イギリスのEU離脱をめぐる国民投票や米大統領選挙など政治の舞台も含め、2016年は世界中に多くのデマが撒き散らされた一年だった。日本でも、ネットで拡散されたデマに踊らされた人々による炎上現象は少なくない。
そんな「ネット愚民」にならないためには、玉石混淆(ぎょくせきこんこう)の情報たちとどう向き合えばいいのか? 『ウェブはバカと暇人のもの』など多くの著書を持つネットニュース編集者、中川淳一郎氏にヒントを訊(き)いた――。
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―まず、2016年のデマ騒動で印象的だったものはなんですか?
中川 熊本地震関連のデマが多かったですが、その中のひとつに産経ニュースの報道がありました。6月15日、舛添前知事の辞任に関して東京でニュース番組の街頭インタビューに応じた女性が、4月に被災地で現場レポートをしていたピースボートの災害ボランティアスタッフに酷似しているとネット上で指摘されていることを報じたものです。
「これはヤラセだ!」とさらに炎上しましたが、ピースボートは「別人である」と抗議。そもそもこのボランティアスタッフは6月15日は被災地におり、東京でインタビューに応じられるわけがない、と。産経はネットデマにつられてしまったわけです。
産経には「オスプレイの事故率は大韓航空や中華航空よりも低い」というような記事もありました。そんなわけねえだろって話ですよ。この記述は後に削除されましたが、韓国や中国を貶(おとし)め、ネトウヨが喜ぶようなミスリードを誘ったのは明らかでしょう。
オスプレイに関しては、沖縄で12月13日に起こった「不時着」事故の際、こんなデマも流されました。在日米軍トップが副知事を訪れ、深々と頭を下げて謝罪している写真がネットに上げられたのですが、これは5月に発生した米軍属による女性殺害事件の時のもので、今回の事故とは関係ない。こちらは米軍を貶めるための、左派によるでっち上げでしょう。
あるいはドナルド・トランプが米大統領選に勝利した後、100万人規模の反トランプデモの写真がUPされていましたが、それは数ヵ月前にベネズエラで行なわれた反政府デモの写真だった。このように右も左も、自分の主張を通すためにはデマを流してもかまわないと考える愚民が蔓延(はびこ)っています。
しかし責められるべきは、それを「ネット上の現象」として無批判に報道するメディアの姿勢です。政治的思想の強いツイッターユーザーをいかに取り込んでページビューを稼ぐか、そのためには何をやってもいいんだという風潮が、デマの温床になっています。
2016年「デマ・オブ・ザ・イヤー」はあのアナウンサー
―では、政治関連以外のデマでは?
中川 2016年の事件ではないですが、私の一番好きなデマ騒動に「パーナさん事件」があります。なぜ好きかというと、そこには悪意がないからです。「パーナさん」というのは、アイドルグループ「NEWS」のファンのこと。2013年夏、秩父宮ラグビー場でのコンサートが悪天候のため翌日に延期になった。地方のパーナさんたちには最終の新幹線で帰る人も多いため、宿泊難民になってしまった。
すぐさまネット上には、男たちによる「パーナさん狩り」が行なわれているというデマが飛び交った。ニセ警官がパーナさんに声をかけたとか、「パーナさん狩り」と書かれた鉢巻を締めた身長2メートルの男が横浜から電車に乗り込んでいったとか。困っているパーナさんたちを助けるため、普段は仲の悪い他のアイドルグループのファンも連帯し「コンビニの店員はパーナさんにオニギリをあげてください」などとツイッターで呼びかけた。もう、デマだらけだったんです(笑)。
―いい話ですねえ(笑)。
中川 いい話といえば、2016年はこんなこともありました。群馬県太田市の臨時職員がフランスで開催された世界的なゲーム大会で優勝したという話です。彼は以前からこの大会に出るとアピールしていて、職場で結果を訊かれた際に「優勝した」と答えた。上司が喜んじゃって記者会見まで開いたんですが、実は全部ウソで大会に参加もしていなかったという…おそらく引っ込みがつかなかったんでしょうね。この一件はフランスでも報道され、大会主催者が「来年は選手としての参加を待っています」という温かい声明を出しました。
―いわゆる「神対応」というやつですか。でも、この言葉もなんか気持ち悪いんですよね。
中川 情報の受け手にとって都合のいい対応をしてくれれば「神対応」で、そうでなければ「塩対応」になる…それだけの話ですよ。私は昨年、『謝罪大国ニッポン』という本を書きましたが、例えば謝罪会見を見た人が「お辞儀の仕方がよかった」とか「仏頂面で反省が見られない」とかネットにコメントするわけでしょう。今や謝罪会見は「競技」となって、それをみんなで「審査」している状態です。
しかし、謝罪している側の人たちは本来、赤の他人じゃないですか。どうでもいい他人に興味を持ちすぎて、身の回りの大切な人たちを蔑(ないがし)ろにしているんじゃないかというのが私の問題意識で、いっそのこと「メディア断ち」をしたほうがスマートに生きられるのではないかとさえ思います。
話をデマに戻すと、2016年「デマ・オブ・ザ・イヤー」を贈るとすれば、なんといっても長谷川豊氏でしょう。ブログでベッキーとゲス極・川谷のLINEを「捏造だ」と言い切ったり、「人工透析患者のほとんどは自業自得」と根拠のない理由を挙げて暴言を吐いた。「ガセガワ」というニックネームまでつけられた彼は、結果的に「デマを撒き散らすことの罪深さ」を人身御供(ひとみごくう)となって体現してくれたんだから、もう叩くのはヤメようよと言いたいですね。仕事も失っちゃったんだし(笑)。
グーグルの敗北? 検索エンジンを過信するな
―最後に、デマに踊らされないためには、ネットに溢れる大量の情報とどう向き合っていけばいいですか?
中川 インターネットのおかげでみんなが繋がった。でも、そろそろその熱狂から覚めて、あくまで便利なツールとして利用するだけにして、騒ぐのはヤメにしましょう。東日本大震災以降、例えばボランティアに関して、自分の考えについて誰かに賛同を求めたり、あるいは他人の意見を批判したりすることが「ネットの作法」になっていきましたが、他人を巻き込むなと私は言いたい。情報を得た上で行動し、自分で完結すればいいんですよ。
あとは、検索エンジンを過信するなということ。最も象徴的な例が、医療系キュレーションサイト「WELQ」の情報がデタラメだらけだったことが判明し閉鎖されたことで、これはグーグルの敗北とも言えます。これまでWELQのような、グーグル検索で上位にくるためのSEO対策に長けたメディアが跋扈(ばっこ)してきたけれど、誰かがコピペしたような情報ではない「正確な情報」にどうアプローチするかが重要になってくる。
簡単に言えば、ちゃんと「プロの意見」に耳を傾ければいいんです。例えば「ac.jp」や「or.jp」などのドメイン名は、情報の信憑性を見極めるひとつのカギになってくるのではないでしょうか。
私は酒飲みなのでよく脱水症状のようになるのですが、脱水症状の対処法を検索すると、上位にクソみたいなまとめサイトばかり出てくる。しかし、ずっと下のほうにポカリスエットのHPが出てきて、そこには水分補給に関する説明文が厚生労働省のデータなどを参照しながら記されているんですね。それを読んで納得し、スーパーに行ってアクエリアスを買いましたよ。スポーツドリンクが脱水症状にいいことはわかったのですが、味自体はポカリよりもアクエリアスの方が好きなんでね(笑)。
●中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう) 1973年、東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『謝罪大国ニッポン』『バカざんまい』など著書多数
(取材・文/中込勇気)