『週刊プレイボーイ』で短期集中連載中、“現代の魔法使い”落合陽一の「未来教室」。最先端の異才が集う最強講義を独占公開!
今回のゲストは、医師兼サイエンスCGクリエイターという珍しい肩書を持つ瀬尾拡史(せお・ひろふみ)。中学・高校時代からNHK『驚異の小宇宙 人体』シリーズの影響で「人体とCG」に興味を持ち、東京大学医学部へ進学。
CGを使って医療技術の発展に貢献するという目標の下、在学中にはデジタルハリウッドとのダブルスクールでCG制作を学んだ。
最近では木村カエラの楽曲『BOX』のMV(ミュージックビデオ)制作に参加するなど活動の幅を広げているが、CGクリエイターとしてのデビューも劇的だった。東大医学部在学中の2007年9月、裁判員制度の導入に備え、司法解剖の鑑定書をもとにしたCGを制作し、最高検察庁に提出したことがきっかけだった。
* * *
瀬尾 例えば、殺人事件の被害者の方にどんな傷がどれくらいあるか。一般人から選ばれた裁判員の方たちが、医学用語だらけの鑑定書を見てそれがわかるかと言ったら、絶対わからないわけです。
でも、CGにすると、臓器を半透明にできたりとか、実際には血管とか神経とかがいっぱいあるんですが、それを全部消したりできる。ちゃんとした医学の知識がある人がCGをつくれば、一般の方にもわかりやすく、それでいて妥当性も担保されたものになるんですね。
それを最高検察庁の検討会で発表したら、3週間後にいきなりNHKで放送されて注目されてしまいました。
2年後に裁判員制度が始まると、その第一号の殺人事件で東大の先生が司法解剖を担当することになり、僕がCGをつくりました。プレッシャーはものすごかったです。自分のつくるCGが被告人の人生を左右しかねないわけですから。結果的にはこの仕事が評価されて、東大総長賞をいただきました。
ただ、このとき唯一残念だったことは、僕たちの意図が必ずしも報道で正しく伝わらなかったことです。「CGなんかで済ませないで、ちゃんと現実(写真や鑑定書といった従来型の証拠)を直視しろ」という意見も当然ありました。
僕たちはCGですべてを代用しようなんて思っていないんです。専門外の方に、まず最初にどこにどのような傷があるか理解するために、道標としてCGを使ってもらえればそれでいいんです。その後で鑑定書の写真もしっかり見ていただければ、ね。その辺が正しく伝わらなかったのは残念でした。
さて、その同じ年に、以前から憧れていたアメリカのジョンズ・ホプキンス大学に留学してCGと医療がつながる最先端の現場を見てきました。それでわかったのは、医師免許を持つCGクリエイターはアメリカにもほとんどいない、ということです。向こうのプロは、医者から言われたことはすごくきれいに画(CG)にできるけど、今の医療現場で必要とされていることが肌感覚でわかるわけではないんです。
そんな発見があったので、医者として自分で働けば肌感覚でニーズがわかるだろうし、横のつながりもできるだろうと思って、卒業後は東大病院で研修医として働きました。
医師としての感覚がCG制作にどう生かされるかというと、例えば一昨年、理化学研究所からの依頼で「UT‐Heart」という心臓シミュレーションの可視化映像をつくりました。この作品で一番思い入れを持っているのは、心臓の右心系と左心系を青と赤で色分けし、離して見せてからふたつを組み合わせるというやり方です。
医学生でも理解しづらいものが患者さんにわかるわけない
なぜこうやったかというと、医学部の初期研修時代、「心エコー(心臓超音波検査)を見てもよくわからない」という実感があったからなんです。医学生でも理解しづらいものが、患者さんにわかるわけないですよね。でもCGなら「空間を取り出して見せる」ことが可能で、心臓がどんな状態なのかをわかりやすく説明するためのツールとして使うことができます。僕が監督したこの作品は、「SIGGRAPH(シーグラフ)2015」で部門世界一に選ばれました。
