TWBC世界フライ級王者となった寺地拳四朗 TWBC世界フライ級王者となった寺地拳四朗
有明アリーナで10月13日にWBC世界フライ級王座決定戦に挑んだ寺地拳四朗(てらじ・けんしろう)は、元WBC世界フライ級王者のクリストファー・ロサレス(ニカラグア)にTKO勝利を収めた。2階級制覇を果たした拳四朗がその先に見据えている目標は何なのか? 試合の翌日に話を聞いた。

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■試合前は緊張したしメッチャ不安でした

2024年10月13日と14日、東京・有明アリーナで開催されたボクシングの2日間連続興行「Prime Video Boxing 10」のDAY1(初日)。WBA、WBCふたつのライトフライ級王座を返上して階級を上げ、WBC世界フライ級王座決定戦に挑んだ寺地拳四朗は、同級2位で元WBC世界フライ級王者のクリストファー・ロサレス(ニカラグア)に11ラウンド6秒TKOで勝利し、2階級制覇した。

フライ級転向で心機一転、入場曲もアニメ『北斗の拳』の主題歌『愛をとりもどせ!!』から『TOUGH BOY』(『北斗の拳2』)に変更。第2章の始まりを強く印象づけた拳四朗に試合翌日、独占インタビュー。試合の振り返りや今後のプランを聞いた。

「今回の試合は、相手の特徴を研究して具体的な対策を立てることよりも、試合中に起きる変化に応じて、相手と向き合ったときの自分自身の感覚をより優先して対応するボクシングをテーマに挑みました。

今まではトレーナーの加藤(健太)さんに具体的な戦略を立ててもらい、試合中も指示を忠実に実行するだけでした。これまでは『加藤さんに言われたとおり戦えば絶対に勝てる』という安心感があったので、今回の試合前は緊張したし、メッチャ不安でした。『自分、どんな戦い方をするんやろな』みたいな。

(ロサレスとの)リーチ差は17㎝ありましたが、もともと腕の長さで距離を探るボクシングではなくて、足の位置、ポジショニングで対応するスタイルなので気になりませんでした。

相手の顔を突き上げる、体を浮かせるような力強いジャブを心がけて練習してきました。タイミング良く打つことができたし、力強い左リードジャブが打てたおかげで、右のストレートも上下に打ち分けながら効果的に出せました。体重差やパワーの差も感じなかったので、フライ級は自分にはすごく合っている階級なのかなと思いました」

拳四朗のパワフルな攻撃を浴び続けたロサレスは鼻骨骨折 拳四朗のパワフルな攻撃を浴び続けたロサレスは鼻骨骨折
拳四朗の言葉どおり、試合を終始支配した。

3ラウンド、強烈な右カウンターをアゴにヒットさせてグラつかせると、以降も左リードジャブでロサレスの体勢を崩し、面白いように返しのストレートをヒットさせた。

中盤以降、鼻血が止まらなくなったロサレスを見てドクターは危険と判断し、それを確認したレフェリーは11ラウンド開始早々に両手を振って試合を止めた。ダウンこそ奪えなかったものの、誰の目にも明らかな完勝だった。
鼻骨を骨折し、おびただしい出血を見たレフェリーは11ラウンド開始早々に試合をストップした 鼻骨を骨折し、おびただしい出血を見たレフェリーは11ラウンド開始早々に試合をストップした

「最近は限界を感じていた部分もあったので、ボクサーとしてまだまだ成長できると思えたことはうれしかったですね。

最初は不安でしたが、試合が進むにつれて気持ちも落ち着いていきました。10、11ラウンドでは、ラッシュを仕掛ければ倒せるかなと思った場面もありました。『いったろうか!』とよぎったりもしましたが、無理にいかんでもいいかなと気持ちを抑えました。

倒し倒されの殴り合いをすることよりも、最後まで冷静に勝つことをテーマに、ブレずにやりきる。そう決めてリングに上がりました。倒すためのアクションは起こしても、過度な期待はしない。

