高い人気と実力を誇る髙橋 藍は、3シーズンを過ごしたイタリア・セリエAを経てサントリーに入団。チームメイトの兄・塁らと共にリーグ連覇を目指す 高い人気と実力を誇る髙橋 藍は、3シーズンを過ごしたイタリア・セリエAを経てサントリーに入団。チームメイトの兄・塁らと共にリーグ連覇を目指す

今も、〝パリの涙〟の光景は忘れられない。

パリ五輪、男子バレー準々決勝、日本はイタリア相手に1、2セットを連取。3セット目も24-21とマッチポイントを握り、「あと1点」と悲願のメダルがおぼろげに見えていた。プレー内容も目覚ましく、〝拾う、つなぐ、打つ〟すべてがスペクタクルだった。

しかし粘るイタリアに追いつかれ、大逆転で敗れてしまう。試合後のコートでは多くの選手が泣き崩れ、現場の虚無感は痛々しいほどだった。

「試合の流れもあったと思いますけど......チーム全員が100%の準備をし、戦えていただけに......」

普段は明朗な西田有志が、肩を落としながら言葉を振り絞っていた。

「まだ頭が整理できていませんが、このレベルになると(戦いがどう転ぶかは)わからないものだし、〝日本人(のバレー)がこのレベルまできた〟ということだとは思います。(五輪で金メダルを獲るには)技術をもうひとつ、ふたつ上げること。この1点、このひとつのボール。そこをしっかり突き詰めていくしかない」

負け方は悲劇的だった。しかし同時に、新時代の前夜のような不思議な空気も漂っていた。「最強を誇るには、挫折を知るべき」と叱咤されるような光景でもあった。

そして男子バレーボール人気が、今や沸騰しつつある。確実に、新風が吹いている。

パリ五輪、イタリア戦の平均視聴率は23.1%で大会最高を記録した。テレビ視聴率が伸び悩む時代、驚くべき数字だろう。2位の女子マラソンの18.7%を大きく引き離し、さらに3、6位も男子バレー代表戦だった。

大会期間中の『web Sportiva』の記事でも、メダルを数多く獲得した競技もある中、バレーは最高のPV数を記録した。ベスト8で終わったにもかかわらず、大会後には複数の出版社が男子バレー特集号を発売するなど、関心が高まっているのだ。

イタリアの世界最高峰リーグ、セリエAでプレーする代表主将の石川祐希を筆頭に、女性人気が爆発。攻守でオールラウンドな実力を誇る髙橋 藍も、人気女性ファッション誌の表紙を飾るなどアイドルのように扱われている。

女子バレー界のエースで先日引退した古賀紗理那と夫婦の西田は、豪快なサーブやスパイクだけでなく、快活なキャラクターが愛される。

3人のスターは、強い磁力でファンを引きつけた。会場を訪れたファンの中で、ほかの選手に魅了されたという例も少なくない。その話が広がり、客足が伸び、雪だるま式に人気が増しつつあるのだ。

アウトサイドヒッター(左から石川、髙橋 藍)だけでなく、(右から)セッターの関田やミドルブロッカーの小野寺らの人気も上昇 アウトサイドヒッター(左から石川、髙橋 藍)だけでなく、(右から)セッターの関田やミドルブロッカーの小野寺らの人気も上昇

そして今シーズンは、10月11日、新たにSVリーグが開幕する。「世界最高峰を目指す」と銘打つリーグで、男子は10チームの編成だ(女子は14チーム)。

昨季Vリーグを制したサントリーサンバーズ大阪は、髙橋 藍がイタリアから戻り、代表ミドルブロッカーの小野寺太志、リーグMVPセッター・大宅真樹も在籍。準優勝の大阪ブルテオンは、オポジットの西田、ミドルブロッカーの山内晶大、リベロの山本智大ら日本代表選手を数多く擁する。

開幕で熱戦の火ぶたを切る2強に対し、ジェイテクトSTINGS愛知がセッターの関田誠大、オポジットの宮浦健人、ミドルブロッカーの髙橋健太郎ら、パリで戦った代表選手で挑む構図か。

SVリーグでは「世界」を感じながら、〝推し〟の選手も見つけられるはずだ。

「(リベロとして)世界トップレベルにきたので、あとはどの試合でもコンスタントに力を出せるように」

パリ五輪前にそう語っていた〝世界最高リベロ〟山本のディグ(スパイクレシーブ)も必見だろう。激闘となったイタリア戦も、3本連続のディグや神がかったワンハンドのレシーブを披露。その光景はたとえバレー初心者でも、心が沸き立つものがあった。

ほかにも、東京グレートベアーズの元代表アウトサイドヒッター・柳田将洋や、パリ五輪に出場したポーランド、ブラジル、アメリカ各国の代表選手も集う。やはり女性人気が高く、昨季ジェイテクトでプレーした高橋慶帆(法政大3年)はパリ・バレー(フランス)に挑戦するが、新鋭の台頭があるだろう。

この状況、かつてのサッカーに似ていなくもない。

1990年代前半、Jリーグが開幕し、三浦知良、ラモス瑠偉、武田修宏らの人気が跳ね上がった。結果、日本代表はアジアを席巻。サッカー選手の知名度はかつてないほど上がり、ブームになった。

〝ドーハの悲劇〟で悲願のW杯出場は逃したが、多くの人がその瞬間を共有し、盛り上がりは加速した。中田英寿のような奇才も生み出したのだ。

今やサッカー代表は7大会連続でW杯に出場し、創設30年以上のJリーグは多くの選手を海外に輩出している。

男子バレーを取り巻く環境は、当時のサッカーと必ずしも同じではない。異なるのは、男子バレーがすでに世界トップレベルにあること。ただ、代表で味わった敗北は、新リーグに活力を与えるはずだ。

「バレーボールを、夢のあるスポーツにしていきたい」

パリ五輪前のインタビューで、髙橋 藍は野心的に語っていた。

「今までにいなかった〝オンリーワン〟の選手になれるように。バレーボールを知らない人、子供たちにも魅力を伝えていきたい。

この競技を通していろいろと挑戦していきたいですし、その経験を経て、今までいなかった選手になるべきだと感じています。バレーボールだけでなく、歴史に残るスポーツ選手になりたい。それがバレーボールにもつながると思うので」

彼のような人材の登場が、男子バレーの希望といえる。

「自分自身、『今の代表チームは強い』とシンプルに感じますね。石川選手とか、海外で活躍する選手も増えて。世界を相手に気後れせずに戦えるのが、今の代表です」

髙橋はそう語っていた。ひとつの競技が時代の扉を開けるとき、「人材は束になって出る」といわれる。まさに男子バレーは多士済々、人気だけではない。

〝パリの涙〟

その悔しさと苦さは、新時代突入の予兆となるか。次のロサンゼルス五輪まで、人気爆発の条件はそろっている。間もなく、SVリーグの幕開けだ。