競馬が好きで、よく馬券を買うという松田。写真は、取材で訪れた際の府中競馬場でのもの。今回は、世界的に市場規模が増えつつあるスポーツベッティングについて考察する 競馬が好きで、よく馬券を買うという松田。写真は、取材で訪れた際の府中競馬場でのもの。今回は、世界的に市場規模が増えつつあるスポーツベッティングについて考察する
私は競馬が好きで、G1といわれる大きなレースはよく馬券を買います。引退後は競馬番組に出演し生放送で馬券予想をすることもあれば、プライベートで競馬場に行って観戦することもあります。競馬は大きなレースになれば10万人以上の観客が会場に集まることもあるのですが、競馬観戦するたびに、これだけの大観衆の中でレースができたら気持ちいいだろうなと羨ましく思います。

競馬も競泳もレースの中で速さを競うことは同じですが、大きな違いとして挙げられるのは、競馬は公営ギャンブルとして賭けの対象になっていることです。観客はレース結果を予想して馬券を買うことで、レースに直接的な利害関係が生まれます。私も馬券を買っているかどうかで当然ながらレースへの熱狂具合は全然違います。

日本では公営ギャンブル(競馬、競輪、ボートレース、オートレース)以外のベッティングは法律で禁止されています。他方、世界ではスポーツベッティングの市場が急拡大していて、アメリカでは2022年の市場規模が12兆円を超えたといわれています。その中で、日本のスポーツに対する世界からのベッティングが進んでおり、日本を含め世界からの賭け金総額は5兆円にも上るとの試算が出ています(※①) 。また、日本居住者による海外サイトを利用した違法なベッティングも増えており、その金額は甚大な規模にのぼると言われています。これらの賭け金について、日本のスポーツ界への還元はなされておらず、大きな逸失利益になっており、政府も無視できない規模になってきています。また、一部の海外スポーツベッティングサイトでは、日本のスポーツ界や選手の肖像権や試合データなどの権利が侵害されている状況です。

※①)一般財団法人スポーツエコシステム推進協議会(2022 年4月)「スポーツDX ファクトブック」15頁(https://council-sep.org/resource/pdf/documents/share/bc080a09ec684cff1b2c61da6c4d3076.pdf)。

パリ五輪で認められた、スポーツベッティングサイトの一例 パリ五輪で認められた、スポーツベッティングサイトの一例
スポーツベッティングはパリ五輪でも公式に実施されるに至りました。その建て付けをご紹介します (※②)

(※②)以下、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業の稲垣弘則弁護士が執筆された「諸外国の権利ビジネスの在り方と直近の課題」(NBL1274号58頁以下)を引用又は参考にさせていただいています。

フランスではスポーツ法によって、スポーツ連盟及びその連盟から委任を受けたイベント主催者が自ら主催した試合、大会等のスポーツイベントを独占的に利用する権利が「主催権」として明文化されています。主催権の内容は放映権、スポンサーシップ及びチケットに関する権利、商品化権、データ及びスポーツベッティングに関する権利等が含まれています。主催権はフランス国内のスポーツ連盟等に対して認められている権利ですので、国際スポーツ大会がフランスで開催される場合に、当該大会を主催する国際スポーツ連盟等に対してスポーツ法上の主催権が認められるかは解釈上明確ではありません。

そこでフランスでは、パリ五輪開催に向けて2018年にオリンピック・パラリンピック競技大会の組織に関する法律が制定され、国際オリンピック委員会(IOC)とパリ2024オリンピック・パラリンピック大会組織委員会(パリ2024大会組織委員会)をフランスのスポーツ法上の主催者として承認し、IOC及びパリ2024大会組織委員会に主催権を認めました。そのため法制度上、IOCとパリ2024大会組織委員会が、パリ五輪におけるスポーツベッティングの収益を受ける権利を取得することになったのです。

実際に、フランス政府機関のAutorite Nationale des Jeux(ANJ)からライセンスを受けた18の事業者によって、正式にパリ五輪を対象としたスポーツベッティングサービスが提供されました。ANJは、オリンピックで実施される32競技のうち、ブレイキン、スケートボード、サーフィン、水泳のアーティスティックスイミングと飛び込み、体操の新体操とトランポリン、馬術の馬場馬術と総合馬術を除くすべての競技に対するライセンス申請を受領し、上記以外の競技はすべてベッティングの対象になりました。フランスが五輪開催という機会を活用し、自分たちの国、業界へのメリットを最大化するため、法改正にも着手して公式にIOCや組織委員会に主催権を認め、オリンピックにおける権利ビジネスの素地を作ったことは日本も学ぶべき点だと思います。

