昨年優勝、今季は2位と好成績を残しながらも退いた岡田彰布前監督の後を継いだ藤川球児新監督。さまざまな不安要素も挙がっているけど、実際どうなの? 現状の好材料、不安材料を整理してみた。
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■指導経験なしは大丈夫なのか?
昨年は日本一。そして、今季はリーグ2位という輝かしい成績を残した名将・岡田彰布前監督の後を引き継いで、阪神の新監督に就任したのが藤川球児。チームは好成績を残していただけに、ファンからは不安の声も上がっている。あらためて、好材料や不安材料などを集めて藤川新監督の今後を展望してみよう。
まず、ファンが最も不安視しているのは指導経験がないこと。長年、阪神を取材する全国紙記者はこう語る。
「藤川監督は解説者として理路整然とした解説が評判になったように、しっかりとした野球理論の持ち主かつ、弁も立ち、自分の考えを伝える能力にも長(た)けています。
コーチではないですが、球団からは外で解説をしながら球団スタッフとしても動けるポジション『SA』(スペシャルアシスタント。後に、球団本部付スペシャルアシスタント)なる、珍しい役職を与えられていました。
本来、解説者の仕事は球団から離れてするものですが、両方してもいいよという許可を球団が特別に与えたようなもので、このときからすでに監督になるための英才教育が始まっていたんです。
SAとしては、ドミニカ共和国やアメリカで新外国人調査を担当したり、球団のドラフト戦略や育成などについても関与していました。なので、一概に指導経験がないから監督の資格もないと決めつけるのは違うかなと思います」
それには、こんな背景もあるという。
「金本知憲元監督の失敗から学んだことでもあるんです。金本監督も藤川監督同様、指導経験なしで引退から3年後にいきなり監督に就任。引退後は完全に球団から離れ、球団の外の人間として生活していました。
その間、試合に出ていない若手選手の成長などを見る機会もなく、経験のなさがモロに出てしまうところがあった。しかし、藤川監督は前述のようにチームや選手の状況など球団内部の人間として把握していますので、金本元監督のときとはまったく違います」
■コーチの声を聞き入れる姿勢
指導経験についてはそれほど気にならないということはわかったが、過去に投手出身で成功した監督には、野手出身の名ヘッドコーチがついてきたのが通例。しかし、藤川監督はヘッドコーチを置かずにスタートしたが、これは大丈夫なのか?
「各部門にチーフコーチを置いて、チーフコーチからの提言や報告を藤川監督と藤本敦士総合コーチが一緒に聞き、最終的な決断を藤川監督がするというスタイルのようです。
ヘッドコーチを置いた場合、各現場コーチの声をヘッドがまとめて、監督に進言するというスタイルが多いのですが、ヘッドを置かないことで監督が直接コーチから現場の様子や課題を聞けるというメリットがあります」
藤本総合コーチの役回りも鍵を握りそうだ。
「球団は過去にヘッドや監督をやった人を置くことも考えたと思います。しかし、そうなると経験のない藤川監督が萎縮する恐れがある。そこで、岡田野球をよく理解していて、藤川監督よりも前に出ない性格かつ話しやすい存在として、藤本コーチが抜擢(ばってき)されたんだと思います。
藤本コーチは誰からも慕われる評判のいい人です。もちろん厳しい意見も言いますが、基本はみんなの意見をよく聞くバランスタイプなので適役だと思います」
「チーフコーチに抜擢された主なコーチは、安藤優也投手チーフコーチと小谷野(こやの)栄一打撃チーフコーチ。
安藤コーチは岡田監督からも厚い信頼を得ていたので力量はまったく問題ありません。
小谷野コーチは藤川監督と同学年ということもあって古くから交流があったようです。オリックスの打撃コーチ時代には、紅林(くればやし/弘太郎)や太田(椋[りょう])を指導して育てていますので手腕は確かなもの。
それに、このままオリックスに残っていれば安泰だったところをあえて外に飛び出して阪神のコーチ就任。一から自分の力を試してみたいという気合いが感じられます」
コーチの意見が監督に反映されやすい体制の下、すでに直接提言が形になっているものもあるという。
「例えば、佐藤(輝明)の守備練習ですが、若手選手と一緒にノックを受けているとき、ほかの選手がやっている中でも佐藤だけ芝生にしゃがみ込んで休憩をとるんです。
実はこれ、佐藤について守備練習をしている田中秀太コーチの提案を監督が受け入れてやっていること。佐藤はずっと続けて練習すると集中力が持たなくなるから、休憩を挟みながらのほうが練習効果が上がると提案したようです。岡田監督の時代なら考えられなかったこと。岡田監督は休みながらなんて決して許していなかったはずです。
これは、いいほうに転がるか悪いほうに転がるか微妙です。いいほうに転がるとすれば、上からの押しつけという感じではなくなる分、若い選手は受け入れやすい可能性がある。また、任せられたコーチも発奮して頑張るでしょう。
一方で、成長過程の選手も多く、指導に当たる監督やコーチが厳しく導かないといけないという考えが岡田監督時代にはありました。コーチに任せてしまうことで厳しさがなくなっていったら、危ない傾向が出てくる可能性もあります」
■監督が直接指導する姿も
「気がついたところがあれば選手に声をかけたり、時には、身ぶり手ぶりを交えながら教えたりを頻繁にやっています。
監督の多くは選手をえこひいきしていると思われるのが嫌で、みんなが見ている前では直接指導しないのですが、藤川監督はあまり気にせず、気になった選手に声をかけて直接指導しています。
21年のドラフト1位で高卒入団した森木大智はフォームを崩して来季は育成契約となったんですが、そんな森木にも『すぐに良くならなくても頑張っていこう』と声をかけていたそうです。
やはり、自身もプロ入り後の5年間はなかなか結果が出せなかっただけに、若手に頑張ってほしいという気持ちが強いんだと思います」
こうした監督の優しい気遣いがいいほうに動いた例も。
「大山(悠輔)の残留ですね。阪神に残るか出るかで揺れていた当時に、くしくも森下(翔太)が侍ジャパンの4番として立つことに。あるインタビューで『来季の4番は森下ですか?』と聞かれた藤川監督が『いえ、大山がいますから』と即答したことが、大山にとって『うれしかったし、残留の決め手だった』と語っています。これには藤川監督もとにかくホッとしていると思います」
それでは最後に、気になるメンバー起用について。岡田監督は野手のメンバーを固定して戦ってきたが、藤川監督はどう予想される?
「藤川監督は『毎試合同じメンバーだと攻略されてしまうので、新しい戦力を発掘する必要がある』と語っていますが、これはすぐには難しいと思います。
現在の野手のレギュラーのレベルは相当高く、2番手との差はかなりあります。来季も岡田監督時代の固定メンバーからしばらくは変えずにやるでしょう。ただ、チームが低迷し始めたとき、どんな治療法や選手の入れ替えをやっていくのかは見ものです。
また、今は力量差があるので難しいですが、3年間の契約期間内には選手の入れ替えを必ず行なうでしょう。藤川監督が活躍し始めたのが高卒6年目。そのタイミングの選手や藤川監督がSAとしてドラフトで獲得に関わった選手が監督の目の前で活躍するという感動的なシーンも多く見られると思います」
まずは、1年目である来季の采配に注目だ。