落合 ちょっと待って。(学生に)みんな、すごさがわかってないでしょ? SIGGRAPHって世界最大のCGの学会で、うちの研究室とか俺とかはよくここで論文を出すんだけど、いつも超大変。
しかも、論文は研究者同士の戦いだけど、瀬尾さんのコンピューター・アニメーション・フェスティバルというジャンルはもっとガチで、ハリウッドのスタジオが殴り込んでくる。この時に上映されたほかの作品って、『ジュラシック・ワールド』とか『アナと雪の女王』とかだからね。そういうのと並んで出るんだから。相手は予算規模が千倍も一万倍も違うんだよ。
瀬尾 それと、今日はもうひとつ、お見せしようと思って持ってきました。CT画像をもとに3Dプリンターでつくった、僕の気管支です。木村カエラさんの気管支だったら売れたと思うんだけどね(笑)。
落合 ホントかよ! 欲しいけど(笑)。
瀬尾 これからそういうの絶対出ますよ。アイドルの心臓とか気管支とか(笑)。…で、この気管支の中に内視鏡を入れる検査があるんですよ。これがやってみると完全に迷路で、ベテランの先生でも迷うことがある。迷ったらどうするかといえば、最初まで引き返してやり直しです。その難しい検査の訓練のためにつくったのがこの3D模型で、中の太さは完全に実物と同じになっています。
だけど、これで訓練をするとなると結局、一台何百万円もする本物の気管支鏡が必要で、学生が使うには高すぎる。かといって、従来の訓練用CGソフトは操作性が悪すぎて、使いものになりません。
そこで僕は、ノートパソコンでもリアルタイムに、気管支鏡とまったく同じ操作ができるソフトをつくりました。これで事前に操作に慣れておけば、検査時間の短縮につながり、患者さんの負担もぐっと軽くなりますね。
これってもう『電車でGO!』とかと同じで、『気管支でGO!』みたいなのも絶対できると思っていて(場内笑い)。もっともっと複雑なパイプの中を進むようなソフトにしたら、位置感覚・立体感覚を養うのに使えるんです。小学生の頃からゲーム感覚でやっていれば、大学で医学部に入ったときに最初から「内視鏡できます!」みたいな人も出てくるでしょう。
やっぱり心は医者
落合 よく言いますよね、細かい手の感覚とか手作業の能力を養うのに「裁縫の授業は重要です」って。あれと同じ。
瀬尾 そうそう。例えばこんな感じで、僕は専門医でもないし、CGの難しい論文を読みこなせるレベルでもないけど、ほかの医者よりは圧倒的にCGを知ってるし、ほかのCG研究者よりは圧倒的に医療を知ってる。十分、仲立ちにはなれると思ってこんな仕事を続けています。CGが医療を進歩させるなんてエモくないですか?
落合 圧倒的なエモさ!
瀬尾 (笑)ありがとうございました。
落合 ここからは対談形式で進めましょう。まず、瀬尾さんの作品って、生命の神秘に対する畏怖(いふ)の念みたいなものが根底にあると思うんです。ただ人体の仕組を教えるだけなら、思いっきり抽象化してグラフや図にしたり、いっそのこと「心臓はポンプの役割を果たしています」みたいにたとえ話にしちゃったり、そういう表現もできるわけじゃないですか。「こうやると美しさは犠牲になるけど、わかりやすい」とか「必ずしも事実を見せるだけが伝え方じゃない」とか、そのあたりのバランスはどうとってますか?
瀬尾 これは見せたい相手が誰かによりますね。相手が研究者のタマゴだったら比喩なんか必要なくて、逆に数式ばかり入れたほうがいいかもしれない。一般人向けだったらできるだけ抽象化したほうがいいし、だけどせっかくのデータを生かす場面も欲しい…とか、そのさじ加減のところに僕の唯一の価値があるのかもしれません。
落合 なるほど、ディレクターとしての価値ですね。それで訊きたかったんですが、瀬尾さんはアーティストか、医師か、デザイナーか、研究者か…いろいろあると思うけど、ご自分ではどう考えてます?
