筑波大学「未来教室」で講義をする落合陽一氏(右)と西村真里子氏(左)

『週刊プレイボーイ』で短期集中連載中、“現代の魔法使い”落合陽一の「未来教室」。最先端の異才が集う最強講義を独占公開!

今回のゲストは「最強IT女子」。現代の魔法使い・落合陽一は、西村真里子をそう呼んでいる。

ICU(国際基督教大学)で国際関係学を専攻し、卒業後はIBMに入社。エンジニアとして国際特許も取得した。その後、「Flash」などのウェブツールで知られるAdobe(アドビ)を経て、インタラクティブコンテンツ制作会社バスキュールに移り、プロデューサーとして視聴者参加型テレビ番組制作を手がけた。

2014年には、女優・壇蜜の肉体をレースコースに見立て、血液型対抗バーチャルレースに視聴者がスマホで参加する番組『BLOODY TUBE』で、カンヌ国際広告祭モバイル部門の金賞を受賞。現在は独立し、新規事業の立ち上げ支援などを行なうHEART CATCH社の代表として、また日本テレビ『SENSORS.jp』の編集長として、最先端の技術と個々人の表現が切り結ぶ現場を追いかけ、広く世に紹介している。

西村は「時代時代の自分の関心に合わせてキャリアを変えてきた」と語る。そのキャリアを一貫して支えているのは、テクノロジーがつくり変える未来社会へのポジティブな姿勢と、人間ひとりひとりが持つ才能・可能性への好奇心だろう。

この2本の柱が、例えば最近では最先端技術でPerfumeなどのライブ演出を手掛け、リオ五輪閉会式の演出にも携わったライゾマティクス・真鍋大度(だいと)と振付師MIKIKOを取材したり、毎年CES(米ラスベガスで開かれる世界最大級の家電・新技術の展示会)を訪れ新製品を紹介したり、といった幅広い活動の原動力になっている。

筑波大学情報メディアホールは前回と同様、満席で補助椅子も足りず、通路のスロープに20人ほどの学生が座りこんで受講。ベンチャー企業やスタートアップ支援にも力を入れる西村が、“メディア論の古典”をベースに未来社会の主役の卵たちに送るメッセージとは――。

西村 先日、アメリカのAT&Tがタイム・ワーナーを買収するというニュースがありましたが、これって日本でいうとソフトバンクがスタジオジブリを買収するみたいな話なんですね。これはひとつの例ですけれど、現代はメディアの垣根がどんどん取り払われている時代です。

それで今日は、まず「そもそもメディアってなんだろう」というところからお話したいと思って、マーシャル・マクルーハンの『メディア論』を持ってきました。

落合 それ、俺も大学1年の頃に読んでました。読んでなかったら人生変わってただろうなあ。

身の回りにあるすべてのものがメディア

西村 メディア研究の古典なんですが、現代を予言しているようなところがありますので、皆さんもぜひ読んでみてください。

この中でマクルーハンは、「メディアとはメッセージである」とか「メディアとは人間が拡張したものである」と言っているんですね。そうすると、我々の身の回りにあるほとんどすべてのものがメディアに当てはまることになります。新聞、絵画、貨幣、みんなメディアです

1964年に刊行された『メディア論』(原題『Understanding Media:The Extensions of Man』)は、人にまつわるあらゆる事象はメディアであると規定したメディア研究の古典。インターネット時代のシェア文化やAIの広がりを予見する内容になっている(講義で実際に使用されたスライドより)

例えばファッション、服もそうですね。落合さんであれば、ヨウジヤマモトをいつも着ていることがアイデンティティになり(笑)、この場合は着る側がメッセージを発していることになるでしょう。

一方で、服というものは、デザイナーの方が込めたメッセージを受け取るための媒体、メディアだという見方もできます。デザイナーの方々の最先端の取り組みをいくつか紹介しましょう。

中里唯馬さんは、もともとベルギーのアントワープ王立芸術学院でいわゆる王道のファッションを学ばれた方ですが、新しいテクノロジーがどんどん生まれてくる中でファッションの可能性も変わるということで、今年のパリコレではミシンを使わずに、レーザーカッターとか3Dプリンターだけを使って服をつくる、というようなことをやってらっしゃいました。

