オグマナオトおぐま・なおと
1977年生まれ。福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。テレビ・ラジオのスポーツ番組で構成作家を務める。2022年5月『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を発売。
開幕から好投を続け、ナ・リーグ防御率ランキングのトップを争う山本由伸と千賀滉大。これまで日本人投手が誰も成し遂げたことのない"先発投手最高の栄誉"に確実に近づいているぞ!
日本が誇るスーパーエースふたりがMLBを席巻中だ。山本由伸(ドジャース)は3月・4月のナ・リーグ月間MVPを初受賞。リーグ1位となる防御率1.06の安定感に加え、奪三振率も11.38と高水準。5月最初の登板でも6回1安打無失点と好調を維持し、防御率は驚異の0.90だ。
その山本に負けじと奮闘しているのが千賀滉大(メッツ)。こちらも4月は防御率1点台をマーク。防御率ランキングでは一時期、このふたりが0点台でしのぎを削り、ランキングトップを争う状況が続いていた。
こうなると、今季こそ、日本人投手の悲願であるサイ・ヤング賞(以下、CY賞)を夢見るファンも多いのではないだろうか。
では、今季の山本と千賀は具体的に何がすごいのか? 現役投手も指導するピッチングデザイナーであり、MLBに精通する本誌おなじみの野球評論家でもあるお股ニキ氏に解説してもらおう。まずは、MLB2年目の山本について。
「山本はフォーシームの握りやリリースを改善したのだと思いますが、昨季よりも明らかに伸びています。加えて伝家の宝刀・スプリットのキレが良く、カーブでも三振が取れている。さらに、移籍当初から『MLBでは必要』と私が指摘してきたスライダーやカッターの比率も増えた。投手史上最高評価額での入団という期待に見合った投球です」
ナ・リーグ月間MVPを初受賞した山本(ドジャース)。「投手史上最高評価額での入団という期待に見合った投球です」(お股ニキ氏)
4月19日、CY賞2度受賞の最強右腕、ジェイコブ・デグロム(レンジャーズ)との投げ合いでは、7回5安打無失点10奪三振で勝利を収めた。
「ただ、あの試合で出力を上げた反動か、次は若干キレが落ちました。CY賞を本気で目指すなら、波をどれだけ抑えられるかが鍵を握ります」
一方、昨季はケガでシーズンをほぼ棒に振った3年目の千賀。今季初登板では黒星を喫したものの、その後は3試合連続無失点で3連勝を飾った。しかし、投球内容を深掘りすると、12勝、202奪三振の好成績を残した1年目からの変化も見られるという。
「1年目はお化けフォークとカットボールがMLBでも最高級の数値を示し、威力のあるフォーシームとの組み合わせで結果を出しました。今はその頃と比べると三振が減り、派手さはなくなった代わりに安定感が増しています。
これまではパワー重視で、そのためのフォームをどうするかということばかりに意識が向いていましたが、年齢を重ねてケガもしたことで、いい意味で変化できた気がします」
今季、完全復活した千賀(メッツ)。「併殺奪取能力が向上。打者からすると予測しにくい投手になった」(お股ニキ氏)
中でも、お股ニキ氏が高く評価するのは、併殺で打ち取る機会が増えている点だ。
「もともとジャイロスライダーやカットボールで併殺を取る感覚は優れていたが、渡米後はあまり投げていなかったシンカー系のスプリームの割合を増やし、ジャイロスライダーに加えて、カットボールもより曲げるようになって併殺奪取能力がさらに向上。
菅野智之(オリオールズ)並みに併殺を狙って奪えています。変化球がより多彩になり、打者からすると予測しにくい投手になったと言えます」
そんなふたりが目指すCY賞とは、そもそもどれほど難しい偉業なのか? 日本プロ野球における最高の栄誉、沢村賞と比較すると、まずはその分母の違いが明確になる。
「12球団から選ばれる沢村賞に対し、CY賞はリーグごとに選出するとはいえ、各15球団の中で争います。しかも、日本ならチームのエース格になるような投手がゴロゴロいるのがMLB。この点だけでも難しいのは明らかでしょう」
そのハイレベルな争いを制する上では、以下の3つの条件が必要になるという。
「ひとつ目は対戦カードの第1戦を任されるエースとしての『格』。ふたつ目は防御率・勝利数・イニング・奪三振......これらすべてを高水準でそろえる『完成度』。3つ目はシーズンを通して、20勝・200奪三振・200回投球回クラスの成績を積み上げる『持続力と支配力』。これらが必要条件と言えます」
史上最多7度の受賞を誇るロジャー・クレメンス(レッドソックスなど)、歴代2位となる5度受賞のランディ・ジョンソン(エクスポズなど)、現役最多3度受賞のクレイトン・カーショウ(ドジャース)、マックス・シャーザー(ブルージェイズ)、ジャスティン・バーランダー(ジャイアンツ)らは、この3つの条件を明確に持ち合わせている代表格と言えるだろう。
2018年にはデグロム(当時メッツ)が10勝でCY賞を受賞して話題となったが、「一般化すべきではない」とお股ニキ氏は忠告する。
「デグロムは例外中の例外。そのシーズンは救援陣が打ち込まれたり、打線の援護が少なかったり、他球団であれば15勝は見込めました。例外を一般化することはCY賞の本質をゆがめるだけです」
近年、防御率や勝利数、奪三振などの旧来的な投手指標より、統計学を駆使したセイバーメトリクス指標を重視すべきとの声も強まっているが、お股ニキ氏は「セイバー至上主義の危うさ」も指摘する。
「本当にいい投手なら、旧来の指標でもセイバー指標でも、どちらでも良い数字が出る。シーズンを通して勝利を引き寄せ、チームを支えた絶対的な支配力と耐久性を持つ存在に贈られるべき賞です」
