タルボサウルスの頭骨レプリカ(サイズは実物大)。T・レックスの頭骨レプリカも見たが、ほとんど見分けがつかなかった タルボサウルスの頭骨レプリカ(サイズは実物大)。T・レックスの頭骨レプリカも見たが、ほとんど見分けがつかなかった

長崎市の長崎半島西海岸にある白亜紀後期の三ツ瀬層(約8100万年前)から、国内初となるティラノサウルス科の大型種の歯の化石が見つかった。

体長は推定10m以上。「日本に大型のティラノサウルスはいない」という定説を覆(くつがえ)した“大発見”の真相に迫るーー。

福井県立恐竜博物館との共同研究を続けてきた、長崎市教育委員会の担当者はこう振り返る。

「今回見つかった化石は昨年5月下旬に発掘されたもの。その後、化石の周りの石を丹念に取り除く、クリーニングと呼ばれる作業に半年以上かかりました。ですから、私たちがティラノサウルスの歯の化石だと知ったのもほんの1ヵ月前のことです」

福井県立恐竜博物館の宮田和周(かずのり)主任研究員が九州を調査する中で、2010年にハドロサウルスの化石を発表。これを機に、13年から長崎市との本格的な共同発掘がスタートした。

「潮汐(ちょうせき)の関係で三ツ瀬層が露出する5月、6月のタイミングに集中して発掘しました。地面から20cmから30cmほど手作業で掘り進めるんですが、まさかティラノサウルスの化石が出てくるとは思ってもみませんでした」

ロマンあふれる“国産ティラノサウルス”の大発見だ。

今後さらなる展開はあるのだろうか? 6月に新書『ティラノサウルスはすごい』を上梓(じょうし)した、サイエンスライターの土屋健氏に話を伺った。

―日本にもティラノサウルスがいたとは驚きです。

「ただ、おそらく今回の化石は皆さんがイメージするティラノサウルスではありません」

―どういうことですか?

「一般的に思い浮かべるのは、ティラノサウルス-レックス(以下、T・レックス)ですね。T・レックスはティラノサウルス「類」というグループに属していて、その中でほぼ最大、かつ時代的にも白亜紀末期と新しい。最も進化した種になります」

―今回のティラノサウルスはT・レックスではないと?

「この歯だけでは、断定できません。とはいえ、T・レックスはララミディア(現在の北米大陸西側からアラスカまで延びる細長い大陸)にしか生息していなかったので、可能性は限りなくゼロに近い」

北海道で“国産ティラノサウルス”を復元?

―では、アジアには生息していなかった?

「モンゴルや中国でもティラノサウルス類の化石は発見されています。代表的なのは、タルボサウルスと呼ばれる種ですね。ひと口にティラノサウルスといってもいろいろで、ティラノサウルス類の中ではT・レックスが最も進化した種ですが、元をたどれば微妙に特徴の違う先祖や親戚がいるわけです」

―長崎で発見されたのもティラノサウルス類の中の“親戚”であると…。では、今回の発見はどういう意義があるのですか。

「現時点では、歯自体が相当大きいので10mくらいある大型種なのではないかな、といっている段階ですが、何よりも意義深いのは、日本にも白亜紀末期に大型のティラノサウルス類がいたということです。ティラノサウルス類の化石はジュラ紀中期から白亜紀末期までの地層、世界のあちこちで発見されていますが、今回見つかったものは白亜紀の終わりに近いカンパニアン期で、T・レックスより少し古い時代のものです」

―時代や場所によって、それほど異なるんですか?

「かなり違います。例えば、T・レックスとほぼ同時代のモンゴルに生息した“アジアのティラノサウルス”と呼ばれるタルボサウルスでさえ、T・レックスと比べると、若干タルボサウルスのほうが痩せています」

―長崎のティラノサウルスは、やはり同じアジアのタルボサウルスっぽいんですか?

「でも、タルボサウルスはモンゴルですからね。モンゴルと日本の距離は当時も今もそんなに変わっていないので、同じ地域というには離れすぎ。ひと口にクマといっても、北海道のヒグマと本州のツキノワグマとは分類が違う。それと同じで、長崎のティラノサウルス類も他の部位が見つかれば、固有の特徴があるかもしれない。むしろ、新種である可能性のほうが高いかもしれません」

―し、新種ですか! では、長崎以外で発見されそうなところは?

「ティラノサウルス類で考えると、福井や長崎だけでなく、植物食恐竜の全身骨格の発掘が期待されている北海道や大型恐竜の良質な化石が発掘された兵庫をはじめ、岩手、群馬、熊本など実は結構うあるんですよ。恐竜時代、日本列島はアジア大陸の端にくっついていたので、ジュラ紀や白亜紀の地層があれば、どこでも可能性はゼロじゃない」

―特に可能性が高いのは?

「個人的に注目しているのは北海道です。最近、植物食恐竜が発見されたのは海の地層。恐竜は陸の動物なので、陸で死んだ後に海に流されてきて沈んだと考えられています。その過程で海の動物たちに荒らされずに済んだ。この化石の保存状態がまたいいんです。同じように運ばれてきていれば、ティラノサウルス類の化石も一体丸ごと眠っている可能性もありますよ。日本固有種として、“国産ティラノサウルス”の姿を復元できるかもしれません」

●発売中の『週刊プレイボーイ』32号では、さらに今夏公開の話題作『ジュラシック・ワールド』シリーズでのT・レックス裏話も土屋氏が語っているのでお読みください!

土屋健(つちや・けん) サイエンスライター。オフィス ジオパレオント代表。金沢大学大学院修了。修士(理学)。科学雑誌『Newton』の記者編集者を経て現職。『ティラノサウルスはすごい』(監修・小林快次 著・土屋健 文春新書)はアマゾン書籍ランキング「恐竜」部門で第1位獲得(7月23 日現在)

■週刊プレイボーイ32号(7月27日発売)「国産ティラノサウルスは新種だった?」より