相手に対しての具体的なプランを決めなかったことで、逆に増やした技術の引き出しをたくさん開けることもできました。

試合が終わってダメージが少ないとやっぱいいですね。フライ級転向初戦に勝利したことはもちろんですが、自信を取り戻せたという意味でも大きな転換点になりました」

■拳四朗の感覚に任せる場面が増えた

フライ級転向初戦で完勝し、2階級制覇を達成した拳四朗。しかし前戦、今年1月のカルロス・カニサレス(ベネズエラ)戦では、顔中あざだらけになる苦戦を強いられる薄氷の判定勝利(2-0)だった。

プロ唯一の敗戦となった矢吹正道戦以降、ステップワークを駆使したアウトボクシングスタイルから、「肉を切らせて骨を断つ」という言葉で表現されるような激しい殴り合いを繰り広げて勝利を積み上げた。

しかしカニサレス戦の苦闘を見たファンや関係者からは、ダメージ蓄積の不安や32歳という年齢から、限界なのではないかとの声も少なからず聞こえてきた。

控室で自らに気合いを入れる拳四朗。出番が近づくにつれ引き締まっていく表情が印象的だった 控室で自らに気合いを入れる拳四朗。出番が近づくにつれ引き締まっていく表情が印象的だった
試合後は慢性的に痛みの生じていた右拳(こぶし)を手術。フライ級転向を発表したものの、休養している間にWBA王者のユーリ阿久井政悟(あくい・せいご 倉敷守安)、トニーことWBO王者アンソニー・オラスクアガ(米国/帝拳)に注目が集まるようになっていた。

しかし今回、元世界王者の強豪ロサレス相手に見事なパフォーマンスを発揮して勝利し、フライ級戦線でも主役であることを存分にアピールした。

拳四朗が「加藤さんに言われたとおり戦えば絶対に勝てる」と絶大な信頼を置く陣営の参謀、長年コンビを組む三迫(みさこ)ジムの加藤健太トレーナーは、フライ級転向初戦の完勝についてこう答えた。

試合直前、ミットを構えて拳四朗のパンチを受ける加藤健太トレーナー(右)。世界戦6試合目からはチーフとしてセコンドにつくなど、チーム拳四朗にとって欠かせない参謀だ 試合直前、ミットを構えて拳四朗のパンチを受ける加藤健太トレーナー(右)。世界戦6試合目からはチーフとしてセコンドにつくなど、チーム拳四朗にとって欠かせない参謀だ
「右拳の手術をしたことで、結果的に試合間隔が空きました。それが良かったのかなと思います。

17年5月に初めて世界チャンピオンになってから、コンスタントに試合を決めていただけました。ありがたい半面、自分自身も含めて、個々の相手に対する対策を考えることで精いっぱいになってしまい、拳四朗のボクサーとしての成長に向き合える時間はなかなか取れませんでした。なので、拳の手術による休養は、拳四朗にとっては必要な時間だったと思います。

最近は自分からの指示を減らして、拳四朗の感性を信じるようにしています。

拳四朗は『ここで攻めろ!』と指示すればそのとおり動いてくれます。でも本人はまだ攻める距離感ではないと感じているかもしれない。拳四朗は自分の感性を、どこかで抑えてボクシングをしていた部分もあるのではないか。トレーナーである自分が指示を出してそのとおり動くことで考えなくなってしまい、アイデアも生まれなくなってしまっているのではないかと反省した部分もありました。

もちろん指示は最善の判断と思い伝えていますが、意外と拳四朗の感性を信じたほうがうまくいくこともあって、それが今回の試合ではより見えました。あれこれ言わず、拳四朗の感覚に任せたほうがうまくいく場面が増えてきたことは、すごく良い状況だととらえています。