瀬尾 なんだろうね。明確にアーティストではないですね。「すべて3DCGで表現してやろう!」っていうような気持ちがないから。
落合 でも、僕は瀬尾さんの作品を見ると、ぬぐい切れない「瀬尾拡史の作家性」を感じちゃうけどなあ。僕、瀬尾さんは10年後、アーティストになっていると思いますよ。
瀬尾 そう? でもね、やっぱり心は医者なんですよ。サイアメントという会社は、世間的にはかっこいい医療映像をつくる会社というイメージになっていると思うし、それで満足してるけど、僕が本当にやりたいことは気管支鏡検査とか肝臓手術とかのリアルタイム・シミュレーションだから。CGをうまく使えば、本当に治療成績を上げるとか、医療ミスを防ぐことができるはずなんですよ。
たとえば肝臓の手術って、年間7千例くらいあるんです。で、手術関連死亡割合が4%。だから、180人くらいの方が手術関連で亡くなっているんですよ。それが1%減るだけで70人助かります。それをCGの力でできたらすごいじゃないですか。しかも、この7千名っていうのは日本だけの数字だから、世界的に見たらもっともっと多くの命が救われるでしょう。それにちょっとでも貢献できたらな、と思っています。
瀬尾が思うプロデューサーに必要なスキルとは?
落合 つまり、現場での医療を一生懸命やったり、新しい薬や手法を発明するのも、ビジュアリゼーションで教育の仕方を変えたり、予防医学として発信の仕方を変えたりすることも、どっちも命を救うための大事な貢献になるってことだよね。
瀬尾 そう。そういう風に、僕は常に医療への貢献を考えてやっているので、心は医者。でも、全部自分でできるわけじゃないから、プロデューサー? ディレクター? そんなことをやってますね。
落合 プロデューサーに必要なスキルって、なんだと思いますか?
瀬尾 僕の場合はまだ小規模なプロデュースですけど、そのプロジェクトに関わる人たちがやることを、すべてひと通り肌感覚でわかっていることが一番大事なんじゃないかなって思います。
落合 なるほど。僕も、学生がコード書けない時は代わりに書いてやれるくらいじゃないと指導はうまくいかないと思っていて。自分が肌感覚でわからないことを、他人にやれとは言えないよね。
瀬尾 そうそうそう。やっぱりプロデューサーってそれが一番大事なんです。自分がすべての仕事を天才的にできる必要は全くなくて、難しさとか、どこでみんながつまずくかとか、そういうのがわかるだけでもいいんですよ。
特に医療とCGって、結び付けられる人が全然いないんです。これは例えば、中国語が全くできない優秀な日本人と、日本語が全くできない優秀な中国人が力を合わせようがないのと似ていて。このふたりに何かやってもらうためには、「なんとなくこう言ってるよ」って双方に伝えられるだけの語学力があれば十分ですよね。
ここですごく大事なことは、各分野の本当のプロの人たちを相手にして、「この人はちゃんと理解しようとしているな」とか「ちょっと教えてやろう」って思わせることなんですよね。自分の熱意を伝えられる程度には、相手の分野について技術や知識を持ってないと。
落合 確かにそうですね。あと瀬尾さんは、コネクションを取りに行く姿勢がすごいと思います。これはみんな(学生)にもぜひマネしてほしいことなんだけど。瀬尾さんって、講演会とか行ったらまめに挨拶に行くほうじゃないですか。あの姿勢はどこで学んだでんですか?
瀬尾 どこなんだろうね。
落合 俺が思うに、男子理系高校生ってなかなかそういう姿勢を持てないんです。「どうせ俺のほうがちょっと賢いし」みたいな感じで、そのまま大人になっちゃうから後々大変なんですけど(笑)、その点、瀬尾さんは適度な謙虚さを持ってコネクションを取りに行けるじゃないですか。
重要なときに恥ずかしがらず行く能力
瀬尾 どうだろう。でも僕だって、有名人だったらなんでもかんでも名刺欲しいとか思っているわけでは全然なくて。逆に「この人とはどうしてもコネクションを持っておきたい!」って思った時にしか行かないから。強烈な片思いみたいな感じですね。そうとしか言いようがないんだよね。
落合 確かに俺も、自分から是が非でも名刺もらいたい!ってことはあんまりない。だけど「この人とはつながっていたい!」って見抜くというか、鋭く反応するというか、そういう重要なときに恥ずかしがらずちゃんと行く能力は身に着けておかないと損すると思っていて。それができないと、気づかないうちにチャンスがスルッとなくなっていくから。
