『週刊プレイボーイ』で短期集中連載中、“現代の魔法使い”落合陽一の「未来教室」。最先端の異才が集う最強講義を独占公開!
スマートフォンで手軽にVRコンテンツを楽しめる段ボール製のビューワー「ハコスコ」の開発者・藤井直敬(ふじい・なおたか)は、SR(代替現実)を応用した体験型の作品を手がけるアーティストとしても活躍している。同時に、理化学研究所脳科学総合研究センター適応知性研究チームのリーダーを務める脳科学者であり、さらに以前には東北大学医学部大学病院で眼科医として勤務していた医学博士でもある。
「飽きっぽいのが僕のよいところでもあって悪いところでもある」という軽やかなフットワークから生まれる彼の活動の多くは、「われわれは現実をどう見ているのか」という巨大なテーマと結びついている。
前編(「VRは人を進化させるテクノロジー」)に続き、お送りする。
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落合 これからVRが日常生活の一部になるには、クリアしなきゃいけないハードルがふたつあると思います。
ひとつは、VRがコミュニケーションツールに絡んでくること。つまり、各々がVR空間を経由して「つながる感じ」を持たない限りは、現実生活に寄与しないんじゃないかと僕は思うんです。だけど、今のところまだコミュニケーションツールに応用されていません。何が足りないんでしょうか?
藤井 まず一番足りないのは、現状のコミュニケーションツールに対するユーザーの不満じゃないでしょうか。「メッセですむじゃん」とか、「電話でいいじゃん」みたいなのを超えた後にスマートフォンが爆発的に来た、みたいな流れが必要ですよね。現時点ではVRのキラーコンテンツがなく、必要性があまり感じられないからね。
落合 でも、僕はSkypeには重々不満があって。Skypeとスナップチャットで全然伝わらないことがすごく多いんですけど。
藤井 だから、FacebookがOculusを買ったのはコミュニケーションツールにすることを見越しているんだと思うよ。
落合 そうですよね。Facebookがアクセルをうまく踏んでくれれば、ストリーミング環境もあるし、エンジニアもいるから、きっとうまくいくんじゃないかなあと思っています。
それから、もうひとつ。今のHMD主体のVRって、歴史をひも解いてみると“エジソン型”、つまり「覗き込み式映像装置」の逆襲だと思っていて。すると、次に“リュミエール型”の「プロジェクター式映像装置」が盛り返すのは、二次元から離れて三次元の空間映像を映せるようになるときでしょう。これが出てきて初めて、VRと現実の区別ってなくなるんだろうなと思うんですが、空間映像の時代に行くのには何が足りないと思いますか?
世の中が技術面で大きく変わる可能性を感じている
藤井 まず、空間映像自体の基礎技術がまだ不十分であるってこと。あとは、あらゆる環境、例えば僕らが仕事をする環境が、机から何から全面スクリーンっていうのが標準になるとか、ワークスペースすべてが情報の窓口になるっていう技術がなんらかの形で実装されないと、難しいんじゃないかなと思います。
落合 僕が「HTC Vive」をかぶって『ティルトブラシ』という3Dお絵描きソフトを体験した時、三次元上にものを描けるっていう快感がものすごかったんです。そのとき、三次元上にポンと物が置けることが当然になってくると、空間映像が欲しくなるんだなあと思ったんですよね。
逆に言うと、重力から解放される宇宙に人類が進出して、三次元に物が置けるようになるまで、空間映像のニーズに気づかないんじゃないかなって、ちょっと思ったりもするんです。VRをやった人だったら、三次元に自分の体と同じサイズのものを描ける興奮は、ホワイトボードありきの世界とは全然違うということがわかるんですけど…。そこのモチベーションを共有しないとダメなのかなあと、僕は最近思っていて。でも、僕らが生きてるうちにはそこまで行くんじゃないかなって。
藤井 行くと思いますよ。だから僕は、最近は死にたくない(笑)。ちょっと前まで、「長生きしても戦争はなくならないし、いいことはあまりないし」と思ってたんだけど、今は世の中が技術面で大きく変わる可能性を感じていて。だから楽しみで死ねないんだよね。
落合 それと、キャリアについてお聞きしたいんですが、藤井先生ってお医者さんだし、研究者だし、アーティストだし、経営者じゃないですか。どの成分が一番強いとか、自己定義として何かそういう位置づけはありますか?