彼の作品を着たモデルさんが、長い「腕」をつけています。これは3Dプリンターで出力された「装着用の腕」なんですね。これには、例えば「今日はちょっと腕を長くしたい」とか、「腕を多めにしたい」みたいな形で、将来的には服だけでなく身体自体をデザインするのがファッションデザイナーの仕事になるんじゃないか…という中里さんのメッセージがこめられているようです。

ファッションデザイナー中里唯馬氏は、今年のパリコレでモデルに3Dプリンターで出力した「長い腕」を持たせた(PHOTOGRAPHY BY SHOJI FUJII)

また、「イッセイ ミヤケ」のデザイナー宮前義之さんも非常に面白い取り組みをされていて、ソニーのFES事業部と素材の共同開発を行ない、電子ペーパーを使ったバッグ「EB(Electronic Bag)」をつくってらっしゃいます。

イッセイ ミヤケのデザイナー宮前義之氏は、素材としての電子ペーパーを研究し、バッグ「EB」を製作。自分の動きに合わせてバッグの表情が変わる(photo by Mariko Nishimura)

このバッグは、まるでクルマのようにオートモードとマニュアルモードを切り替えられるようになっているんです。オートモードで使うと、自分の動きに合わせて電子ペーパーの表情も変わる。今、我々は朝出かけるときに服を選び、バッグを選ぶというスタイルですが、近い未来には出先で自分の感情や動きに合わせて雰囲気や「モード」を切り替えられるようになるんじゃないかと、そんな話をされていました

次に、これはファッションというか身体装飾になりますが、アメリカのMITメディアラボが、おしゃれなシールタトゥーでスマホをコントロールする「タトゥータッチパッド」というアプローチを進めています。自分と情報機器との距離感って、大きなパソコンから始まってノートパソコン、スマホ、とどんどん縮まってきましたが、ついには衣服を通して、あるいはシールタトゥーを通してインターネットにアクセスできる、というようなことが起き始めています

我々は普段からたくさんのメディアに囲まれていますが、皆さんひとりひとりもメディアです。単にメッセージを受け取るだけじゃなくて伝えてゆくことが、過去から現在、そして未来に対する大事な役割なんじゃないかなと思います。

メール文化からチャット文化、スタンプ文化へと進んでほしい

落合 ありがとうございました。では対談と質疑応答にいきましょう。

まず、西村さんのキャリアについてはみんな興味津々だと思うんだけど、IBM、Adobeって外資の大企業じゃないですか。グローバルな職場を渡り歩いてからバスキュール、そして日本テレビとの『SENSORS.jp』と、ローカルなほうに活動の場を移して、なにか感じたことはありますか?

西村 正直に言うと、外資で働いていた時は、日本に住んで、日本の市場を相手にしているのに、売上が別の国で管理され、働いた分の税金を日本に落としてないんじゃないか?という点に少し違和感がありましたね。

落合 ああそうか、売上げが向こうにいっちゃう。

西村 だから、日本にちゃんと税金を落として社会人としての役割を果たせるのが、ローカル企業に移ってよかったことかなと思います。ただ、一方でローカル企業だとどうしても、日本人だから日本語じゃなきゃだめとか、礼儀正しすぎてあまり外に向かってオープンになれないとか、そういう弊害は感じます。

落合 すいません、僕なんかフェイスブックでこの講義のことをお願いする時とか、スタンプだけですませちゃって…(笑)。

西村 それぐらいのほうが気楽でいいと思う(笑)。海外の方とメールする時って、相手が偉い方であったとしても、あいさつの決まり文句とか必要ないけど、日本だといまだに「お世話になっております」みたいな定型句を入れないと失礼にあたるじゃないですか。そういう習慣は必要ないかなと思うので、早くメール文化からチャット文化、スタンプ文化へと進んでほしいですね。

落合 スタンプだけで会話したいですよね。情報量少なくて済むし。

西村 あとはやっぱり言語の壁を感じます。『SENSORS.jp』は「.jp」だからもちろん日本語で情報発信しているけど、もうちょっと海外の方にも伝えていきたいな、とふつふつと感じています。日本で生活している以上、仕方のないことかもしれませんが、でもどうしたらこの「閉じてる感」を克服できるのかなあと。

落合 NHKだって、BBCみたいには動いてないですからね。BBCは世界中に網を張っているじゃないですか。でも、例えばNHKワールドが中国の面白い作家を紹介するみたいなことって、BBCと比べるとやっぱり少ないですよね。

西村 ウェブサイトにしても、海外のニュースを取り上げてもなかなかPVがとれないとか、みんな海外で何が起きているのか?というのをそれほど感心持ってないんだなぁ、と。

テクノロジーがファッションを変えるアプローチの方法

落合 でも自動翻訳技術が発達したら、もっと面白くなると思いませんか?

