里崎智也さとざき・ともや
1976年5月20日生まれ、徳島県出身。鳴門工(現鳴門渦潮)、帝京大を経て1998年のドラフト2位でロッテに入団。正捕手として2005年のリーグ優勝と日本一、2010年の日本一に導いた。日本代表としても、2006年WBCの優勝に貢献し、2008年の北京五輪に出場。2014年に現役を引退したあとは解説者のほか、YouTubeチャンネルなど幅広く活躍している。
公式YouTubeチャンネル『Satozaki Channel』
里崎智也×五十嵐亮太のライフハックベースボール! 日本を代表するレジェンドプレイヤーの2人が、野球からの学びをライフハックに翻訳、「生き抜く知恵」を惜しげもなく大公開。連載の第26回では、「正義」に関する考え方に迫ります!
――前回までは「努力」について伺ってきました。今回は「正義」についてお尋ねしたいと思います。仮面ライダーやウルトラマンなどの正義のヒーローに夢中になった子ども時代を経て、大人になった今、あらためて「正義とは何か?」を考えたいと思います。時代によっても、国によっても「正義と悪」の捉え方は異なります。お2人の考えを聞かせてください。
五十嵐 「正義」って、とても難しいですよね。自分にとっての正義が、他の人にとっては必ずしもそうではない。だから人間関係のトラブルが起きたり、国家間では戦争が起こったりするわけだから。いちばん怖いのは「正義の勘違い」だと思いますね。
里崎 YouTubeでも「私人逮捕」とか話題になったけど、「正義」の名の下で、それを振りかざすことはめちゃくちゃ危険だよね。まず、僕が考える「正義」の定義はシンプルなもので、「法律を犯さない範囲内で、僕自身が正しいと思ったこと」。これが正義ですね。でも、大切なのは、「里崎の正義」を他人に押しつけることはしない。その代わり、それを否定されることもイヤだけど。
五十嵐 それはわかいやすい定義ですね。でも、例えばその「里崎の正義」が、「五十嵐の正義」と食い違った場合は、どうするんですか?
里崎 今も言ったみたいに、「里崎の正義」を亮太に押しつけることはしないし、逆に「五十嵐の正義」を押しつけられても相手にしないから、別に何も問題はない。気にも留めないし、僕にとっては何も関係がないかな。
五十嵐 僕らの正義って、『ゴレンジャー』のような戦隊モノがあって、『ウルトラマン』とか『仮面ライダー』とか、明確な「悪」を倒すというところからスタートしているじゃないですか。でも、現実の世の中はそこまで明確な「悪」があるわけじゃないし、同じ人物でも、この人にとっては「善」だけど、別の人にとっては「悪」ということもあるわけだから、一方的に「善だ、悪だ」とは言い切れないですからね。
里崎 だから、まずは「自分なりの正義」をしっかりと持つことが大切になるんじゃないのかな? そして、その正義を他人に押しつけない。押しつけられたら毅然とスルーする。それだけでも、かなり生きやすくなる気がするけどね。
五十嵐 「正義」といえば、個人的にすごく忘れられない経験があるんです。あるとき、2人の子どもが泣いている場面に遭遇しました。で、そのそばには男がひとり。その姿を見て、ちょっと違和感を覚えたんです。親に怒られているようにも見えるし、変な大人に絡まれているようにも見えたから。
里崎 それで、亮太はどうしたの?
五十嵐 時間があったので、「ちょっと様子を見てみよう」と、離れたところから見ていたんです。すると、僕と同じように異変を察した人がすぐに子どもの下に近づいて、「どうしたの?」と声をかけた。そして、その大人に対して「お子さんですか?」と尋ねた。すると、その男は「違うよ」とろれつが回らない様子で答えていました。結果的に、その子どもたちは酔っ払いに絡まれていたんです。それで、「何かあったら大変だ」と思って僕も駆けつけたんです。
里崎 亮太も駆けつけたんだ。偉いね。
五十嵐 いや、僕は子どもたちに声をかける勇気がなかった。遠くから様子を見た自分、声をかけられなかった自分を考えると、「オレは守りに入っていたなぁ」と。そう思うと同時に、最初に声をかけた人は正義感にあふれた人だと思うし、守りに入った自分には正義感がなかった。別に「ヒーローになりたい」とは思っていないけど、「あぁ、オレはヒーローにはなれないな」と思いましたね。
里崎 でも、見て見ぬふりして立ち去ることなく、異変を察してその場に残ったこともそうだし、2番目とはいえ、最初に声をかけた人のために加勢したわけだし、亮太は亮太なりの正義を貫いたと言えるんじゃないの?
