昨年に続き、今年も競馬AIの大会「AI競馬予想マスターズ」が始まった。囲碁や将棋ではすでに人間はAIに勝てなくなってきているが、不可抗力の強い競馬において、AIの実力はいかほどか? 競馬AIにのっかったら勝てるのか? 競馬予想AIの現在、そして未来について大会の主催者に話を聞いた。
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■AIで馬券的中?
いよいよ秋本番、本格的な競馬シーズンがやって来た。中央競馬はこれから年末までGⅠレースがめじろ押し。競馬ファンにとっては、ワクワクドキドキの3ヵ月だ。
競馬は楽しい。馬券が当たったらもっと楽しい。そんな読者の一助となるべく、われわれにとって今や身近な存在となりつつある人工知能による競馬予想の最前線を取材した。
そもそもAIの予想ってホントに当たるの?と首をかしげる方も多いだろう。競馬歴40年、今年の馬券回収率45%、本職は囲碁観戦記者の筆者も、実は心の底でちょっぴり疑っている。囲碁に比べて競馬は予測不能な要素が多すぎる。AIはそんな不透明な未来も予見できるのか?
今回紹介するのは、国内最大級の競馬情報サイト『netkeiba』が主催する「AI競馬予想マスターズ」なるコンテストだ。運営しているネットドリーマーズのnetkeiba事業本部・予想サービス事業部の村井俊介氏に話を伺った。
まずは昨年10月から12月にかけて行なわれた「第1回AI競馬予想マスターズ2023」の結果と成績について下記をご覧いただきたい。
■AI競馬予想マスターズ2023
・優勝 AIゆま
〈トータルリターン〉2963万9880円
〈回収率〉395.21%
〈馬券的中率〉11.00%
〈本命◎ 印勝率〉38.00%
・2位 AISS
〈トータルリターン〉2136万6410円
〈回収率〉202.72%
〈馬券的中率〉21.90%
〈本命◎ 印勝率〉24.76%
・3位 生成系競馬予想
〈トータルリターン〉1098万1920円
〈回収率〉121.82%
〈馬券的中率〉44.90%
〈本命◎ 印勝率〉20.41%
《主なルール》
・大会期間中のJRAの全レースが対象
・大会は3部構成。予選1・予選2はスタート時に500万円(仮想マネー)を配布
・各予選、最終戦ごとの払い戻し金でランキングを決定。各予選の終了時点で下位30%が脱落(2024では下位40%に)
・最終戦は予選1・2で得た払い戻し金の合計でスタート。払い戻し金が最も多かったAIが優勝
・投票時間は各レースの発走時刻3分前まで
・馬券券種に制限はなし
見事優勝を飾ったのは「AIゆま」。知る人ぞ知る伝説の競馬予想AIだ。あまりの的中率の高さに信者が急増。影響力が強すぎてオッズが変動し、"ゆま"自身が勝ちにくくなったため2022年にファンに惜しまれながらも予想の公開をやめた。
昨年の大会に誘われた際も本当はこっそり参加して楽しもうと思った"ゆま"だったが"レジェンド"と紹介されたことで後には引けず本気で勝つことに決めたそうだ。
「決められたルールの中で優勝するためにはどんな戦い方をすればいいのか。"ゆま"さんはこれに関してもAIに算出させたと聞いています」と村井氏は語る。その答えが「一発大物狙いの3連単」というわけだ。
AIゆまは馬券的中率こそ11.00%に終わったものの回収額、回収率では圧巻の数字を残した。いかに戦い方が優れていたかがわかる。
■今年は参加者が倍増
そもそもAI競馬予想マスターズはどのような経緯で始まったのか。
「netkeibaでは以前から一般ユーザー向けに『俺プロ』という予想大会を行なっています。このAI版をやったらどうかというのがきっかけですね。多くの方に参加していただき、囲碁界のようなすごいAIを発掘したいという思いもあります」
囲碁界では16年から17年にかけて韓国、中国の世界最強クラスの棋士がAIに完敗。今では一定のハンディをもらっても勝てないといわれている。AI同士が限りなく対局をして学習を積み重ね、進化を続けるのだから人間はたまったもんじゃない。
囲碁は一対一。「盤上がすべて」のある意味、純粋な勝負だ。だが競馬は不確定要素が多すぎる。雨、馬体重の変動、レースも予測どおりにはいかない。馬が直線で詰まるというアクシデントもある。
「馬券では何百万人という方が参加してオッズも大きく動く。また人間以外にAIもたくさんある中で、収支を上げていかなければいけない。そこが興味深いですね」
ではいったいどんな人たちが競馬AIの開発に取り組んでいるのだろうか。昨年の大会では約200人の応募の中から厳選、33人がエントリーされたという。
「AIが好きな個人エンジニアの方がほとんどですね。馬券で儲けたい方が多いので、『人間が予想しても買いづらいよね』という馬券を見つけて勝負する方が多い。中には競馬は詳しくないけど、エンジニアとしての技術だけでやっている方もいます」
今年の大会は参加者が65人前後と大幅に増え、第1ステージ(10月5日~27日)、第2ステージ(11月2日~24日)、最終ステージ(11月30日~12月22日)のスケジュールでアツいAIの戦いが繰り広げられる。
さらに昨年を踏まえ、的中率を重視するために「安定指数」という項目を加えるなど、ルールも微調整。週ごとの成績をランキングで出し、下位2名を毎週落としていくシステムだ。厳しいことにトリガミ(払い戻し金額が投資金額より少ないこと)は的中とは見なさない。馬券の買い方も大切な要素になる。
優勝賞金100万円のビッグな大会だが「皆さん、賞金よりも名誉を重んじているようです」と村井氏。お金は馬券で稼げばいい。それよりも自身が開発したAIの実力が問われる、プライドを懸けた戦いなのだ。
■AI開発者の個性とは?
