先のパリ五輪では、正式にオリンピック競技がスポーツベッティングの対象となり、その収益がスポーツ団体側に還元される仕組みがとられた。前回に続き、世界のスポーツくじ・スポーツベッティング市場拡大の流れから、日本のスポーツ界に提言する 先のパリ五輪では、正式にオリンピック競技がスポーツベッティングの対象となり、その収益がスポーツ団体側に還元される仕組みがとられた。前回に続き、世界のスポーツくじ・スポーツベッティング市場拡大の流れから、日本のスポーツ界に提言する
前回に続き、世界のスポーツくじ・スポーツベッティング市場拡大の流れから、日本のスポーツ界が今後どうあるべきかを考えていきたいと思います。

日本にすでにあるスポーツくじを大きく拡大することで、スポーツ界の価値を最大化すると共に大きな財源を生み出し、これが次世代の育成やトップチームの強化・地域振興に使えるようになると私は考えています。スポーツ界が自ら「稼げる」業界になっていけば、スポーツを「する、みる、支える」そのすべてにもっと人材が集まる流れが生まれ、業界として発展できる可能性があります。

では具体的に、日本でスポーツくじの拡大を進めていくにはどうしたら良いのでしょうか。単純な市場規模では日本は世界から遅れをとっていますので、世界各国の事例を参考にしながら現在の日本に最適なルールづくりをする、ということがまず考えられます。そしてこのルール作りは、すでに存在する違法市場との闘いでもあると考えています。違法市場にお金が流れている現状、そしてアスリートやスポーツチームの権利が侵害されている現状に対して、ルールを作って適正に運営し、合法市場の魅力を高めながら市場を拡大していくことが必要となります。

そのためには、まずは諸外国の事例を参考にする必要がありますが、私が注目しているのは台湾のスポーツくじの制度です。私は、台湾のスポーツくじの制度には、参考になるいくつかのポイントがあると考えています 。

まず、民間企業に対するライセンス制です。諸外国のスポーツくじ・スポーツベッティングの制度では、国や国の機関が独占していた事業運営を民間事業者に移行することが進んでいます。台湾においても、台湾スポーツくじ所管官庁である教育部から民間企業にライセンスが付与されています。政府が設立した組織の場合は、人的リソースの問題等スポーツくじ運営の十分な体制を確保することができないなどの理由から、民間事業者にライセンスが付与されているようです。

松田がよくたしなむ競馬の還元率は75%。現在の日本のスポーツくじの還元率は50%で、将来的には還元率についても議論していく必要があるのではないかと語る 松田がよくたしなむ競馬の還元率は75%。現在の日本のスポーツくじの還元率は50%で、将来的には還元率についても議論していく必要があるのではないかと語る
次に、還元率もポイントになると考えられます。公営ギャンブルでは、収益の一部が公共事業やスポーツ振興に充てられるため、還元率の設定は社会的意義と収益のバランスを考慮してなされます。日本の公営ギャンブルや宝くじの還元率は、競馬が約75%、宝くじが約45%、スポーツくじが約50%となっています。

台湾では法令上、還元率が78%以下と定められています。台湾のスポーツくじオペレーターによれば、台湾違法市場の拡大に対抗する観点からは払戻率78%が限界値であり、78%を下回る払戻率では商品として魅力が低下し、現在の市場を維持できなくなると考えているとのことですが、日本においても今後、違法市場との闘いを見据える上では、還元率に関する法改正も議論していく必要があるでしょう。

このように、台湾のスポーツくじの制度は今後の日本のスポーツくじの拡大を進める上で大変参考になると考えていますが、加えて私は、運営者側の収益から「公共事業やスポーツ振興へ使われる割合」も重要なポイントだと考えています。パリオリンピックでは、主催権が認められたパリ五輪組織委員会に対して収益の一定割合の直接還元があったといわれています。アメリカでも、NBAやMLBでは直接還元がなされているといわれています。一旦税金として徴収され、その後政府によってスポーツ振興に使われる場合もありますが、この場合は政府の方針にも左右されますから、継続的なスポーツ振興を実現するためには、フランスのようにスポーツチームや団体の主催権を確立し、直接還元するシステムを作ることも一案であると考えます。

諸外国のスポーツベッティングについては、EU諸国で条約に基づく八百長、腐敗等への対策が進められている 諸外国のスポーツベッティングについては、EU諸国で条約に基づく八百長、腐敗等への対策が進められている

一方で、台湾のスポーツくじや諸外国で進むスポーツベッティングには、試合の不正操作(八百長)、依存症、選手への誹謗中傷など、対応すべき課題が多々あります。試合の不正操作はスポーツの公正性を損ない、ファンやスポンサーの信頼を失いますから、絶対にあってはなりません。EU諸国では条約で試合の不正操作について規定し、刑事罰化も進んでいる中で、今後、日本がスポーツくじを拡大する上で、不正操作のリスクに対する対策は不可避であると考えています。

依存症対策の各国の事例としては、依存症と診断された個人からのアクセス制限や購入金額の上限の設定、依存症の治療と支援を行なう団体もあります。また、誹謗中傷対策では人工知能(AI)の活用も進んでいます。IOCはパリ2024オリンピックにおいて、AIを活用した誹謗中傷対策システムを導入しました。AIによるリアルタイム監視によって、大会期間中、35以上の言語に対応し、2,400万件のSNS投稿を分析、そのうち、約15万2,000件を「潜在的な中傷」と判定し、1万200件以上を実際の「中傷投稿」として確認しました。それらの投稿は各SNSプラットフォームに報告され、多くが選手に見られる前に削除されました。これらの作業を人海戦術で進めるのには限界があり、AIの活用は今後も進められていくことと思います。

以上のように、スポーツくじ拡大のためには、台湾のスポーツくじの法制度やフランスの主催権の制度など、諸外国の法制度を参考にして、日本の文化に即した適切な制度をつくっていくことが重要です。スポーツ界だけで解決できる課題ではないだけに、スポーツ団体、民間企業、政府機関との連携を強化し、「稼げるスポーツ界」を実現したいと考えています。

松田丈志

松田丈志Takeshi MATSUDA

宮崎県延岡市出身。1984年6月23日生まれ。4歳で水泳を始め、久世由美子コーチ指導のもと実力を伸ばし、長きにわたり競泳日本代表として活躍。数多くの世界大会でメダルを獲得した。五輪には2004年アテネ大会より4大会連続出場し、4つのメダルを獲得。12年ロンドン大会では競泳日本代表チームのキャプテンを務め、出場した400mメドレーリレー後の「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」の言葉がその年の新語・流行語大賞のトップテンにもノミネートされた。32歳で出場した16年リオデジャネイロ大会では、日本競泳界最年長でのオリンピック出場・メダル獲得の記録をつくった。同年の国体を最後に28年の競技生活を引退。現在はスポーツの普及・発展に向けた活動を中心に、スポーツジャーナリストとしても活躍中。主な役職に日本水泳連盟アスリート委員、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)アスリート委員、JOC理事・アスリート委員長、日本サーフィン連盟理事など

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