五十嵐 さっきも言ったように、声をかける勇気がなかったし、「守りに入った」のは確かだし......。やっぱり、もしも何かがあった場合、とっさに声をかけられるかどうかというのが大切になるじゃないですか。とっさに行動できる人、遠くから見守る人、そこにはとても大きな差があると思いますね。
里崎 でも、とっさに行動した結果、相手に攻撃されることも起こりうるでしょ。新幹線車内でも、そういう事件があったし、亮太の取った行動は冷静で、慎重な判断としてアリだと思うけど。
五十嵐 サトさんだったら、このシチュエーションでどんな行動をとりました?
里崎 僕なら行かない。まず、メディアに出ている人間として、トラブルに見舞われた場合のことを考えたら、むやみな行動はとるべきじゃないと思うから。顔を出して活動している以上、一歩間違えたら一部だけを切り取られてこちらが加害者になってしまう可能性もある。攻撃されることによる生命的なリスク、仕事を失ってしまう社会的リスク。そうしたことを考えると、とっさの行動はできないな。
五十嵐 僕はたまたま次の予定がなかったら、その場にとどまったけど、もし仕事の予定があったら、そのまま通り過ぎたかもしれない。そう考えると、僕もサトさんと同じ立場をとったと思いますね。サトさんのようなリスク管理って、本当にキャッチャーっぽい気がします。そう考えると、子どもの頃のようにシンプルに「オレがヒーローになる」と行動を起こすほど単純なものではないし、サトさんのようにきちんとリスクを理解した上で行動を起こすというのが、大人にとっての「正義」なのかもしれないですね。
里崎 そのやりとりを、通りすがりの誰かが動画で撮影していてSNSに拡散する。「どうやら里崎が酔っ払いと揉めているようだぞ」と話題になり、止めに入っていたはずの僕が悪者になって世間に広まってしまう......。そういうことをついつい考えてしまうし、むしろ考えて行動したほうがいいと思うけどね。
五十嵐 本当にその通りだけど、いざ突発的なアクシデントがあったときにそこまで冷静になれるかどうか......。そして、冷静に行動した結果、例えば今回の例でいえば子どもに何か問題が起きたとしたら、ずっと後まで後悔しそうで。ますます「正義」というものがわからなくなりますね。
里崎 電車の中での痴漢もそうだけど、正義感から助けに入ったつもりが、結果的に冤罪に巻き込まれる可能性もある。だから最初の話に戻るけど、そこでよりどころになるのが「自分の正義」をしっかり持つことじゃないのかな? 僕の場合でいえば、「法律を犯さない範囲内で、僕自身が正しいと思ったこと」をする。
五十嵐 そうなると、僕が挙げたケースでいえば「すぐに声をかける」「ちょっと様子を見る」、そして「そのまま立ち去る」など、いろいろな対応が考えられるけど、「まずは様子を見る」というのは、僕なりの「正義」だったのかな?
――「こうありたい」という理想の行動と、現実に即したリスク管理による慎重なアクションとの狭間で、自分はどうすべきなのか? あらためて「正義」について考えるきっかけとなりました。次回も引き続き、「正義」について伺いたいと思います。
里崎・五十嵐 次回もよろしくお願いします!
1976年5月20日生まれ、徳島県出身。鳴門工(現鳴門渦潮)、帝京大を経て1998年のドラフト2位でロッテに入団。正捕手として2005年のリーグ優勝と日本一、2010年の日本一に導いた。日本代表としても、2006年WBCの優勝に貢献し、2008年の北京五輪に出場。2014年に現役を引退したあとは解説者のほか、YouTubeチャンネルなど幅広く活躍している。
公式YouTubeチャンネル『Satozaki Channel』
1979年5月28日生まれ、北海道出身。1997年ドラフト2位でヤクルトに入団し、2004年には当時の日本人最速タイ記録となる158キロもマークするなど、リリーフとして活躍。その後、ニューヨーク・メッツなどMLBでもプレーし、帰国後はソフトバンクに入団。最後は古巣・ヤクルトで日米通算900試合登板を達成し、2020年シーズンをもって引退した。現在はスポーツコメンテーターや解説として活躍している。
1970年5月13日生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務を経て2003年にノンフィクションライターとなり、主に野球を中心に活動を続ける。05年よりプロ野球12球団すべてのファンクラブに入会し続ける、世界でただひとりの「12球団ファンクラブ評論家(R)」。主な著書に、『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間 完全版』(双葉文庫)、『基本は、真っ直ぐ──石川雅規42歳の肖像』(ベースボール・マガジン社)、『いつも、気づけば神宮に 東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』(集英社)、『中野ブロードウェイ物語』(亜紀書房)、『名将前夜 生涯一監督・野村克也の原点』(KADOKAWA)ほか多数。近刊は『大阪偕星学園キムチ部 素人高校生が漬物で全国制覇した成長の記録』(KADOKAWA)。日本文藝家協会会員。