ドローン(小型無人航空機)やロボット掃除機ルンバ、自動運転車などの例を見るまでもなく、AI(人工知能)の発達が目覚ましい。
これが我々の生活を便利にする画期的な技術であることに疑いはないが、その一方で雇用を奪われたり、暴走したりといったリスクを懸念する声もある。
もしかすると将来的には、SF作品で描かれてきたようなAIによる人類の滅亡すらも現実に起こり得るのだろうか…。『AIの衝撃人工知能は人類の敵か』著者の小林雅一氏に今後の展望、AIとの正しい向き合い方を聞いた。
―ここ数年、AIは長足(ちょうそく)の進歩を遂げています。このタイミングで急速に進化と実用化が進んでいるのはなぜでしょう。
小林 AIの研究自体は、1950年代に始まりました。AIには様々な種類がありますが、中でも最も期待されたのが「ニューラルネット」です。これは「人間の脳を真似たAI」といわれましたが、その実態は単なる数学の産物にすぎず、大した能力はありませんでした。
80年代には、ニューラルネットとは違う種類のAIブームが到来し、日本政府も多額の予算を投じて研究開発を促しましたが思うような結果が出せず、この分野は低迷期を迎えてしまいます。
状況が一変したのは2006年頃です。脳科学の研究成果を本格的にニューラルネットに応用し始めたことをきっかけにAIは大きく前進することになりました。
―つまり、人間の脳をひもといてみたら、AIを進化させるヒントが得られた、と。
小林 そういうことです。実は脳科学というのは、まだまだ謎だらけのジャンルです。例えば、脳の解剖学的な構造や神経細胞の中を電気信号がどのように伝わっているかといった物理・化学的な性質は解明されていても「意識とは何か?」「感情とは何か?」など肝心の点については、ほとんどわかっていません。
ところが近年、人間が目の前にあるものを見て、これをどう認識しているかという仕組みが少しずつ解明されてきました。その一端をAIに応用したところ、コンピューターやロボットが物体を認識する技術が飛躍的に向上しました。これが今話題の「ディープラーニング」と呼ばれる最先端AIです。
原子炉や宇宙開発の作業をAIロボットに
―今回の本では、そういったAIの最新事情や産業的なインパクトについて、実例を交えながらわかりやすく解説されています。一方で、現実がかなりSFの世界に近づいてきた印象も受けました。
小林 その点ではAIの定義自体、時代によって移り変わっています。昔はスキャナーのOCR(文字認識)機能のことをAIだと言う人もいたくらいで、今のように人間が発した言葉をコンピューターが自動認識するなんて、とても考えられない時代でした。
このまま進歩していったら、新たな法整備も必要でしょう。すでにドローンが首相官邸に飛び込んだりしていますが、あれがAIで自動飛行するようになれば脅威はさらに増します。
―今後、最もAIの活用が進みそうな産業はなんでしょう?
小林 いろいろありますが、ひとつは自動車産業でしょうか。グーグルやアップルも参入していますし、自動運転車のインパクトはやはり大きい。アウディはレーシングカーの自動運転にまで取り組んでいます。もっとも、将来的に自動運転車同士のレースが実現したとしても、それが面白いかどうかは別問題ですけど(笑)。
―では、AIは私たちの生活にどのような恩恵を与えてくれるのでしょう?
小林 例えば先日、原子炉の格納容器内でロボットに作業をさせようと試みたものの障害物に阻まれて動けなくなってしまいましたよね。あれはリモコン操作だから起こったトラブルで、ロボットがAIで自律的に状況を判断できれば避けられたかもしれません。また、これから宇宙開発が盛んになった時には、人間ではなくAIロボットを作業員として送り込んだほうが安全でメリットは大きいでしょう。
―その自律性がリスクになる、という意見があるのも気になります。AIやロボットの暴走は、あり得るのでしょうか。
小林 そういう指摘があるのは事実ですし、人間の脳に近づけようとしているからには、“教育”の仕方次第でどのようにもなり得るとの見方もあります。
ただ、一部には、あえて世間の関心を引くためにリスクを喧伝(けんでん)する研究者もいますし、現時点で私はさほど危機感を持っていません。SF的な暴走よりも、現実的な多くのメリットに目を向けるべきではないでしょうか。
AI技術は核兵器と同じ価値を持つ
―それは具体的には?
小林 AIの進化によって、ロボットに人間の雇用機会が奪われるのではないかという懸念はもっともですが、その前に産業を再活性化させる一面もあると思うのです。例えば、普段見慣れた掃除機にしても、AIを搭載したことで新たな市場が開拓されました。同様のことは他の成熟した産業でもあり得るはずです。実態を理解せずに、やみくもにデメリットばかりを恐れるのは残念なことです。
―しかし、今後はAIの兵器利用も現実的に進むことになると思います。現状、どこまで軍事利用は進んでいるのですか。
小林 例えば、海外のある軍事メーカーはミサイルに搭載したカメラが捉えた画像を瞬時に解析し、囮(おとり)ではなく本物のターゲットを自律的に攻撃するようなAI技術をすでに確立しています。
さらに言えば、ドローンや自動運転車などを悪用すれば、自爆テロのような行為も人が自爆せずとも実行できるわけです。こうした懸念を受けて、国連では今、ロボット兵器などAIの軍事利用を禁じる動きもありますが、強制力はありません。
―そうなると、今後はAI技術の有無が国防上の重要な争点になりそうですね。
小林 そうですね。いかに相手の裏をかくかという、コンピューター同士の闘いになるわけですから高度なAI技術は核兵器と同じくらいの価値を持つとも言えます。
ただ、あまり悪いほうにばかり考えるのはよくありません。AIのプラスとマイナスの両面を正しく理解した上で、これからの社会のあり方を各自で判断すべきでしょう。
(インタビュー・文/友清 哲 撮影/有高唯之)
●小林雅一(こばやし・まさかず) 1963年生まれ、群馬県出身。KDDI総研リサーチフェロー、情報セキュリティ大学院大学客員准教授。東京大学大学院理学系研究科を修了後、雑誌記者などを経てボストン大学に留学し、マスコミ論を専攻。ニューヨークで新聞社勤務、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などで教鞭をとった後、現職に。著書に『グローバル・メディア産業の未来図』(光文社新書)、『クラウドからAIへ』(朝日新書)ほか多数
■『AIの衝撃人工知能は人類の敵か』 (講談社現代新書 800円+税) 進化し続けるAIは、人間社会をどのように変えるのか―? かつてSFの世界で取り沙汰された、“AIが人類を滅亡させる”可能性を含め、最新事情を交えてナビゲート。AIの発達が、日本衰退の危機をもたらすことに……!?