WBA1位の挑戦者、カルデナス(左)を8回TKOで下した井上(右)。キャリア30勝目を挙げた WBA1位の挑戦者、カルデナス(左)を8回TKOで下した井上(右)。キャリア30勝目を挙げた

「素晴らしいパフォーマンス、素晴らしい試合に感謝している。このイベント自体も素晴らしく、ボクシング界に必要だった。これがボクシングのあるべき姿だ」

井上尚弥(大橋)の試合後、興行を主催した米トップランク社のプロモーター、ボブ・アラム氏が残した言葉がすべてを象徴している。

現地時間5月4日、米ラスベガスのT-モバイル・アリーナで挙行された世界スーパーバンタム級4団体タイトル戦で、王者の井上は挑戦者のラモン・カルデナス(アメリカ)に8回TKO勝ちを飾った。

2回、左フックで井上がダウンを喫する波乱のスタート。さすがの〝モンスター〟もダメージを受けたように見えたが、その後も攻撃のペースが落ちなかったのは見事だった。

すぐにペースを奪い返すと、7回には井上が連打で逆転のダウンを奪い返す。最後は8回にコンビネーションをまとめ、レフェリーが激闘に終止符を打った。

2回には井上(左)が、ルイス・ネリ戦と同じ左フックで自身2度目のダウン。弱点として指摘する声も 2回には井上(左)が、ルイス・ネリ戦と同じ左フックで自身2度目のダウン。弱点として指摘する声も

「(ダウンは)非常に驚きましたけど、冷静に組み立て直すことができましたね。1ラウンド目を終わって、微妙に距離は調整できたかなと思ったんですけど、2ラウンド目でちょっとズレがあったので、3ラウンド目からは絶対にもらわないようにしました」

試合後にリング上で自身の戦いを振り返った井上の言葉どおり、王者の適応力が際立った一戦だった。カルデナスは対戦前に喧伝された以上の実力者であり、井上の強打も恐れない勇気があった。

それでも最後は井上が倒し切り、場内は〝非日常的な空間〟と言ってもいいほどの盛り上がりを見せた。井上自身も興奮したことは、終了後に笑顔とともに語ったこんな言葉からも明らかだ。

「皆さん、きょうの試合を見ていただければ、僕が殴り合いが好きだということは証明できたと思います。すごく楽しかったです」

今戦直前の〝ファイトウイーク〟期間中、ラスベガスは井上一色となった。MGM系列のホテルのビルボードには井上の電子広告が掲げられ、グッズ売り場も大盛況。カジノのブラックジャックテーブル、ルームキー、全室に置かれる情報誌までがモンスター仕様になったのは壮観だった。

当日の観客動員数は8474人。日本での観客数に比べれば少ないと感じるかもしれないが、近年は客を集めるのがより難しくなったラスベガスのファイトで、初めて〝顔役〟を務めた選手としては上々の数字である。

そして何より、試合内容の素晴らしさは多くのファンの胸を打った。井上は「また機会があれば(アメリカで)戦いたいです」と話したが、間違いなく待望論は出るだろう。アンコールによる再演が実現すれば、さらに大きなイベントになるはずだ。

ただ、アメリカに戻る前に、今後の井上にはいくつかの大きな舞台が内定している。まずは9月、現在のスーパーバンタム級で最後の難敵と目されるWBA暫定王者ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)との防衛戦が決まっている。

さらに年末には、アンバサダー契約を結ぶサウジアラビアでの初戦も計画中。それらを無事にクリアすれば、来春には無敗の3階級制覇王者、中谷潤人(M・T)との日本人対決が企画されているのは多くのファンがご存じのとおりだ。

来年5月、現WBC世界バンタム級王者・中谷(左)との日本人対決が、東京ドームで予定されている 来年5月、現WBC世界バンタム級王者・中谷(左)との日本人対決が、東京ドームで予定されている

30戦全勝(27KO)の井上と30戦全勝(23KO)の中谷。中谷は〝モンスター〟ほどの知名度はないものの、現WBC世界バンタム級王者で、『ザ・リング』が選定するパウンド・フォー・パウンド・ランキング(全階級最強ランキング)でトップ10入りしている実力者である。

中谷のほうがひとつ下の階級だが、骨格では井上を上回っている。スーパーバンタム級に上げての井上戦も体格的に不利にはならないはずだ。

3月31日、東京都内で行なわれた24年度の年間表彰式で、井上が「ファンの方、関係者の方から多く声が上がる国内ビッグマッチに向け、今年はベストを尽くしたい。そこで中谷くん、1年後の東京ドームで日本ボクシングを盛り上げましょう」と呼びかけたことも大きな話題になった。

そのニュースは海外にまでとどろいている。井上対カルデナス戦の前後には、アメリカのメディアからも井上に対して盛んに中谷に関する質問が飛んだ。

実際にこの試合は、アメリカでもスーパーファイトとして認識されており、アメリカの老舗ボクシングメディア『Fightnews.com』のミゲール・マラビジャ記者もこう期待感を語る。

「井上と潤人の対戦は日本のビッグファイトであり、アメリカのボクシングファンの間でも注目されるに違いない。私は、中谷がまだ14、15歳のアマチュアのときにアメリカで試合を見たことがあって、当時もその戦いに感心したよ。

中谷は井上よりも身長、リーチに恵まれており、実現すれば面白いカードになる。海外のメディアも日本で取材したいと思う一戦になるだろう」

〝日本ボクシング史上最大の一戦〟が予定されているのは、来年5月。井上、中谷とも、それまでに2戦ずつをこなすことが予想され、まずはそれぞれの仕事をやり遂げなければならない。

中谷は6月8日、IBF王者・西田凌佑(六島)との統一戦が組まれており、過去最強の相手である対抗王者との対戦は試金石になる。これらの重要試合をクリアすれば、中谷はさらにビッグネームになり、井上戦のスケールもより大きなものになるに違いない。

「井上と中谷の試合は東京ドームで開催するにふさわしいビッグイベントであり、実現するとなればもちろん私も日本に飛ぶつもりだよ」

93歳になったアラム氏も楽しみにしている一戦に向け、カウントダウンはもう始まっている。順調にいけば今から1年後、世界中のボクシングファンの視線が日本に集中することになるだろう。