年齢的にも終わりを示唆するような発言も聞こえてきましたが、自分から見れば伸び代だらけです。スパーリングではできても試合では出せていない技術もありますし、今回の試合を踏まえて修正すべき点もあります。拳四朗はまだまだ強くなれるのに、『何言っているの』という感じです」


■4団体統一以上に大切にしたいもの

拳四朗がフライ級で目指すのは、ライトフライ時代は階級最強と評価されながらも機会に恵まれなかった4団体統一王者になることだ。

前述したようにWBA王者はユーリ阿久井政悟、WBO王者はトニーと国内ジム所属選手で、両者とも拳四朗との対戦には前向きな姿勢を示している。IBFフライ級の現王者であり8月にタイトル獲得したアンヘル・アヤラ(メキシコ)の動向は気になるが、マッチメークに関しても、ライトフライ級時代よりも良い風が吹いているように思えた。

目標達成のために必要なこと、大切にしたいことは何かを拳四朗に聞いた。

「周りの声や評価に左右されず、ブレずに信じた道を突き進むこと、より自分自身でボクシングについて考えることかなと思います。

これまでは加藤さんから指示されたとおりやればいいと思って戦ってきましたが、頼ってばかりいてはさらに成長することはできない。加藤さんからも『その場その場で判断するのは、セコンドにいる自分ではなくて、リングで戦う拳四朗であるべき』とよく言われます。

『リングの上で、自分で考えて判断できるようになるためには、人間的にも成長していかなければいけない。自分自身の人間的な成長を表現するのがボクシング』と教えていただきました。

ボクシングについてより深く考えられるようになるためには、自分の人生に照らし合わせて、もっと考えられるようにならなければいけないですね。

プロボクサーとしては4団体統一を目標に取り組んでいます。でも現役を終えるとき、いま以上に自分自身と向き合えるような人間になれていたら、長く現役を続けたことの意味や価値も、本当の意味で理解できるのかなと思っています」

あふれんばかりの才能を持つ一方、かつてはどこか受動的に取り組んでいた拳四朗は苦しい時期を乗り越えたことで、ボクシングを自身の人生と照らし合わせて考えるようになった。フライ級転向で始まったボクシング人生の第2章。TOUGH BOY拳四朗はどんな戦い、そしてどんな成長を見せてくれるのか注目したい。

拳四朗は終始笑顔でインタビューに答えた。この後、近所にあるお気に入りのベーカリーに向かった 拳四朗は終始笑顔でインタビューに答えた。この後、近所にあるお気に入りのベーカリーに向かった
●寺地拳四朗(Kenshiro TERAJI) 
1992年生まれ、京都府出身。B.M.Bボクシングジム所属。2014年プロデビューし6戦目で日本王座、8戦目で東洋太平洋王座を獲得し、17年、10戦目でWBC世界ライトフライ級王座獲得。以降、東京での練習拠点を三迫ジムに置き、加藤健太トレーナーとコンビを組むように。8度の防衛に成功し、9戦目で矢吹正道に敗れ王座陥落するも、翌22年の再戦で王座奪還。同年11月には京口紘人に勝利しWBA王座も獲得して2団体王者に。今年7月、フライ級転向を発表し王座返上。今月13日、WBC世界フライ級王座決定戦に勝利し、ライトフライ級に続く2階級制覇を達成した。通算戦績25戦24勝(15KO)1敗。

会津泰成

会津泰成あいず・やすなり

1970年生まれ、長野県出身。93年、FBS福岡放送にアナウンサーとして入社し、プロ野球、Jリーグなどスポーツ中継を担当。99年に退社し、ライター、放送作家に転身。東北楽天イーグルスの創設元年を追った漫画『ルーキー野球団』(週刊ヤングジャンプ連載)の原作を担当。主な著書に『マスクごしに見たメジャー 城島健司大リーグ挑戦日記』(集英社)、『歌舞伎の童「中村獅童」という生きかた』(講談社)、『不器用なドリブラー』(集英社クリエイティブ)など。

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