昨今、大いに注目を集めている3Dプリンター。しかし、立体的な造形物を“出力”する道具であることは理解できても、それがわれわれにどのような恩恵をもたらすのかは、意外と周知されていない。
巷(ちまた)に根づく3Dプリンターのイメージを、次の発想へと進めるために『SFを実現する─3Dプリンタの想像力』を執筆した気鋭の工学者・田中浩也氏に、あらためて3Dプリンターが持つ可能性と、未来予想図を語ってもらおう。
―先日、3Dプリンターで拳銃を製造した男が逮捕されました。期せずして3Dプリンターの“負”の部分に注目が集まりましたが、専門家として、この事件についてどのような印象を持っていますか?
田中 日本には銃刀法があるわけですから、作ってしまったのであれば逮捕は当然でしょう。ただ、誤解しないでいただきたいのは、3Dプリンターでなくても拳銃は作れるということ。最近はネット上にいくらでも設計図が転がっていますから、それをわからないように分割して町工場に持ち込むなどすれば、本物の拳銃を作るのは容易でしょう。むしろ、3Dプリンターでは弾薬が作れませんから、殺傷能力のある拳銃を作るには不向きとも言えます。今回の件で3Dプリンターの危険性ばかりが強調されるのは、ちょっと違う気がしますね。
―では逆に、昨今の有用な3Dプリンターの活用例には、どのようなものがありますか?
田中 例えば最近、自動車メーカーのホンダが自社製品の3Dデータを無料公開したのは、面白い取り組みでした。3Dプリンターがあれば家庭でホンダの車のミニカーが何台でも作れるわけです。子供は喜ぶでしょうし、上手なプロモーションだなと感じましたね。
―一方、好きな女性の体をフィギュア化するなど、エロ目的のユーザーもいそうですが……。
田中 あり得るでしょうね。すでに、アイドルや女優が自分の体の3次元データを販売していたりもします。でも、ウェブが登場したときも然(しか)りですが、こうした最新技術がエロと結びつくのは以前からあることで、驚きはないです。フィギュア文化とも地続きだと思いますし、3次元の自分の写真を撮ったり、それをサービスにしている人もいます。
自宅に3Dプリンターを導入したところ…
―また、中国では3Dプリンターで家屋を建造したという仰天ニュースもありました。
田中 詳細は僕にもわかりませんが、実際にNASAでは、月面に3Dプリンターを使って家を建てる研究を行なっているくらいなので、決して絵空事ではないでしょう。ただ、耐震性など建物としての強度を考えると、3Dプリンターだけですべてを賄うのは難しいはず。補強のためにほかの手段を併用する必要があると思います。
―3Dプリンターが、実現に向けて研究が始められたのはいつ頃なのでしょう?
田中 3Dプリンター自体は、実は30年以上も前から存在しているんです。当時は「ラピッド・プロトタイプ」と呼ばれていて、1台の価格が1000万円もする、主に企業が実験に使うツールでした。しかし、アメリカの企業が押さえていた特許が2006年前後に切れると、世界中で草の根の開発が進められるようになりました。オープンソースの3Dプリンターの設計図が広まったこともあって、いわば誰でも3Dプリンターを作っていい状況になったわけです。
―著書の中で、「3Dプリンタで何が作れるんですか?」という質問に違和感を覚えると語られていますね。それはなぜ?
田中 特定の目的に限らず、「いろんなもの」が自由に作れるからなんです。もともとはメーカーが製品のモックアップ(模型)を作るために使うものと位置づけられていたツールなのですが、06年頃に「3Dプリンター」というキャッチーな名称がついたこともあり、消費者にとって一気に身近なものになりました。毎日何かしら作ることも可能です。これからは技術が主導するのではなく、人間が主導する番です。3Dプリンターで何が作れるのかというより、ユーザーそれぞれが何を作りたいのか、ということが問われているんだと思います。そんなふうに発想を転換することで、3Dプリンターの用途が広がっていくのではないでしょうか。
―田中さんは08年には早くも自宅に3Dプリンターを導入したそうですが、生活に変化は?
田中 当初は「物を一切買わない生活」にチャレンジするつもりでいたんです。最低限の3Dデータと原材料だけは調達するとして、あとは食料以外、必要なものはすべて3Dプリンターで作って賄おうと……。でもそれは長続きしなかった。実際にはちょっとした小物や雑貨が必要な場合は、100円ショップのほうが圧倒的に便利なんです(苦笑)。でも、例えば自分の机にぴったり合うサイズのフックが欲しいといった場合には、自由にリサイズできる3Dプリンターがあると重宝します。これは3Dプリンターを持っているからこそ気づいた点ですね。
4Dプリンターを研究中
―なるほど。サイズを自由に設定して出力できるのが3Dプリンターの強みですものね。
田中 女子学生などは、洋服につけるボタンを何種類も3Dプリンターで作っていました。こういう道具は案外、女性のほうが活用しやすいと僕は思っているんです。
―では逆に、生活のなかで感じた3Dプリンターの弱点は?
田中 料理と違って、一度作ったものは消えない、ということですね。どんどん作れてしまうから、へたをすると家の中が物であふれてしまう。だから今後は、「いかに物を消すか」という技術を考える必要があると思います。実際、普通のプリンターが登場したときには、同時期にシュレッダーも生まれているんです。同じように今度は、3Dのシュレッダーが求められていると言ってもいいでしょう。これはけっこう大きなテーマで、僕は今、3Dプリンターに時間軸の概念を加えた“4Dプリンター”を研究中なんです。つまり、出力したものが、3日なら3日たった後、自動的に消えてなくなるような仕組みを作れないかと。
―“作る”技術を活用するために、“消す”技術を考えるというのはなんだか皮肉ですが、3Dプリンターを使いこなせるかどうかで生活面での利便性がこれから大きく左右されそうです。
田中 こういった新しいツールに対するディバイド(格差)って、面白いもので意外と年齢は関係ないんですよ。例えば僕の両親も、3Dプリンターでたんすを支える耐震用具を作って使っていたりしますからね。10代の子供が3Dプリンターを使いこなしている例もあります。おそらく、最もディバイドが生まれるのは、多忙なビジネスマンなのかもしれません。時間にゆとりのある高齢者や子供というのは、興味さえ持てばしっかり使いこなすすべを身につけるもの。今、バリバリと忙しく働いているビジネスタイプの人こそ、新しいことにじっくり向き合う時間が取れなくて、3Dプリンターの潮流から取り残されていく……なんてことになるかもしれませんよ。
コストダウンした新しい技術を使いこなすのに必要なのは「お金」じゃなくて「時間」です。時間を創造性に変えていく時代なのです。
(構成/友清 哲 撮影/岡倉禎志)
■田中浩也(たなか・ひろや) 1975年生まれ、北海道出身。京都大学総合人間学部、同大学院人間環境学研究科、東京大学工学系研究科社会基盤学専攻修了。マサチューセッツ工科大学建築学科客員研究員などを経て、現在は慶應義塾大学環境情報学部准教授
■『SFを実現する─3Dプリンタの想像力』 講談社現代新書 840円+税 3Dプリンターで何が作れるのか―? 一般の人が抱くそんなありがちな疑問に、“違和感”を覚えるという次世代工学者が、3Dプリンターの登場に端を発する新しいモノづくり論を展開。情報と物質が相互に混在する新たなネットワークについて、多角的に解説する