さて気になるのはAIの予想方法である。各馬の実績、コースや距離適性、騎手、展開、血統、調教タイム......、競馬には数え切れないほどの予想ファクターが存在する。
これらの上質なデータを数多く読み込ませ、AIが総合的に判断する。各ファクターには関連性があり、例えば「データAとデータBが合致すると1着になる確率が高い」というように、AIは判断する。
「こんなクラスターをたくさん見つけて、それをベースに予測する形が多いようです」と村井氏。
AIがよく用いる手法に予測勝率、3着率の算出がある。出走全馬の勝率と複勝率をはっきり数字で表すのだ。人気どおりの予想になることもあるが、実際のオッズと比較することで妙味が生まれる。
人間と違ってAIには思い入れも、焦りやプレッシャーもない。"勝負手"という概念もなく、冷静に数字をはじき出す。ただし入力するデータが多ければいいというわけではないらしい。
「本来、AIに多くのデータを入れれば入れるほど予想の精度は上がるはずなのですが、現状、あまりたくさん読み込ませてしまうと逆に予想の柱がぼやけてしまい、成績が落ちるようです」
どの情報を重視させるかにAI開発者ごとの個性が出る。腕の見せどころというわけだ。
ほかにも厩舎(きゅうしゃ)コメントやパドック、返し馬を予想ファクターに加えようと努力している開発者も増えているそうだ。村井氏によると「パドック映像を解析して馬体はもちろん、歩幅や歩く速さを以前と比較判断しようと試みる方もいる」という。
さらに降雨による馬場の急変、トラックバイアスの変化など、レース直前の予想ファクターは多い。AI競馬予想マスターズのルール上では発走3分前が締め切りだが、普段は締め切り1分前のオッズを取得し、残り30秒でベットするシステムを組んでいる開発者が多いようだ。
なお、今大会ではAIがほかのAIにのっかるという不正を防ぐため、参加AIの買い目は締め切り後の発走時刻に公開される。
■AI予想の説得力
もうひとつ気になるのがAIの"見解"だ。囲碁のAIは局面ごとの最善手は示してくれるが、その理由を教えてはくれない。いわば「俺の背中についてこい」タイプだ。競馬AIも見解を言語化してはくれないのか?
「中にはそこを頑張っている方もいます。単純に数字だけだと、馬券購入者の納得感につながりませんから」
実は大会主催のネットドリーマーズでも競馬AIを開発し、netkeiba上に予想を公開しているという。その名も「Aiエスケープ」。文字どおり逃げ馬を割り出し、展開を推測、それを予想の柱とする独自のコンセプトだ。村井氏は同社のエンジニアである高橋拓也氏と共にこの開発に携わっている。
「逃げ馬によってペースが変わります。各馬の脚質を考慮に入れ、ペースが速いか遅いかを予測する。ほかのAIとの差異化を図り、netkeibaで作成したタイム指数を用いているのも特徴です」
レース後、展開を勝因・敗因にする騎手も多い。スタート後の位置取り、ほかの馬との駆け引き、仕掛けるタイミング、最終コーナーでの位置、展開を完璧に予測できれば、大きな武器になることは必定だ。何よりユーザーに納得感を与えられる。
「展開、ペースを7段階に分けて読者に示しています。7、8割はこのとおりになるので、ペースに関してはけっこう当てているかと」と村井氏は胸を張る。
「ペースが遅くても瞬発力のある馬なら後ろからでも届いてしまうし、逃げ馬が恵まれても自身の脚力がなければほかの馬に捕まってしまう。ペースの予測だけでは限界があるので、特徴量(対象データの特徴を表した数値)も読み込ませて各馬の総合的な指数、強さを割り出すことが大切。われわれ開発者もそのあたりに苦心しています」
■競馬予想AIの未来
ここまでくると競馬予想AIはすでにわれわれ人間を凌駕(りょうが)したかのように思える。果たしてAI予想にはどんな未来が待っているのだろうか?
「これからはAI同士の戦いになっていくのではないかと思っています」と村井氏は断言する。
「人間に関しては目先の当たり外れで儲かることはあっても、同じやり方をしている限りはAIのほうが強いと思います。AIはこのレースだったら1万円、こちらだったら10万円と、そのへんの判断もできる。トータルで考えるとAIのほうが強くなっていくはずです」
また、AIがトータルで人間より強い理由はもうひとつあるという。
「人間は馬券が外れ続けるとどれだけ自分の予想に理念、自信があってもどこかで心が折れてしまうことがある。一方、AIは淡々と予想をこなしていく(笑)」
進化を続けるAIなら5つのレースの1着を予想するWIN5でも真価を発揮できるのでは、と欲張りな筆者は思う。WIN5の払い戻しは最大6億円だ。そもそも企業が投資をして優れたAIを開発する未来があるのでは?
「おそらく投資という意味では、競馬は勝ちづらいと思います。投資するならやはり株式とかのほうが現実的じゃないですか」と村井氏は企業の参入に関しては否定的だ。
競馬にはオッズという厄介な存在がある。AIゆまのように当たり続けて評判になれば期待値、配当が下がってしまうというパラドックスに陥る。皮肉にも、優秀であるがゆえにAI自身を苦しめる結果になるのだ。
「AIに求めるものはどうしても精度だけになりがちなのですが、当たり外れだけでは長続きしない。AIと予想を楽しんだという体験をしていただくことをわれわれは心がけています。AI競馬予想マスターズにはおそらく最も感度が強い方たちが集まっているので、そういう方たちが楽しむ場として、これからも大会を続けていきたい」
すでに10月5日からAI競馬予想マスターズは始まっている。皆さんも競馬予想の新たな世界をのぞいてみては?