床山さんに髷を結ってもらいながらレンズを見つめる目は、意外にもこんなにつぶらな瞳だった
3月9日、大相撲春場所が始まった。新横綱・豊昇龍が横綱として迎える初めての本場所前に週プレNEWSがインタビュー。その取材中に起きたハプニングやファインダー越しに見えた新横綱の素顔を、豊昇龍の叔父である朝青龍の写真を長年撮影してきた写真家のヤナガワゴーッ!氏に語ってもらった。
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緊張の初対面。新横綱・豊昇龍はかねてより一度撮影してみたいと思っていた男だった。今回晴れてインタビュー企画が通り、嬉しさの半面、いつになくグっと身が引きしまった。それというのも、テレビで見てきた関取は土俵上で相手をにらみつけ、軍配が返るやいなや相手に襲いかかって行くからだ。顔つきはそう、叔父にあたるあの朝青龍と瓜二つ。
その朝青龍には、横綱になる前から幾度となく取材をさせてもらった。機嫌のよいときは「こんなに愉快な関取見たことない」というくらい撮影も楽しいのだが、何かの拍子に急にムスっとしたかと思うと、突然「うぉりゃぁ~ッ!」と怒鳴りつけられ、30センチくらい身体が浮いたこともあった。
その後、モンゴル人横綱は白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士と撮影の機会があったが、朝青龍はとりわけ別格のおっかなさがあった。その甥っ子もきっとその血をひいて、瞬間湯沸かし器みたいな人物なんだろうなと思うのは当然なわけだ。
今回、念には念をいれて取材日に三日間余裕を見つつ、さらに今回の下準備をしてくれたベテランライター・武田葉月さんの教えに従い、前乗りして本人にまず挨拶するという作戦に出た。首尾よく稽古終わりの横綱に第一種接近遭遇。「明日から3日間よろしくお願いします」と挨拶できて一安心。わかってるんだかいないんだか、判別しがたいそっけなさではあったが......。
その印象は、テレビで見ているよりもずっと大きい。ジロリとこちらを一瞥(いちべつ)した目つきは、怖いというよりもシャイな男のそれに近いものを感じた。
翌朝7時半前に住吉大社内にある稽古場に到着すると、そこへ立浪親方(元小結・旭豊)が登場。稽古場にいざなってもらい、ストーブにいちばん近い椅子に案内してもらえた。それでもベニヤで囲まれた隙間だらけの稽古場は寒いが、慣れない現場には一番乗りが基本。「すみません、遅くなりました!」という余計な挨拶がいらなくなるからだ。
8時半ごろ、「鶴竜柄」の泥着(稽古の時にまわしの上から羽織る用の浴衣)姿の横綱が稽古場に現れた。椅子席の見学者たちをじろりと見まわし、知り合いを見つけると最小限のアイコンタクトをしていた。
土俵下で丁寧にしこを踏んだりすり足をしたり、淡々と基本動作をルーティンでこなしている間でも、一分の隙も見せない凄みを感じさせる。時折、付け人や周りの力士たちと楽しそうに笑い合うそのギャップがたまらない。
そして土俵に上がり、申し合いではひとつも負けてなるものかという気迫を見せる。それでも、テレビで見ていた本場所の取り組みよりもリラックスしているのか、丸い土俵をめいっぱい使って、軽快に相手を翻弄する動きをみせてくれた。
鋭い立ち合いから先手、先手と相手に相撲を取らせない厳しい攻めは本番さながら
一通り稽古が終わったあとは、幼稚園児たちとの触れ合いの時間があった。そんなときも横綱は率先して子供たちと楽しそうに触れ合っていた。「まさか横綱も相手してくれるとは!」と親御さんたちも大感激。
子供たちとの記念写真におさまり土俵下に残っていた横綱に、ライター武田さんが寄っていった。改めて僕も自己紹介を手短に済ませると、武田さんがなんの前触れもなくおもむろに週プレを取り出したのに慌てたのなんの......。