また、牽制やフィールディングなどの総合的な能力の高さも重要だという。
「牽制やクイックがうまければ、得点圏に走者が進みにくくなり、併殺を奪う機会も増えて必然的に失点も減らせます。カーショウやバーランダーらも牽制の名手ですから」
総合力という観点で見れば、山本への期待は大きい。
「先日の登板でも強烈なピッチャーライナーをしっかりキャッチ。ベースカバーなども見事でした。いい投手ほど守備力も高いものです」
対戦カードの第1戦を任されると、必然的に相手のエースと投げ合う機会が増える。そのような投手たちは当然、CY賞を狙う上でのライバルにもなる。ナ・リーグの先発投手で特に注目すべき相手としてお股ニキ氏がまず挙げたのは、昨季デビューして新人王に輝いた22歳、ポール・スキーンズ(パイレーツ)だ。
「100マイルを操る変化球投手。完成度の高さから、昨年は新人ながらオールスターで先発投手に指名されました。ただ、今季はアングルを下げすぎたせいか、昨季ほどの支配力は発揮できていません」
昨季デビューして新人王に輝いたスキーンズ(パイレーツ)。4月のドジャース戦では山本に投げ勝った
山本が4月最終登板で投げ合った際は、共に被安打5ながら、無失点だったスキーンズに対し、山本は3失点(自責点1)だった。
続いて、お股ニキ氏がライバル候補として挙げたのは、試合をつくる術に長けた職人型右腕、ローガン・ウェブ(ジャイアンツ)だ。
「サイドスロー気味の低いアングルから、ツーシーム、チェンジアップ、スイーパーを操る特殊な投手。左打者に弱い傾向が以前はありましたが、対左用のカットボールを習得して良くなりました」
試合をつくる術に長けた職人型右腕、ウェブ(ジャイアンツ)。低いアングルから多彩な変化球を操る
速球派の注目株ではハンター・グリーン(レッズ)の名前を挙げる。
「スピードとスライダーの質はすさまじいものの、速球の質は物足りなさがありました。ただ、昨季はスプリットを覚え、速球の質も改善。被弾を減らせばさらに良くなります」
速球派の注目株、グリーン(レッズ)。新人時代、1試合で100マイル超えを39球投げ、MLB新記録を樹立
このほか、24歳ながら完成度の高いスペンサー・シュウェレンバック(ブレーブス)、スプリットのようなチェンジアップを操る技巧派左腕ヘスス・ルザルド、突出した特徴はないもののすべてが安定しているザック・ウィーラー(共にフィリーズ)、奪三振能力には欠けるものの安定した防御率のミッチェル・パーカー(ナショナルズ)、小柄ながら強い球を投げる本格派マックス・マイヤー(マーリンズ)らがナ・リーグの注目株だ。
2年目右腕、シュウェレンバック(ブレーブス)。昨季デビューして127奪三振、23与四球の好成績を収めた
「当然ながらア・リーグでも昨季のCY賞投手タリック・スクーバル(タイガース)、完成度トップクラスのハンター・ブラウン(アストロズ)ら、高水準の投手は何人もいます。菅野は往年のグレッグ・マダックス(ブレーブスほか)のような投球スタイルですが、そのような投手が複数いるのがMLBの奥深さです」
インターリーグ(交流戦)では、そういったア・リーグのエースたちとも投げ合う機会があるはずだ。
「ドジャースは山本と共に主戦投手を務めるはずだったブレイク・スネルとタイラー・グラスノーが故障離脱中で、ますます山本が相手エースとインターリーグでも投げ合う可能性は高い。そこで結果を出し、『エースとしての格』を見せつけてほしいです」
山本と千賀が5月以降も好成績を残していくための課題は? お股ニキ氏は「持続力と支配力をいかに証明していくか」という点に注目する。
「山本の場合、例年5月に調子を落としがちなのが気になります。仮に5月が悪かったとしても、月間防御率を3点台に収め、6月以降にまた1点台へと戻すイメージで投げ続けられるといいですね。
毎月3勝がひとつの目安で、悪くても2勝2敗の五分にとどめたい。調子がいい月に4、5勝して月間MVPを何度も受賞するくらいじゃないと、CY賞は受賞できないでしょう」
昨季、故障離脱した反省点を踏まえ、シーズンを通して活躍できる「耐久力」も発揮しなければならない。
「昨季は6月のヤンキース戦で7回2安打無失点という圧巻投球を見せた後に離脱しました。出力を上げすぎてしまうと故障につながるので、9割くらいの力感でコンスタントに抑える術も必要です。逆に力を抜きすぎると途端に打たれてしまうものなので、そのあたりは非常に繊細で高度なものが求められます」
故障防止や体調管理の面では、千賀も注意が必要だという。
「5月最初の登板はウイルス性胃腸炎にかかった中、点滴を打った上での強行出場でしたが、痩せてしまっていて本来の力を出し切れませんでした。また、以前もライナーの処理で左足首靱帯を痛めた経験があるなど、守備やディテールには課題があります」
千賀には、ほかにも持続性を狂わせかねない要素がある。
「昔からあれこれ試したがる性格で試合ごとにフォームを変えるので、再現性や安定感が乏しいタイプでした。今季はまた新しいスタイルを試していますが、ここまではいい投球ができているのだから、継続性を追求してほしい。試合によって攻め方や配球を変えることと、フォームや球自体が変わってしまうことはまったく別の話です」
双方に課題はあるものの、期待は高まるばかり。歴史的な偉業達成の日を心待ちにしたい。
*成績は日本時間5月7日時点
1977年生まれ。福島県出身。雑誌『週刊プレイボーイ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。テレビ・ラジオのスポーツ番組で構成作家を務める。2022年5月『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)を発売。