瀬尾 たぶんね、話に行く相手に自分で熱意を伝えられる自信があるかどうかが大事なんですよ。
落合 あーなるほど。
瀬尾 僕の場合、大学生の頃、たまたまジョンズ・ホプキンス大学の先生が来日して講演をやるって知った時には、それまでにつくった作品を全部持っていきましたから。どうしてもこれを見てもらいたいんですって。そうすると向こうも本気になってくれるから。だけど、「なんかテレビで見たことある人いるよ、会いに行こ~」なんていう態度だったら、やっぱりなあなあになるし、こっちも全然覚えてもらえないんですよ。
落合 わかります。俺もよく言われますよ。「落合さんみたいにメディアアートやるには、やっぱ文系だときついんですか?」とかね。そしたら「きついねっ」って、ひと言冷たく言うだけです。
瀬尾 例えば、僕が落合くんに質問しに行くんだったら「メディアアートやりたくて、ここまではできたんだけど」と…。
落合 つくったものを持ってきたりとかですね。俺も、高校生の時の心のアイドルだったMIT(マサチューセッツ工科大学)の石井裕先生に大学生になって初めて会いに行った時は、自分の論文をホチキス止めにして持っていったんだ、懐かしいな。
瀬尾 それくらいの熱意が大事なんだよ。
瀬尾氏のヤバかった失敗談
落合 (学生に)これはみんな、今日家に帰ったらポートフォリオサイトとかポートフォリオ本を作れってことだからね。瀬尾さんのキャリアパスを見ていると、何もかもうまくいっているように見えるけど、ヤバかった仕事とか失敗談はありますか?
瀬尾 学生なら失敗しても何してもいいんだけど、社会人になっちゃうと、しかも自分で会社やってると、失敗したら生活費がなくなっちゃうので…。
落合 社会的信用も失いますからね。
瀬尾 だから冷や汗ものですよ。さっきの心臓の可視化にしても、世界で誰もやったことないから、できるかできないかわからない。でも「研究」じゃなくて「映像をつくれ」っていう仕事としての発注だから、つくって納品しなきゃいけないんですよ。毎回、超ヒヤヒヤです。
落合 それで会社やってるのはすごいと思う。僕はやっぱり、リスキーな案件は全部“研究”、「これならまあ、できるな」みたいなものは“展示(=アーティストとしての仕事)”の案件でやってて。どちらか判断ができないものは、むしろ学生さんのプロジェクトとしてアイデアを投げるって形で、アイデアと出す場所を使い分けています。
リスクが大きくないプロジェクトで学生さんが失敗しても、それはそれでいい教訓になるし、ちゃんとやればだいたいできるから難易度もちょうどいい。「僕がやらない感じのこと」ってやっぱりあるから、そういうのをやらせたいので。
瀬尾さんがどれも「仕事」として、身ひとつで特攻できるのは、やっぱりかっこいいなって思いますね。
瀬尾 ありがとうございます。逆に僕が落合君を見ていてすごいなと思うのは、テレビとかに出ながら、一方でちゃんと世界に通じる論文を書いてるわけじゃないですか。
僕はアカデミックな世界で評価されることは何もやっていません。でも、CGのデータの見せ方と使い方を、誰もやってこなかった方法論で活用することで、医療そのものにイノベーションをもたらすことはできると思っています。
★第2回⇒“現代の魔法使い”落合陽一×西村真里子「新聞、絵画、イッセイミヤケの服もメディアのひとつ」
■「#コンテンツ応用論」とは? 本連載は筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。"現代の魔法使い"こと落合陽一助教が毎回、コンテンツ産業の多様なトップランナーをゲストに招いて白熱トーク。学生は「#コンテンツ応用論」付きで感想を30回ツイートすれば出席点がもらえるシステムで、授業の日にはツイッター全体のトレンド入りするほどの盛り上がりです。
●落合陽一(おちあい・よういち) 1987年生まれ。筑波大学助教。コンピューターを使い新たな表現方法を生み出すメディアアーティスト。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得。デジタルネイチャーと呼ぶ将来ビジョンに向け表現・研究を行なう
●瀬尾拡史(せお・ひろふみ) 1985年生まれ。株式会社サイアメント代表取締役。東京大学医学部卒業。医師としての知識と、デジタルハリウッドなどで磨いたCGの知識・技術を生かし、「正しさ」と「楽しさ」を両立させたサイエンスコンテンツを制作。落合氏とは平成26年度総務省「異能vation」の同期
(構成/前川仁之)