「すごいなこの写真!」とか言い合いながら、部屋の後輩で十両の木竜皇(きりゅうこう)ものぞき込む。食い入るようにページをめくる横綱の様子をかろうじて撮影することが出来た。若者が週プレを見ている姿はほんとうにいいものだ。
武田さんは横綱とは旧知の間柄のせいか、「あとからちょっと話聞かせてくださいね~」とおっとりと余裕な感じなのだが、初対面の未知の横綱を特写するというミッションを抱えている僕は気が気ではない。玉砕覚悟で「どこか落ち着いて部屋のなかで1枚とらせてもらえますか?」と頼んでみた。いくら事前に取材の約束を取り付けていても、十日後に横綱として初めての本場所を控える豊昇龍はなにかと忙しく、当日の本人の気分、都合によって何が起こるかわからないのだ。
連日報道陣に囲まれているが、いやな顔ひとつせず丁寧に受け答えする姿には貫禄すら感じる
相変わらずはっきりとした返事はないのだが、じっとこちらを見つめる表情からはいやな感じは受けない。神社内の宿舎前で武田さんがインタビューを始めたので、Profoto A10とソフトボックスをスタンドにセットして、機をうかがう。頃合いを見て、部屋の看板の前で自然な流れで撮影タイムに。それにしても、表情一つ変えてくれない。稽古直後なので髪は乱れ放題だ。
「横綱のポートレイトとしてこれでよいのか。無理に笑かすのもなぁ。これはあくまでも抑えのショットだなぁ」と悩みながら、数枚撮らせてもらう。
ここから僕の40年からの現場経験が生きてくる。再開された武田さんとの話のなかで、これから風呂に入って頭を結ってもらうことがわかったので、ここは勝負に出る。
「ちゃんと床山さんに結ってもらってるところでよいので、きれいに撮りたいです!」
そこで横綱は初めて僕に口を聞いた。
「これはなんの雑誌なの? 女の人の読む雑誌でしょ、女の人ばかり載ってるから。女の人の雑誌は出たくないから、ぜんぶ断わってるんですよ」
思わず腰がくだけそうになったが、若干の勘違いはこの際置いといて、腹をくくって返した。
「僕はこの週刊プレイボーイで40年近く仕事しています。ずっと一流のスポーツ選手たちの撮影を担当しています。もちろん大相撲では叔父さんはもちろん、白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士も、撮影させてもらってきました。読んでる人は40歳から50歳くらいの男のひとですよ」
と言うと「そう、ならいいよ」と横綱。
背中からどっと汗が噴き出したのがわかった。あと一歩というところで、豊昇龍は「でも部屋が狭くて散らかってるから、むつかしいなあ。明日にしてもらおうかなあ」ともらす。
撮れるとも撮れないともわからないまま、横綱は風呂に行ってしまった。万事休すかと思ったが、あきらめないのが長年の経験のなせる業(わざ)。何とかなるような予感がして、宿舎の前にとどまっていると、付け人が武田さんを呼びにきた。
横綱が風呂から出たら髷(まげ)を結うところを撮らせてくれるとのこと。撮影セットをセッティングしてしばらく待っていると、目の前の座布団にどっかりと横綱が腰を下ろし、床山さんが頭をもみ始めた。ほとんど携帯の画面に目を落としている姿は今どきの若者そのもの。そのうちどこかに電話をかけている。僕が目の前にいることを気にするそぶりも見せない。
ストロボの光量、角度を合わせるために数回シャッターを切る。いよいよ髷も出来上がるというタイミングで横綱に声をかけて目線をもらった。積極的にお愛想をしてくれることはないが、ファインダー越しにすごく深い表情が見て取れる。力強くてまっすぐな視線。「よっしゃ!」と確かな手ごたえがあった。
機材を片付けているとベテランの床山、床辰さんが「今の写真いただけますか?」と手をふきながら出てきた。僕はせっかくなのでと、最後に横綱と床山さん二人の目線をもらった写真も撮ったのだった。後々の関係のために抜かりはない。
