
板倉 滉いたくら・こう
1997年1月27日生まれ、神奈川県出身。日本代表CB。川崎Fでプロ入り、2019年に1シーズン在籍したベガルタ仙台からイングランド1部マンチェスター・Cへ移籍。その後、オランダ1部フローニンゲン、ドイツ2部シャルケを経て、現在はドイツ1部のボルシアMGに在籍。
3月20日、埼玉スタジアム。日本がバーレーンに勝てば、来年開催される北中米W杯本大会への出場が決まる。昨年9月から始まったアジア最終予選で全試合先発出場を果たしてきたDFリーダー・板倉滉が語るサムライブルーの強さと勝利への決意。
間もなく埼玉スタジアムでバーレーンを迎え撃つ。すぐ目の前に26年北中米W杯への切符。この一戦、確実に勝利して出場を決めたい。
昨年9月から始まったアジア最終予選。僕らは相当厳しい戦いになると覚悟して臨んだ。前回のカタールW杯への道のりでは初戦が黒星スタート、その後も苦戦を強いられた。さらに昨年2月のアジア杯では、準々決勝敗退という挫折を味わっていたからだ。
初戦(9月5日・ホーム)では中国がめちゃめちゃ引いて、中央に相手選手が固まっていたこともあり、僕らは両サイドからガンガン攻め込むことができた。加えて、多くのパターンを準備したセットプレーが効果を発揮した。
うまい具合にフリーの(遠藤)航君にボールが渡り、鮮やかな先制ヘディングゴールが決まった。これがその後の快進撃につながるきっかけになったと思う。
続くバーレーン戦(9月11日・アウェー)もそうだ。荒れた芝に高温多湿の気候、相手サポーターからはレーザーポインターを当てられる過酷な環境だったが、やはり先制点(PK)を取ったことで、流れが一変。相手は動揺し、僕らは落ち着いた試合運びができるようになった。
中国戦は7-0、バーレーン戦は5-0と完勝。間違いなくこれで勢いに乗った。
最終予選前半のヤマ場は、サウジアラビア戦(10月11日・アウェー)だった。スタジアムの雰囲気も含めて独特の圧をかけてくるため、それまで日本代表は敵地で3戦未勝利。心して試合に臨んだ。
試合の内容はというと、土壇場でサウジアラビアがシステムを4-3-3に変更したことが印象深い。マッチアップしたFW・サレムに手を焼く場面もあったが、この試合でも前半14分という早い段階で(鎌田)大地君が得点し、試合のペースをつかみ、終了間際には(小川)航基も追加点を決め、2-0で勝利。またも無失点で終えることができた。
好調の要因は(堂安)律や(三笘)薫たち、前線の選手の献身的な守備によるところも大きい。彼らの働きはすさまじかった。
3戦をクリーンシートで終え、勢いに乗る僕らだったが、「慢心は絶対に禁物だ」ということをあらためて思い知らされたのが、続く豪州戦(10月15日)だった。
それまでの勢いもあったし、しかもホームゲームともなれば、間違いなく日本が勝つという期待が高まっていたが、豪州は意外な選択をして挑んできた。
それまでの攻撃的なスタイルから一転、ガチガチの超守備型5バックを採用したのだ。敵の守備的システムに攻めあぐねる僕ら。しかも、オウンゴールで先制されるという展開。1点ビハインドの苦しい状況をどう打開していくのか......。
結果は相手のオウンゴールもあり、1-1の同点に追いついた。勝つことはできなかったが、ポジティブにとらえれば、それまでなかった危機的状況でメンタルが鍛えられた一戦になったと思う。
インドネシア戦(11月15日・アウェー)はバーレーンほどではないが、気温は32℃で試合中は土砂降りの雨の連続、ピッチ状態も決して良好とは言えなかった。
チーム自体もアジア杯で対戦した際(3-1で日本が勝利)とはまったくの別物で、非常に厄介な相手となっていた。自陣をコンパクトにした上で嫌なロングボールを次々と放り込み、僕らの裏にFWを走らせる巧妙さ。
事実、試合の立ち上がりで僕は相手FWに立ち位置を入れ替わられてしまい、決定機を与えてしまった。幸い、GK・(鈴木)彩艶のスーパーセーブによって救われたが、もし先制点を決められていたら、その後は相当苦しかったはず。
一瞬たりとも気は抜けないことを痛感することとなった。
中国戦(11月19日・アウェー)では、予想だにしない事態と向き合うことに。ピッチの幅が狭かったのだ。前日練習の際、国際サッカー連盟推奨の横幅よりも両サイドが計3m狭くなっていることが判明した。
第1節で僕らが両サイドから敵を攻め、揺さぶりをかけたことへの対策だったのだろう。タケ(久保建英)や(伊東)純也君は多少狭さを感じていたかもしれない。
ただ、幅が狭い分、サイドからのクロスやセットプレーになれば、距離は近くなっているので、僕らにとっては有利に作用したとも考えられる。
実際に前半のロスタイム、コーナーキックからヘディングで得点を決めることができた。結果は3-1。5勝1分け、22得点2失点で24年を終えられた。
今回の最終予選はここまですべて先発で出場できたが、まだ満足はしていない。一戦一戦、目の前の試合を勝つために、気を緩めることなく前進するのみだ。
試合に出られない選手は出場機会を狙い、練習の段階から熱く、その貪欲さがひしひしと伝わってくる。チームの士気は最高潮だ。バーレーンには必ず勝つ。W杯出場決定の瞬間をぜひ見届けてほしい。
1997年1月27日生まれ、神奈川県出身。日本代表CB。川崎Fでプロ入り、2019年に1シーズン在籍したベガルタ仙台からイングランド1部マンチェスター・Cへ移籍。その後、オランダ1部フローニンゲン、ドイツ2部シャルケを経て、現在はドイツ1部のボルシアMGに在籍。