西村 思う思う。英語とか中国語あたりは、もうだいぶできるようになってきているみたいですよね。

落合 5年くらいたったら、当たり前のように右クリックで日本語に直したりできるようになると思います。

西村 そうなったら、発信するものが言語の壁を超えていけるかもしれませんね。

ただ、人工知能や自動翻訳の世界で言うと、日本では言語学者も含めて、あまり研究が熱心に行なわれていないから、「日本語‐他の言語」の翻訳がどこまで精度高くできるかなっていう心配があります。

落合 俺もそれ、昔は心配だったんだけど、最近ディープラーニングが出てきて全然心配じゃなくなってきたんですよね。ディープラーニングならアメリカの研究者が学習させた内容をそのまま日本語の単語セットに変えれば、まあ動くことは動くんじゃないかなと僕は思っています。最近ではグーグルの翻訳精度もすごく上がってきてますし。

それと、ファッションの話で、僕がずっと気になっていることがあって。テクノロジーを用いたファッションって一般的にはまだ全然広まっていないんですけど、デザイナーの人たちはどうやって現状を乗り越えようとしてるんだろう。西村さんは多くのデザイナーにインタビューしていますが、その中で気づいたことはありますか?

西村 おっしゃる通りで、パリコレに出されるような最新のファッションから普段着へ、というジャンプはまだなかなか難しいようです。ただ、私はイッセイ ミヤケさんが電子ペーパーを使ったバッグを発表された時に「(その壁を)超えられるかな」と思ったんです。

デザイナーの宮前さんは電子ペーパーの機能――色や模様を変えるなど――に着目するだけじゃなく、「素材」として非常に熱心に研究されていて。革やコットンと同じように、叩いたり穴を開けたりして、実際に人の生活のなかで使えるテクノロジーという形でバッグをつくっている。それを見たときに、これから浸透していくかもしれないと感じました。

落合 今年のパリコレで、カラーの電子ペーパーを使った腕時計の展示があって、あれを見た時に俺も「電子ペーパーってキモなんだな」って思いました。「身につけるテクノロジー」には軽さと消費電力の少なさっていうふたつの条件が求められると思うんだけど、電子ペーパーはそれを完全にクリアしてますからね。しかも時計として、曲面にして腕に巻ける柔軟性まで持ってるので。

テクノロジーがファッションを変えるには、2種類のアプローチがあると思うんです。ひとつは、コンピューターの力で新たなデザインが設計可能になるケース。ミシンなしで服をつくる中里さんや、アニメのような世界観の服をつくるブランド「chloma(クロマ)」はこれに当たると思います。どちらかというと、このアプローチはデザイナーにとってもわかりやすいんだろうと僕は思っています。

で、もうひとつはエレクトロニクスがものすごく小さく、軽くなり、素材として直に使われるというケース。電子ペーパーのバッグや腕時計はまさにこれですけど、けっこう珍しいんじゃないですか。電子ペーパーのほかに、パリコレとかでそういうのを何か見ましたか?

メディアアートに似たファッション界の取り組み

西村 コレクションではないですけど、アメリカのサンフランシスコで、「1年で消えるリアルなタトゥー」を入れられるインクの技術を開発している人がいます。これとさっきお話しした「タトゥータッチパッド」が合わさったら、面白くなりそうじゃないですか? 1年で消えるなら、気楽にテクノロジーを身体にまとう選択肢になりますよ。

落合 確かに。俺も親指の付け根にクレジットカード番号を3つくらい書いておきたいと思うことがあります(笑)。

西村 ファッション界でのこういう取り組みって、メディアアートに似てますよね。落合さんもそうだけど、メディアアーティストって、新しいテクノロジーを使って作品を発表するじゃないですか。

