2010年、日本中に大ブームを巻き起こした小惑星探査機「はやぶさ」の帰還から、約4年半。昨年12月、その後継機である「はやぶさ2」が鹿児島県の種子島宇宙センターから旅立った。
このはやぶさ2打ち上げに至る道のりは平坦なものではなく、そこには日本の宇宙開発に関わる多くの技術者、関係者の苦闘の歴史が刻まれているという。
その舞台裏をまとめた松浦晋也氏の著書『はやぶさ2の真実 どうなる日本の宇宙探査』は、はやぶさ2計画実現に至るまでのストーリーを軸に、日本の宇宙開発技術の可能性や「惑星サンプルリターン」の科学的意味などをわかりやすく伝えてくれる一冊だ。松浦氏に聞いた。
―昨年末、ついに「はやぶさ2」が打ち上げられましたが、計画当初から取材されている松浦さんにとっても感慨深いものがあるのではないですか?
松浦 正直なところ、この4年半が長かったというよりも、打ち上げが間に合ってよかったというホッとした気持ちのほうが強いですね。もう、間に合わないんじゃないかと心配していたものですから…。
―そんなにシビアな状況だったのですか?
松浦 地球も目的地の小惑星もそれぞれ太陽の周りを公転していますから、まずお互いの位置関係、「星の巡り」というのがあって、基本的に打ち上げのチャンスは3年に1回。しかも、向こうに着いたときに、はやぶさの太陽電池とアンテナがそれぞれ太陽と地球に向いた形で小惑星に着陸できる位置関係でなくてはいけません。
今回の打ち上げチャンスを逃すと、2017年、2020年はこの方向が合わず、その次となると2023年ですから人間の側、つまりチームの維持そのものが難しくなる。そういう意味でも、今回は事実上のラストチャンスだったと思います。
2012年には計画中止の可能性も
―初代はやぶさは、あれだけ大きな注目を集めましたし、当時から「はやぶさ2の計画」があるといわれていたので、後継機の開発も順調に進んでいたのだと思っていました。
松浦 世の中の関心や期待は継続していたと思うのですが、2012年には計画中止の可能性もあったほど紆余(うよ)曲折がありました。
最大の問題は予算の確保です。今年1月9日に政府の新しい宇宙基本計画が決定されました。その中身は安倍政権や自民党の意向もあり、日本版GPS衛星や情報収集衛星などの「実用」に重点を置く内容になっています。
政治が実用へと傾斜していくなかで、限られた宇宙科学予算をどの計画に使うのか、何を優先するのかという科学者たちのせめぎ合いがあり、なかなか計画が前に進まなかった。
また、宇宙開発には「政治」という面も大きくて、例えば、日本の国際宇宙ステーション計画参加は、当時の首相だった中曽根氏の強いリーダーシップで実現したわけですが、日本には宇宙開発をめぐる政治的な意味をきちんと理解できる政治家がほとんど存在しないというのも、もうひとつの問題点です。
―そうした障害を乗り越えて、ついに宇宙へと旅立った「はやぶさ2」ですが、「初代」からの進化や、今回のミッションの「売り」はなんなのでしょう?
松浦 細かい部分で多くの進化があるのですが、最大の点は小惑星に金属製の弾丸を撃ち込んで、人工クレーターをつくる「インパクター」という装置を搭載していることでしょう。
小惑星の外側は太陽からの熱や光にさらされて変質している可能性があります。そこで今回は小惑星にインパクターで穴を開けて「内側」からのサンプルを回収しようというのです。
―人工クレーターって、どのくらいの大きさなのですか?
松浦 直径2、3mです。でも、差し渡しで1kmほどしかない小惑星に3mの穴を開けて、その場所にピッタリ着陸しようというのですから、かなりの攻めた挑戦です。
今回、はやぶさ2が目指す小惑星1999JU3は、初代はやぶさが着陸したイトカワと違い、有機物や水が存在するのではないかといわれています。生命の起源が地球由来なのか、小惑星や彗星といった宇宙由来のものなのかは、さまざまな議論があるのですが、今回のサンプルリターンが実現すれば、生命の起源に関するヒントが得られる可能性もあります。
各国と宇宙開発を競いあう意味はあるのか?
―ただ、日本の深刻な財政状況を考えると「今は宇宙開発や小惑星探査に莫大な予算を割いている場合じゃない」という声もあるかと思います。
松浦 確かに、日本が宇宙開発をやめてしまうという選択肢もあります。ただ、その場合、これまで蓄積した技術は完全に途切れてしまう。宇宙開発というのはさまざまな先端技術の集まりですから、そうした技術が途切れてしまうことによるマイナスはかなり大きいと思います。
―それでも、科学的な意味での宇宙開発をアメリカ、ヨーロッパ、日本などが競い合う意味はあるのでしょうか?
松浦 宇宙開発における「国際協力」も、その現実は想像以上にシビアで、自分たちがどれだけ「おいしい」ところを分担するか、逆に言えば、ほかの協力国にどうやってババを引かせるかという政治的な駆け引きが常に存在します。最悪の場合、お金だけ出して、後は何も口を出せないという場合もある。
一定の発言力を持つためには、ほかにまねのできない「独自技術」が必要です。国際宇宙ステーション計画でも日本は当初、こうした切り札を持っていなかったので、実験棟「きぼう」をつくっただけで、あとは全部持っていかれるところだったのですが、90年代に技術試験衛星の「きく7号」で培った衛星のランデブーやドッキング技術を応用することで、宇宙輸送船「こうのとり」を開発。これがスペースシャトルの引退と重なったことで、カードが一枚増えて、発言権も増したのです。
世界初の小惑星サンプルリターンに成功した初代はやぶさが証明したように、日本には宇宙開発に関する高い技術の蓄積があります。これを絶やさず、将来につなげる意味でも「はやぶさ2」の意味は大きいのです。
(構成/川喜田 研)
●松浦晋也(まつうら・しんや) 1962年生まれ。慶應義塾大学理工学部機械工学科卒業。同大学大学院政策・メディア研究科修了。日経BP社記者を経て、航空・宇宙関係を専門とするノンフィクションライターとして活躍。ほかの著書に『恐るべき旅路 火星探査機「のぞみ」のたどった12年』『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』『飛べ!「はやぶさ」』『小惑星探査機「はやぶさ2」の挑戦』など
■『はやぶさ2の真実 どうなる日本の宇宙探査』 (講談社現代新書 860円+税) 昨年末に打ち上げられた「はやぶさ2」。しかし、その道のりは平坦なものではなかった。必要な予算がなかなかつかず、2012年には計画中止かと思われたこともあったという。宇宙探査は息の長い事業。2020年のはやぶさ2帰還後も継続的に宇宙探査を実施するためには今すぐにでも次の計画を立ち上げる必要性を指摘する。はやぶさ2計画当初から取材し続けた著者が、日本の宇宙探査の現状と未来に警鐘を鳴らす