日本のスポーツ団体の多くは「ボランティア」のもとで運営が成り立っていることが多い。自身が育った東海スイミングクラブ(写真)もそうだったと松田は語る。今回は、日本のスポーツ界が抱える「ボランティア依存」の体質に切り込む 日本のスポーツ団体の多くは「ボランティア」のもとで運営が成り立っていることが多い。自身が育った東海スイミングクラブ(写真)もそうだったと松田は語る。今回は、日本のスポーツ界が抱える「ボランティア依存」の体質に切り込む
アメリカ最大のスポーツイベントであるスーパーボウルは、NFLの年間王者を決める決勝戦であり、スポーツのみならずエンターテインメントやビジネスの面でも大きな影響を与える一大イベントです。試合のハーフタイムには世界的なアーティストが出演し、視聴率の高さから企業は高額な広告費を払って特別なCMを流します。今年も2月9日(日本時間10日)にルイジアナ州ニューオーリンズのシーザーズ・スーパードームで第59回スーパーボウルが開催され、大いに盛り上がりました。

このスーパーボウルを運営するNFLのコミッショナー、ロジャー・グッデル氏の年俸は約100億円にも上ります。アメリカのスポーツビジネスの規模と経済的な影響力を象徴する数字です。一方、水泳界では昨夏のパリ五輪までUSA Swimmingの会長兼CEOを務めたティム・ヒンチー氏が約1億5000万円、ナショナルチーム・マネージングディレクターのリンジー・ミンテンコ氏も約5500万円の報酬を受け取っていました。これらは基本給で、実際にはさらにボーナスが上乗せされています。

では、日本国内のスポーツ組織はどうでしょうか。昨年、日本水泳連盟の会長である鈴木大地氏が「会長職はボランティアだ」と発言したことが話題になりました。具体的には、会長職として稼働した分の日当は出るものの、基本給はないという現状です。また、先述のリンジー・ミンテンコ氏と同じポジションにあたる、選手強化の責任を担う競泳委員長もボランティアであり、責任が問われる一方で報酬はありません。この状況に対し、皆さんはどう感じるでしょうか? 私はこれらの責任あるポジションを担う方々には相応の対価を支払い、フルタイムでコミットして働ける状況を作るべきだと考えます。

実際、日本のスポーツ団体の多くはボランティアに依存して運営されています。連盟の会長や日本代表チームの責任者の給与補償をしているのは大学や民間企業、スイミングクラブであり、これらの組織の「理解」があったからこそ成り立ってきました。しかし、大学や企業に直接的に貢献できない仕事をしながら給与を受け取ることが、今後も認められるとは限りません。さらに私のようにフリーランスで働く人間にとっては、スポーツ・水泳界に貢献したい気持ちはあるものの、ボランティアで活動に協力することは自分の限られた時間を無報酬の活動に割くこととなり、自身や家族を経済的に守るためには不可能です。

松田の原点ともいえる宮崎県延岡市の東海スイミングクラブは38年ものあいだボランティアで運営され、多くの子どもたちの育成に貢献した。松田が長年師事した久世由美子氏も創設メンバーのひとり 松田の原点ともいえる宮崎県延岡市の東海スイミングクラブは38年ものあいだボランティアで運営され、多くの子どもたちの育成に貢献した。松田が長年師事した久世由美子氏も創設メンバーのひとり
私が育った宮崎県延岡市の東海スイミングクラブも、38年間ボランティアで運営され、多くの子どもたちの育成に貢献しました。しかし、2017年に活動を休止。ボランティア頼みの組織は、支える人がいなくなれば存続できないという根本的な問題を抱えています。創設メンバーのひとりで私が長年師事した久世由美子コーチも「ボランティアでの活動は私で終わりにする」と話していました。

日本のスポーツ界全体を見渡しても、多くの競技団体の会長職や役員職ボランティアで活動しているケースが多いのが現状です。そのため、責任の重さと対価のバランスが崩れています。競技団体の運営は資金調達、ガバナンス、選手の育成強化、国際競技連盟との交渉など多岐にわたり、その影響力も大きいにもかかわらず、無報酬または極めて低い報酬で行なわれています。