今は役に立たないと思われたとしても、誰もまだ発見していないテクノロジーの使い方をアートという形で世の中に見せることで、そのテクノロジーも成長して、やがては製品やサービスに実用化されていく。いい循環を生んでいると思います。

落合 メディアアートといえば、英語で「最先端」はthe state of the artっていうんだけど、これを直訳すると「アートの状態」なんですよね。「アートの状態=最先端」っていうのはすごく重要なとらえ方で。なんの役に立つのかわからないけど、社会に対するインパクトや文化的な素養がある――そういうものはアートとしてしかとらえられない、つまり「アートの状態」だっていう解釈の仕方ができるわけです。

一般的にアートと言われるものは、社会に回収されると文化になるんだけど、「アートの状態=最先端」はそうじゃなくて、社会に回収されると文化ではなく当たり前のものになっちゃう。エジソンの電球だって、最初はなんに使うものかわからない「アートの状態」だったけど、社会に回収されるとなんの変哲もない電球になってしまう。

メディアアートって、時代を読み、人間は現在どこまでやれるのかを考え、the state of the art(最先端)を作り続けることだと、そういう立ち位置で僕はやっています。

あと、「時代をつかんで生きてる人」ってどういう人が多いですか? ここの学生にも、そうなりたそうな人間が50人くらいいます(笑)。

西村 いいですねー。やっぱり、他人の意見に耳を貸さない人じゃないでしょうか。

落合 はっはっはっは(笑)。

西村 だって、世の中に批評家って超いっぱいいて…。

落合 腐るほどいますね。

西村 ねえ。くだらないこと言う人も多いじゃないですか。そういう外野の意見に屈しないっていうか、「ああ、何か言ってるやついるな~」くらいに受け流せることが一番大切なんだと思います。

テクノロジーを身につける不安

 

「サイボーグになるのは怖い」という学生に対し、「そういう時代になったら、自分は迷わずサイボーグになる」と語る西村氏

■学生からの質問

学生A どんどんテクノロジーを身につけられるようになって、自分自身の顔とか身体までカスタマイズできるようになったら、私は怖いなと思うんですけど、そこはどう思いますか?

落合 俺はまったく怖くないから(笑)、西村さんの意見が聞きたいです。

学生A 周りが全部サイボーグみたいな感じになってしまったら、その時、人間として生きる意味ってなんだろうって…。

西村 面白いですね。現時点では周りがみんな人間だからそう思っているだけなのかもしれません。時代が変わって、周りにどんどんサイボーグみたいな人たちが増えていくと、たぶん感情も変わると思いますよ。周りがそうなっていくと、恐怖心がポジティブなものに変わっていくので。

逆に言えば、社会が進んでいく以上、恐怖を持ったままだとたぶん生き続けられないと思うんです。善し悪しは置いといて、マジョリティの力ってそういうものですよ。今の段階ではSFみたいな話と思われるかもしれませんが、そういう時代になったら、私は怖れることなくサイボーグになるんじゃないかなと思います。

“現代の魔法使い”落合陽一×シシヤマザキ「シシちゃんって、カメラが回ったときになんか人類を超越する」

◆「#コンテンツ応用論」とは?本連載は筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。“現代の魔法使い”こと落合陽一助教が毎回、コンテンツ産業の多様なトップランナーをゲストに招いて白熱トーク。学生は「#コンテンツ応用論」付きで感想を30回ツイートすれば出席点がもらえるシステムで、授業の日にはツイッター全体のトレンド入りするほどの盛り上がりです。

●落合陽一(おちあい・よういち)1987年生まれ。筑波大学助教。コンピューターを使い、新たな表現方法を生み出すメディアアーティスト。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得。デジタルネイチャーと呼ぶ将来ビジョンに向け表現・研究を行なう

●西村真里子(にしむら・まりこ)国際基督教大学(ICU)卒業。IBMのエンジニアとしてキャリアをスタートし、その後、Adobeのフィールドマーケティングマネージャー、バスキュールのプロデューサーを経て、2014年に株式会社HEARTCATCHを設立(代表取締役)。最先端の「テクノロジー×エンタメ」を紹介する日本テレビ『SENSORS.jp』編集長を務める

(構成/前川仁之)