翌日は出稽古の予定と本人は言うが、「夜になってから決める」と聞いたので武田さんはすかさず付け人の携帯を聞いてつながり、決まり次第連絡をもらえる約束をとりつけた。
翌朝7時半から約束の佐渡ヶ嶽部屋で待っていると、NHKやその他の相撲番記者たちも集まってきた。10時近くになり「横綱遅いな」と思っていると、武田さんの携帯に先の付け人からメッセージが。「肘の痛みの治療で急遽病院に行くことになりました」いわゆる空振り決定だが、想定内なので慌てない。もしかしたら横綱は、今日こうなる可能性があったから昨日ポートレイト撮らせてくれたのかなとも思った。
翌日も7時半には稽古場に。横綱は少し遅めの9時すぎに土俵にやってきた。きょうは僕も目で挨拶ができた。これは大きな進歩だ。右ひじに大きめのサポーターを巻いているが、動きに影響は見られない。この日は最近本場所でもトレンドになりつつあるマウスピースをつけていた。
稽古終わりで、ちゃんこの前に話が聞けるというので武田さんと大部屋で待機。この日はこのあと本殿にて奉納土俵入りが控えている。ということは、大銀杏を結うのだ。
床山さんはいいよと言ってくれたので、調子に乗って風呂から上がってきた横綱に「今日は大銀杏結っているところ撮影させてもらえますか?」とお願いすると、
「なんで勝手に決めるの? こういうことは前もって言ってもらわないと、この前もう撮ったでしょう」
と一蹴された。素直に謝ると「別にいいけど。でもここでやってから向こう(本殿)行って土俵入り前にまた直したりするから、そっちでならいいすよ」と言われる。
一方、武田さんのインタビューは続く。「本は読まない」「ネットフリックスをよく見る」「サンクチュアリはお相撲さん皆見てる」と横綱。そして「アクションものが好き」と横綱が言うので、ここで思わず話に入ってしまいまった。
「九龍城塞は見た?」
「なにそれ?」
「香港映画、めちゃくちゃ面白いよ!」
携帯画面に出して見せると、
「ああこれか!そう!じゃ見てみる。ネットフリックスではやってないの?」
「まだ映画館でやってるから。映画館とか行く?」
「椅子が小さくて座れないよ」
なんという進歩だ......。普通に会話できていることが信じられない。
黒紋付袴姿に着替えた横綱は、本殿にて参拝を終えて控室に戻り、いよいよ化粧まわしと綱を締める。約束通り、綱締めの場面は撮らせてもらった。ただ、この日初めて出来上がってきたものを見たというくらいで、化粧まわしが硬くて巻くのに手間取っていた。まだ付け人たちも綱締めに慣れておらず、3回やり直し。理事長を少し待たせるくらい時間かかってしまった。
こんな時はよけいな注文はできない。それでも、横綱はパシャパシャ撮っているこちらを気にすることもなく、高須クリニック院長から送られた龍の金糸の刺繍が施された化粧まわしにご満悦な貴重な自然体の横綱が撮れた。
綱を締める若い衆たちのエッホ!エッホ!という掛け声に「これが気持ちいいい!」と表情も緩む
まさに威風堂々と土俵入りを披露した後の囲み会見。若い衆が着物の準備を忘れて、協会の世話係からは時間がないから泥着でいいと促された。
報道陣に向かい席に着く前に一言、「泥着で失礼します」とあたまを下げ、断りをいれた横綱。世間一般的にはなにかと叔父の朝青龍を引き合いに出され、「やれ品格は」「時期尚早だ」とか揶揄(やゆ)されることの多い新横綱の豊昇龍だが、今回感じたのはなんとも初々しくてまっすぐに突き進む、頼もしい若武者だということだ。
話を聞いていても、なにがあっても毎場所毎日、結びの一番を勤め上げる覚悟に一点の曇りもない、「横綱」という責任を背負う覚悟を感じた。追いつけ追い越せと挑んでくるライバルたちを従え、しばらくは豊昇龍を中心に土俵は回っていくに違いない。
実はこんなつぶらな瞳をしている新横綱・豊昇龍をみんなで応援していこう。