他人のパソコンをウイルスで遠隔操作し、著名人の殺害予告や旅客機の爆破予告をネット掲示板に書き込んだり、メールを送信した結果、4人が誤認逮捕されたパソコン遠隔操作事件。その真犯人だとして逮捕されたK被告(※1)(31歳)の初公判が来月12日に開かれる見込みだ。
(*1)この事件では、誤認逮捕された人たちをマスコミが実名で報道し、取り返しのつかない報道被害を与えていた。被告の犯罪が立証されないまま実名で報じると、同様の報道被害が繰り返される恐れがある。従って被告の名前はイニシャル表記とする
検察は、有罪を立証するため50人を超える証人を法廷に呼ぶことを検討しているという。事実とすれば、裁判は間違いなく長期化することだろう。
K氏が真犯人であることを示す決定的な証拠が一つでもあれば、これほどの数の証人は必要ない。そこで浮かび上がってくるのは、「ひょっとしてK氏は冤罪(えんざい)ではないのか?」という疑問である。
初公判を1か月後に控えた今、かつて真犯人からの「犯行声明メール(※2)」を受け取ったことのある元検事の落合洋司弁護士とともに、今後の裁判の行方を占った。
(*2)このメールには当時は報道されていなかった誤認逮捕について言及されており、そのことが真犯人だと断定される理由になった
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―通常の刑事裁判でこれほどの数の証人が出てくるのは、よくあることなんですか?
落合 殺人事件や放火事件で、状況証拠を積み重ねていくことによって、その人が犯人なんだと立証することはあります。20人から30人という、かなりの数の証人を呼んで来て、丹念に細かく間接的に立証していくんです。
しかし、通常のIT犯罪の場合、いろんなデータや証拠を組み合わせないと犯罪が立証できないなんてことはありません。普通なら、もうとっくに投げ出しちゃって、恐らく起訴もできずに途中で終わっていると思うんです。
ただ、本件は投げ出して終われるような犯罪でもありませんし、果たして裁判で犯人性が立証されるかどうかはまだわかりませんけど、「これならいける」というものを相当ねちっこく積み重ねる立証をしてきた、ということなんじゃないでしょうか。
―証人の数があまりにも多いので、どうも検察が“苦戦”しているように見えるわけです。
落合 例の「江の島防犯カメラ」の映像も証拠にするんでしょうけど、K氏が江の島の猫を撮ったり猫に餌をやったりしている映像だけで「あの人が犯人だ」とはならないじゃないですか。
―そのこと自体は、本件の「パソコン遠隔操作」とは何の関係もない話です。
落合 真犯人が足跡を残した「雲取山」にK氏も行っていたとか、「江の島」にも行っていたとかいう話の合わせ技で“一本勝ち”を狙おうとした結果、50人を超える証人になってしまっているんだと思います。
―肝心の「パソコン遠隔操作事件」の検証がどうなっているのかが、僕らの一番の関心事です。しかも警察や検察は、これまでに何件もの誤認逮捕事件を引き起こしているわけです。言い換えれば、誰が“犯人”に仕立て上げられたとしても不思議はなかった事件だと言うこともできるでしょう。検察は事件の真相を解明し、同様の事件の再発を防ぐことができるんでしょうか?
落合 現在、公判前整理手続きの中で検察官が「証明予定事実」を被告側に明らかにしているはずなんです。「こういう証拠があるから犯人性が認定できる」というものです。
でも、それが今のところ全然わからない。マスコミ関係者に聞いても、「証明予定事実はマスコミに見せてはいけない」と裁判所から厳命されているらしいんです。そこまでして隠さなければいけないようなものがあるのかと、かえって不思議なくらいです。
―要するに、公判が始まってみないことには何もわからない?
落合 そういうことです。公判が始まれば、検察の「冒頭陳述」の中で、証明予定事実が明らかになります。
K氏はいまだ接見禁止の状態に置かれています。家族とさえ会えない。「罪証隠滅の恐れがあるから」という話になっているらしいのですが、あれだけ捜査をやっているわけだし、今さら「罪証隠滅」なんてできないんじゃないんですか?
―その意味でも、検察側の対応は実に不自然です。
落合 不自然だし、自分たちに都合のいいことはペラペラしゃべるのに、国民皆がすごく関心を持っている犯罪の証拠については「出せません」と言う。すごく奇異な感じがします。
公判前整理手続きの段階で全てをつまびらかにしろとまでは言いませんが、K氏が起訴されてからもう半年以上経っているわけです。
公判が始まれば、法廷で読み上げたものまで秘密にしておくわけにもいかんでしょうが、来月にも公判が始まろうというこの段階に至っても、何も明らかにできませんと言っていること自体が、やっぱりおかしい。
「東京地検、おかしいんじゃないですか」って、声を大にして言いたいですね。
―結局、そんなにいっぱい証人を呼ばなければ立証できないということは、一つひとつの証拠があまりにも弱いということなんでしょうね。
落合 検察は、あまり自信があるように見えないですね。決定的な証拠があればもっと余裕があるだろうし、「こういう確固たる証拠があるんだ」とリークするのが得意なんだし(笑)。
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ところで、落合弁護士宛てに送られてきた「犯行声明メール」では、犯行の動機と目的が次のように記されていた。
「『犯行予告で世間を騒がすこと』『無実の人を陥れて影でほくそ笑むこと』などではなく、『警察・検察を嵌(は)めてやりたかった、醜態を晒させたかった』という動機が100%です」
50人を超える証人は、今なお真犯人が警察や検察を翻弄し続けていることを象徴するかのようだ。問題は、その真犯人がK氏と同一人物なのか―である。そしてその立証責任は検察側にある。
来月から始まる公判を見守りたい。
(取材・文/明石昇二郎&ルポルタージュ研究所)