2023年から町田を率いる黒田監督。かつては青森山田高校を指揮して全国屈指の強豪へと育て、Jリーグでも結果を出している
2024年、町田ゼルビアを率いた黒田 剛監督(54歳)は、Jリーグで最も話題になった人物と言える。
町田はJ2からの昇格クラブで、クラブ史上初のJ1挑戦だったにもかかわらず、最終節まで優勝を争った。何度も大番狂わせを演じ、3位と躍進したわけだが......。黒田監督がトピックスに上がったのは、采配への称賛以上に猛烈な批判を受けたからだ。
「スローインに時間をかけすぎ」
「プレーが荒っぽい」
「勝利のためには、なりふり構わない」
いわば〝ヒール〟だった。年間優秀監督賞の投票で、黒田監督は16票。6位だった東京ヴェルディの城福 浩監督が44票、16位だったアルビレックス新潟の松橋力蔵監督(現FC東京)が29票だったことを考えれば厳しい評価だ。
黒田監督はなぜ、悪役になってしまったのか?
黒田監督は、青森山田高校を強豪にした高校男子サッカー界の名将でもある。3度の全国高校サッカー選手権優勝。ロシアW杯日本代表の柴崎 岳(鹿島アントラーズ)のような人材も輩出している。そしてプロでも、一昨年に町田を率いてJ2で優勝し、J1で優勝争いと結果を出した。
そもそも、どんな人物なのか?
「とにかく『勝ちたい、勝たなければならない』という思いが強かったですね」
青森山田監督時代、黒田が語っていた言葉は、今のパーソナリティにも通じる。
「昔は素行が悪い子が多く、服装や頭髪も乱れていましたが、チームが強くなるにつれて、中学で1、2番手の選手が入ってくるようになった。それからは技術だけでなく、精神的に強い子を優先的にチームに入れるようになりました。
『サッカーで勝負したい。タイトルが欲しい』という気持ちが強ければ、たいていのことは我慢できる。そういう子はうまくなるんです」
黒田監督は町田でも、選手に規律正しさ、競争心、何より勝負への貪欲さを求めている。その点、〝黒田流〟は昔からアクの強さがあった。
町田はロングスローからチャンスをつくる場面も多いが、ボールをタオルで拭くなどして時間をかけることに否定的な意見も
そのひとつがロングスローだろう。スロワーのスペシャリストがいて、エリア内の選手の動きをパターン化。それは、黒田監督が青森山田監督時代から物議を醸しながらも極めてきたもので、町田でも武器になった。
スローインはひとつの戦術で禁じ手ではないが、本場で〝邪道〟ととらえられているのも事実だろう。
例えば世界に冠たるレアル・マドリードでは、1990年代まで「スローインからの得点は卑怯。王者にふさわしくない」という暗黙のおきてがあった。
ベニート・フローロ監督(当時。〝スペインのアリゴ・サッキ〟と言われた戦術家で、その後、ヴィッセル神戸も率いた)が導入した段階(1992-93、93-94シーズン)では強い反発を受けた。
その後、2002年の欧州チャンピオンズリーグ決勝でゴールにつなげたように、(オフサイドを破れる)クイックのスローインは戦術になっている。しかし、定着はしなかった。なぜなら、守備側が対応できたからだ。
どんなにスローが良くても、キックにはとうてい及ばない。トップレベルのディフェンス陣はロングスローになど混乱しなかった。つまり、〝通用しない武器〟だったのだ。
また、サポーターもロングスローを望まなかった。タッチラインを出るたび、スローインのためにボールをタオルで拭き、じっくりと時間をかけて準備。それはサッカーの連続性を断ち切る。
昨季、町田はアクチュアルプレーイングタイム(実質プレー時間)が昨年のJ1でワースト2位だった。最も長かったアルビレックス新潟と比べて、10分近くも短かったのである。
「タオルを片づけられた」
彼らはアウェーで怒り、一悶着起きたが、それが厚かましくも映った。欧州や南米だったら、もっと激しい非難を浴びたはずだ。
もうひとつ、〝黒田ゼルビア〟が嫌われた理由は荒っぽさにある。
球際はかなりハード。また、相手を動揺させるため、PK前にボールに水をかけることが問題になっている。ルールギリギリでの戦いは、「昇格クラブとして、勝つための正当な手段」だったのかもしれない。
相手のPKで、ボールに水をかける行為も話題に。ルールギリギリの戦術は、勝ちへのこだわり、執念の表れとも言えるだろう
その意味では、天皇杯で筑波大学と対戦し、敗れた後の対応は一貫性がなく、ダブルスタンダードだった。
「プロ選手への敬意が足りない」
黒田監督は大学生たちを叱責したのである。強度の高い激しい攻守に手を焼いたのだが、教職者だった黒田監督のマイナス面が出た形だった。勝負の世界で年齢など関係ないはずだ。
「完敗だった。ルールの中で激しく戦った彼らを称賛する」
そう発信することで、自らの戦いも肯定できたはずだが、傲慢にも見える態度が嫌悪感を引き起こし、悪役が確定してしまった。
では、今年の黒田ゼルビアは再び旋風を起こすのか。
不安はある。
町田のマネジメントは、主に黒田監督がモチベーターで、金 明輝ヘッドコーチが戦術を担当していた。
「後半になると修正されてしまって、うまくいっていたことがうまくいかなくなった」
町田と対戦した多くの選手が漏らしていたが、金コーチの戦術的修正が効いていたという。
その金コーチが、今季は新たにアビスパ福岡の監督に就任した。金コーチはサガン鳥栖監督時代、パワハラ問題で監督ライセンス降格処分になっており、監督就任に関して一部サポーターから反発も起きたほど。しかし、戦術的な目利きやアイデアは傑出しているのだ。
黒田監督は、参謀を失った逆境を覆せるか。優勝争いでは、ヴィッセル神戸は、リーグ連覇もだてではないと思わせる戦力を保有している。
サンフレッチェ広島は、最優秀監督賞を受賞したミヒャエル・スキッベが率い、戦力も確実にアップ。さらに、金監督が就任した福岡が、町田の代わりに〝台風の目〟になる予感もある。
町田も主力選手の大半がチームに残留し、一枚岩であることは間違いない。加えて、DFの岡村大八(←コンサドーレ札幌)や菊池流帆(←ヴィッセル神戸)、FWの西村拓真(←横浜FM)など強度の高い選手を新たに獲得し、〝黒田色〟はより濃くなった。
たとえ憎まれても、嫌われても、指揮官は自分を信じる選手たちと〝悪辣に〟勝負へ挑むはずだ。