写真はパリ五輪時の街の様子。フランスが五輪開催という機会を活用し、スポーツベッティングによって生まれる利益を自国、業界へ還元するために法改正をしてビジネスの素地を作ったことについては、日本も見習うべき点があるのではないかと松田は説く 写真はパリ五輪時の街の様子。フランスが五輪開催という機会を活用し、スポーツベッティングによって生まれる利益を自国、業界へ還元するために法改正をしてビジネスの素地を作ったことについては、日本も見習うべき点があるのではないかと松田は説く
このように、世界では、スポーツベッティングの市場が急速に拡大している中で、日本はどうしたら良いのでしょうか。現在の日本ではスポーツベッティングは違法です。しかし、日本でも近しい合法の制度があるのです。それが「スポーツくじ」です。

スポーツくじの2023年度の売上は1203億円と公表されています(その中でtotoやWinerなど、サッカーやバスケットボールの勝敗やスコアを予想するくじの2023年度の売上は114億円)。これらのスポーツくじの実施により得られた収益を財源として、スポーツ振興くじ助成がスポーツ団体や地域、選手へと循環しています。実際私も、現役中にはこの助成の恩恵を大会遠征時やトレーニング施設利用時、強化費等を通して受けています。

私は、諸外国におけるスポーツベッティング市場の急速な拡大の流れの中で、これを参考にしつつ、違法市場との闘いという視点を持って日本の「スポーツくじ」の市場を大きく拡大することが日本のスポーツ界の新たな財源となり、資金循環につながるエコシステムを構築する可能性がある、と期待を寄せています。

スポーツくじとベッティングの違いはいくつかありますが、大きいところではスポーツくじは宝くじの延長線上にあり、予想する範囲が限定的ということです。現在スポーツベッティングでは、勝敗やスコアだけでなく、特定の選手のパフォーマンスに賭けたり、試合中の特定のシーンに賭けられたりするインプレイ・ベッティングと言われるものもあり、賭け方やオッズが多様です。インプレイ・ベッティングの人気上昇とともに、視聴者や視聴時間が拡大し放映権料も急上昇していて、選手やチームのデータ・コンテンツも更に価値が増しているという側面もあります。

一方で、八百長や選手・チームに対する誹謗中傷、大谷翔平選手の元通訳・水原一平氏の件でも話題となった依存症など、対策すべき課題が多くあるのも事実です。しかし私は、世界でスポーツベッティング市場が急速に拡大し、日本でも既に巨額の違法市場が拡がっている中で、「リスクがあるから」と日本でスポーツくじの拡大を検討しない状況が続くならば、いつまでも違法市場が潤うばかりで、本来恩恵を受けるべき日本のスポーツ界やアスリートに還元されないと考えています。

交通事故が危険だから車の運転をやめましょう、とはならないように、リスクを理解し、権利を明確化し、事前の予防・防御策を徹底することで、交通ルール同様に日本国内でも現状に合ったルール作りを進めることができるはずです。フランスのように、スポーツ団体に還元する仕組みを主催権で作りつつ、スポーツくじを大きく拡大することが、我々スポーツ界の価値を最大化すると共に大きな財源を生み出し、これが次世代の育成やトップチームの強化・地域振興に使えるようになることを大きく期待しています。

松田丈志

松田丈志Takeshi MATSUDA

宮崎県延岡市出身。1984年6月23日生まれ。4歳で水泳を始め、久世由美子コーチ指導のもと実力を伸ばし、長きにわたり競泳日本代表として活躍。数多くの世界大会でメダルを獲得した。五輪には2004年アテネ大会より4大会連続出場し、4つのメダルを獲得。12年ロンドン大会では競泳日本代表チームのキャプテンを務め、出場した400mメドレーリレー後の「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」の言葉がその年の新語・流行語大賞のトップテンにもノミネートされた。32歳で出場した16年リオデジャネイロ大会では、日本競泳界最年長でのオリンピック出場・メダル獲得の記録をつくった。同年の国体を最後に28年の競技生活を引退。現在はスポーツの普及・発展に向けた活動を中心に、スポーツジャーナリストとしても活躍中。主な役職に日本水泳連盟アスリート委員、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)アスリート委員、JOC理事・アスリート委員長、日本サーフィン連盟理事など

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