藤井 今までだいたい10年くらいずつでシフトしてきてるんですよ。最初に医者を7、8年やって、研究者を10年ちょっとやって、最近は自称アーティストっていうのを始めて、会社経営を2年半やったところです。どれが自分にとって一番かといえば、そのときやっていることが多分、そのとき一番フィットしてるんだなと思っていて。
やっぱり、世の中のスピード感より速く走りたいっていうのは常にあります。研究者をしていた頃は世の中があまり速く動いていなかった。なので、けっこうのんびり、5年、10年単位のプロジェクトを回していても焦ることはなかったんだけど、ここ10年くらいの世の中の回転はものすごく速くなっていて、研究者のスピード感だと、いつ自分が役に立てるのか、もしくは世の中にインパクトを与えられるのか、まったく見えなくなって。そう考えると、会社ってやっぱり速いんだよね。
落合 速いですね。
藤井 ヘタすれば、もう1週間でダメになっちゃうこともよくあるから。そのスピード感ってやっぱりしびれるね。
落合 なるほど。確かに、僕の実感としてもアーティストと会社経営は割と速いけど、研究者は、基礎研究に近ければ近いほど、ひょっとしたら永久に芽が出ないかもしれないけどやらないといけない、みたいな状態に置かれることもありますよね。
藤井 それも価値があることだとは思うんだよ、だけど僕は耐えられない。
自分を大事にしてくれた「親」をどこかで殺さなきゃダメ
落合 10年後にはなにをされていると思いますか?
藤井 僕は51歳になったばかりで、最近の国家財政事情を考慮して80歳まで現役だとすると、あと30年近く働かなきゃいけないんだよね。で、20代、30代、40代までは、プロジェクトをひとつ回すのにだいたい5年から10年かかってたんだけど、最近はいい意味で老獪になってきたんで、ひとつのサイクルをもしかしたら2年くらいで回せるかもしれないと思います。
そうすると、あと30年の間に何回そのサイクルを回せるかっていうのが、すごい楽しみで。今回「ハコスコ」で得た、どうやったら世の中のサイクルとタイミングを合わせられるかっていう感覚もうまく生かして、10年後には「ハコスコ」っぽいことをもう2、3回転できているといいなって思います。
落合 藤井先生って、30%くらい人より速いと思います。7、8年でだいたいわかって次に進んでるじゃないですか。ほかの人だったら、そのまま30年同じことをやり続けてるだろうな、と思います。
最後に、これから活躍する若い人たちにエールをお願いします。
藤井 まあ、何をやるにしても世の中にインパクトを残したいっていう気持ちがあるなら、自分を大事にしてくれた「親」をどこかで、いつか殺さなきゃダメです。
親というのは、実の親かもしれないし、研究室の指導教官かもしれません。もしかしたら部活の先生かもしれない、友達かもしれない、会社の上司かもしれない。その人を乗り越えたいと思ったら、いったん否定しなきゃダメです。
といっても、単にディスるのとは違うんだ。もちろん十分感謝をして、リスペクトを持った上で、「あなたを殺して私は先に行く」と。先に行くためには乗り越えなきゃいけない。
偉大なクリエイター、例えば宮崎駿(はやお)なんかの場合、たぶん名もない優秀な人たちをたくさん食ってきたんだと思う。だけど、食われる人もいれば、乗り越えて、別の方向で宮崎駿に「すげえ」って言わせる人もいるんだよ。
落合 庵野(あんの)秀明さんみたいな。
藤井 そうそう。もちろん食われる人だって世の中の栄養になっているわけだから、それは意味のあることなんだけど、もし自分が親を超えたいって思う気持ちがあったら、やっぱりどっかで勝負をしなきゃダメです。そのためには親から一度離れなきゃいけない。いつまでも「実家」にいちゃダメなんだよ。わかるでしょ。
ただ、ふつうはそこにたどりつくまでにけっこう時間がかかるものなんだけど、落合君はあっという間だったから、みんなびっくりしてるんだ(笑)。
◆「#コンテンツ応用論」とは? 本連載は筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。“現代の魔法使い”こと落合陽一助教が毎回、コンテンツ産業の多様なトップランナーをゲストに招いて白熱トーク。学生は「#コンテンツ応用論」付きで感想を30回ツイートすれば出席点がもらえるシステムで、授業の日にはツイッター全体のトレンド入りするほどの盛り上がりです。
●落合陽一(おちあい・よういち) 1987年生まれ。筑波大学助教。コンピューターを使い、新たな表現を生み出すメディアアーティスト。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得。デジタルネイチャーと呼ぶ将来ビジョンに向けて研究を行なう。クアラルンプールで初の大規模個展を開催中
●藤井直敬(ふじい・なおたか) 1965年生まれ。理化学研究所適応知性研究チームチームリーダー、株式会社ハコスコ代表取締役、VRコンソーシアム代表理事。東北大学医学部卒業後、同大大学院にて医学博士号取得。98年よりマサチューセッツ工科大学に上級研究員として勤務。帰国後、2012年にSR(代替現実)システムを開発し、ヴァーチャルリアリティに関するさまざまな研究・開発・実践を行なう
(構成/前川仁之)