オグマナオトおぐま・なおと
1977年生まれ。福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。テレビ・ラジオのスポーツ番組で構成作家を務める。2022年5月『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を発売。
昨季0勝ながら新天地で初登板初勝利! 巨人・田中将大投手
4月3日、巨人移籍後初登板となった中日戦で586日ぶりの白星を挙げた田中将大。日米通算200勝の大偉業まであと2勝に迫るが、果たして、"マー君"は輝きを取り戻せるのか?
今季のプロ野球で注目点のひとつといえば、田中将大(巨人)の日米通算200勝への挑戦だろう。4月3日、移籍後初登板となったバンテリンドームでの中日戦で586日ぶりの白星を挙げ、幸先良く198勝目を飾った。まだシーズンが始まったばかりとはいえ、田中のピッチングはどのように評価できるのか?
「巨人という環境面も考えると、今の田中の力量的に200勝はできるでしょう。肉体がここ数年に比べて引き締まっており、そのおかげか、平均球速、最速共にアップ。昨季より少し良くなったのは確かです」
こう語るのは本誌おなじみの野球評論家、お股ニキ氏だ。昨季は巨人・菅野智之(現オリオールズ)の復活を開幕前から予言。実際、菅野は前年の4勝8敗から一転、15勝3敗で最多勝と最高勝率の2冠を達成した。
その菅野復活を後押しした久保康生巡回投手コーチがキャンプで田中を指導したこともあり、一部ファンからは菅野のような復活ロードを期待する声もあるが、お股ニキ氏は「さすがにそれは短絡的すぎる」とくぎを刺す。
「菅野の場合、2023年8月には155キロを出すなど球威を取り戻し、さらにフォークボールを改良した上での復活劇でした。一方の田中の場合、球速が上がったといっても最速149キロ。
球の強度は全盛期に遠く及ばず、立ち位置は先発6番手。菅野が年俸19億円でMLBに渡ったのに対し、田中は過去の実績を考慮してもNPBで1億6000万円。今季年俸を比較するだけでも、その差は明らかです」
それでも、昨季一勝もできなかった男が勝ち星をつかめた要因はどこにあるのか? 今季初登板の中日戦を深掘りしよう。この日は5回96球で被安打5と、苦しみながらも1失点に抑えた。
「『ここでやられたらダメだ』という場面で必死の投球ができる。昔から勝負強さがあり、勝つための投球ができるのが強み。最速149キロを計測したのが交代間際の5回でしたが、自身もこの回を投げ切れば交代とわかっているからこそ、ギアを上げられました」
15個のアウトのうち、奪った三振はわずか1。一方、内野ゴロで仕留めたアウト(併殺含む)は9。日米で投げ続けてきた経験値と投球術で「打たせて取るピッチング」を徹底できたことが奏功した。
「5回1死満塁のピンチをスライダーで併殺打に仕留めた場面が象徴的です。球速はなくとも、昔から良かった制球力と多彩な変化球を投げ分ける技術は健在。
スプリットが以前より落ちなくなったことにより、かえってゴロを打たせるツーシーム気味の変化球になりました。巨人の内野守備は12球団随一なので、その恩恵も大きいです」
堅守を支える扇の要、甲斐拓也の存在も見過ごせない。
「甲斐は昨季から配球面でも成長を見せていますし、フレーミング技術も上がっています。偉大な打者が見送った球はボール判定されやすいように、実績のある田中の投げるギリギリの球はストライク判定されやすい、という利点との相乗効果もありそうです」
守備面以外でも、田中にとって巨人という環境はいくつものメリットがある。ひとつは強力打線の存在だ。
「日本球界復帰後の楽天時代、田中の投球がいまひとつだったことは事実ですが、打線の援護が少なかったことも確か。その点、リーグで断トツのチーム打率を誇る巨人打線の下で投げられるのは、心理面でもプラスに働くはずです」
そして、もうひとつ、強力すぎる巨人リリーフ陣が田中にとって最強の援護となる。
「ケラー、船迫大雅(ふなばさま・ひろまさ)、大勢、R・マルティネスの救援陣は並びも含めて盤石です。先発が中5日で回るメジャーならわかりますが、中10日以上で投げる投手に対して、この救援陣は手厚すぎるほど。なんとしても200勝させたい巨人の必死さが逆に伝わります」
もっとも、こういった状況を引き寄せたのは、故・野村克也氏から「神の子」と呼ばれた田中の持つひとつの"らしさ"かもしれない。
「なんだかんだ勝ちを引き寄せる投球術やセンスに加え、運もある。菅野の復活劇とは比べられないものの、ソフトバンクで一勝もできなかった松坂大輔さんが中日移籍後に6勝を挙げてカムバック賞を受賞したときよりはまだ投げられる状態で、成績もある程度は期待できそうです」
となると7、8勝くらい?
「可能性はありますし、そうなれば松坂さん以来のカムバック賞受賞も見えてきます」
そのためには、「どの球場で、どの球団に投げるか」も重要になってくる。
「投手有利のバンテリンドームで初勝利を挙げましたが、本塁打の出にくい甲子園での阪神戦、打線の破壊力に欠ける中日や広島を相手に投げられると勝ち星もついてきやすいと思います」
といっても、打線との相性によっては他球団でもくみしやすい場合がある。
「例えばDeNAの場合、髙橋宏斗(中日)のような本格派を打ち崩す一方、同じ中日でも松葉貴大のような軟投派というか、球速は遅くてもカットボールを組み込むタイプが苦手。カットボールを投げられる田中も意外と相性がいいかもしれません」
ちなみに、巨人は6月の交流戦2カード目に楽天と東京ドームで対戦する。もし投げる場合、田中の勝算は?
「楽天は今井達也(西武)を苦手としているように、とにかくスライダーに弱い。今の今井と比べるのは酷ですが、田中も元来スライダー投手なので、相性は悪くない。もし200勝がかかる試合が楽天戦となれば、興行的にも大きな注目を集めそうです」
その200勝へのカウントダウン企画として、東京ドーム場外には硬球でかたどった「氣」のモニュメントが設置されている。
「氣持ち」という言葉が高校時代からの座右の銘で、現在、グラブに刺繍までしている田中にとって、まさに"氣合い"の入る応援企画。200個のボールで"氣"の一文字が完成する日を心待ちにしたい。
田中のグラブに刺繍されている「氣持ち」の「氣」を200個のボールで表現する、高さ200㎝の「『氣』モニュメント」が開幕戦から東京ドーム22ゲート前広場に展示されている。ボールには1から197までの数字と、勝利した日付、当時の所属球団で背負った番号が印字されており、198個目以降は勝利後に随時追加し、日米通算200勝を達成すると完成するという(写真/読売ジャイアンツ公式X)
1977年生まれ。福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。テレビ・ラジオのスポーツ番組で構成作家を務める。2022年5月『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を発売。