本来、プロフェッショナルな組織運営を目指すならば、会長職や役員職にも適切な報酬を設け、それに見合う責任を果たせる人材を確保すべきです。報酬がないことで「やりがい」や「名誉」だけを動機とした人が集まりやすくなり、結果的に組織の透明性や競技の成長を阻害する要因となり得ます。責任を持って競技団体を運営できるプロフェッショナルを育成・登用する仕組みを作り、持続可能なスポーツマネジメント体制を構築することが、競技の発展とスポーツ界全体の信頼向上につながるのではないでしょうか。

東海スイミングクラブは2017年に活動を休止。五輪メダリストを育てたビニールハウスのプールは、現在は中学校の屋外プールとして生まれ変わっており、かつての場所にはその活動の足跡を刻むように記念碑が残る 東海スイミングクラブは2017年に活動を休止。五輪メダリストを育てたビニールハウスのプールは、現在は中学校の屋外プールとして生まれ変わっており、かつての場所にはその活動の足跡を刻むように記念碑が残る
そのためには、競技団体の運営そのものを見直す必要があります。競技団体にとって最も重要な「顧客」は競技登録者であり、彼らに対して適切な価値を提供することが不可欠です。例えば現在、日本水泳連盟の競技者登録者は約13万人、年間登録料は約1,500円で、これは総収益の約10%にあたります。一方、USA Swimmingは約40万人が登録し、年間70~80ドルの登録料を支払い、収益の約50%を競技者登録関連収入が占めています。この違いは、組織運営の根本的な姿勢の違いを示しています。

財源を確保するためには競技登録料の適正な引き上げと、それに見合うサービス向上が不可欠です。長年のデフレマインドの影響で、日本社会では値上げが敬遠されがちですが、スポーツ界も経済活動としての基本原則――「顧客からの収益に対して質の高いサービスで応える責任」――を果たすべきです。大会運営や競技のサポートにとどまらず、水泳に関わるアスリートが「水泳をやっていて本当に良かった」と思える仕組みを提供することが求められます。その結果、競技者が「この登録料を払う価値がある」と納得できる環境が生まれるのです。

さらに、新たな収益源としてファン向けメンバーシップ制度を導入し、観戦特典や限定コンテンツを提供することで競技者以外の層を巻き込み、より多くの人々が水泳に関心を持つ機会を増やすことも可能だと考えます。公的資金やスポンサーに頼るだけでなく、自立した収益モデルを構築することこそがスポーツの持続的な成長につながります。

競技団体は今こそ経済合理性を追求し、組織のあり方を根本から見直すべき時です。顧客の目線に立ち、正しい努力によって収益構造を改善し、スポーツの価値を高めることができれば、組織運営の健全化はもちろんのこと、会長や役員への報酬が適切に支払われることに対する不満も生まれないでしょう。

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松田丈志

松田丈志Takeshi MATSUDA

宮崎県延岡市出身。1984年6月23日生まれ。4歳で水泳を始め、久世由美子コーチ指導のもと実力を伸ばし、長きにわたり競泳日本代表として活躍。数多くの世界大会でメダルを獲得した。五輪には2004年アテネ大会より4大会連続出場し、4つのメダルを獲得。12年ロンドン大会では競泳日本代表チームのキャプテンを務め、出場した400mメドレーリレー後の「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」の言葉がその年の新語・流行語大賞のトップテンにもノミネートされた。32歳で出場した16年リオデジャネイロ大会では、日本競泳界最年長でのオリンピック出場・メダル獲得の記録をつくった。同年の国体を最後に28年の競技生活を引退。現在はスポーツの普及・発展に向けた活動を中心に、スポーツジャーナリストとしても活躍中。主な役職に日本水泳連盟アスリート委員、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)アスリート委員、JOC理事・アスリート委員長、日本サーフィン連盟理事など

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