げにくくなります。
一方、二塁時はその制約がないため、配球の幅も大きい。大谷が苦手としているカッターなどの速球と落ち球が組み合わされることで、極端に打てなくなっているのでしょう」
今季、チャンスで打てないと散々言われている大谷だが、そのイメージを払拭するような強烈なシーンもあったことを忘れてはいけない。自身初の満塁サヨナラ弾で「40-40」を達成したあの試合(8月28日レイズ戦)だ。
「投手にとっては同点の9回裏2死満塁という『絶対に逃げられない状況』でしたが、『絶対に打ちたい大谷翔平』の気迫が見事に勝りました。
今季、得点圏では空回り気味だったものの、あの極限状態ではしっかりと結果を残す。やはり、スター性は絶大ですし、大谷がチャンスに弱いというわけではないと思います」
そうはいっても、9回裏2死満塁のような場面が頻繁に訪れるわけではない。普段から走者二塁の場面で結果を残すためには、どのような対応策が考えられるだろうか?
「ロバーツ監督も『本塁打でなく、外野フライでいい』とよく言及しているように、常に力ずくで相手を打ちのめしてやろうとしなくていい。得点圏では反対方向への打球やチョコンと軽打でもOK、という気持ちを持てると得点圏打率も上がってくると思います。
本来、力みすぎず、ひらりとかわすようなプレーもできるのが大谷のはず。昨年のWBCでセーフティバントを決め、サヨナラを狙う場面でも二塁打でチャンスメークし、チームを鼓舞した男なのですから」
今季このまま得点圏の成績が低調でも、それを乗り越えた来季以降の大谷に注目したい、とお股ニキ氏は語る。
「野球選手としての本質はあくまでも投手だと思います。2年連続で本塁打王獲得に迫っている選手に対しておかしな表現かもしれませんが、十分成熟している『投手・大谷』に比べて、『打者・大谷』はまだまだ粗く未完成で伸びしろだらけなんです。
そして、周囲から『できない』『無理だ』と言われるほど、何がなんでも克服しようとするのが大谷です。今は苦手なカッターや得点圏での打撃も、オフシーズンであっという間に克服し、今以上に手がつけられない打者に成長する可能性は十分あります」
来季を待たずとも、今季で挽回する可能性もある。昨季までと違い、今季の大谷にはポストシーズンの戦いがまだ控えているからだ。
「ポストシーズンではレベルの高い投手との対戦が増えるだけでなく、相手は短期決戦特有の『勝つための配球』を徹底してくるので、今季の大谷スタイルではやや不安が大きいのは確か。
しかし、日本ハム時代の2016年にはチームを日本一へと導き、昨年のWBCでも世界一に輝くなど、大谷は『勝つための野球』ができる選手です。自身初となるポストシーズンで大暴れしてほしいですね」
ワールドシリーズを制覇するため、ドジャースに移籍した大谷。その真価が今こそ問われている。
1977年生まれ。福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。テレビ・ラジオのスポーツ番組で構成作家を務める。2022年5月『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を発売。