“現代の魔法使い”落合陽一氏(右)とバイオプレゼンス社を設立した福原志保氏(左) “現代の魔法使い”落合陽一氏(右)とバイオプレゼンス社を設立した福原志保氏(左)

『週刊プレイボーイ』で短期集中連載中、“現代の魔法使い”落合陽一の「未来教室」。最先端の異才が集う最強講義を独占公開!

ボーカロイド『初音ミク』の心臓をつくる。人間の遺伝子を組み込んだ樹木を植える…等々、バイオアーティスト・福原志保には、ちょっと聞いただけだと思わずギョッとするような作品が多い。

もちろん、彼女は面白半分で活動しているわけではない。何かと何かの「境界」こそ、福原志保が選んだフィールドであり、なかでも特にこだわりを持つのが「生命と非生命の間」なのだ。最先端のバイオテクノロジーと詩的な感性を携えてこの境界を探検する彼女の作品は、私たちに様々な問いを投げかける。(前編記事「初音ミクの遺伝子をつくりました」参照)

* * *

福原 ああそうだ、これはバイオ絡みじゃなくて水の話なんだけど、ずっと前、シンガポール国立大学の「デルトウォーターアライアンス」っていうリサーチセンターに3ヵ月滞在したことがあって。ダウジングって知ってる?

落合 針金持って歩くと、水があるところで反応するっていうやつ。

福原 そう。それでシンガポールじゅうを歩き回って水源を探すっていうプロジェクトをやったの。シンガポールって水問題がすごく深刻で、マレーシアからもタイからも買っていて、例えばマレーシアが値段を釣り上げたり売らなかったりすると、それだけで一触即発の国際問題に発展するくらいなのね。

シンガポールは国土がすっごく小さいから、雨が降っても水を貯めておく場所がない。だけどお金は持ってるから買うわけよ。「ニューウォーター」とか言って、下水をフィルターに通して飲めるようにしたのを売ってたりして、「トイレの水飲みますか?」みたいな話なのだけど。

落合 「おばあちゃんのDNAが入ったリンゴ、食べますか?」みたいなもんですね。

福原 そうそう。それで面白いなあと思ったから、じゃあダウジングで私たちが水源探しましょう!って企画書をつくってシンガポール大学に送ったら、通ってしまいました。こんな一見バカバカしいような企画なのに(笑)。

だから、(学生たちに対して)みんな将来どうしようって悩んでるかもしれませんが、とにかく企画書だけ書いて送りまくればなんとか生きていけるから大丈夫ですよ。

コンピューターも生き物に見えてくる

落合 人は優しいからね、そういうとき。それで、うまくいったんですか?

福原 3ヵ月間ずっと歩き回って、私はビデオでその様子を記録してたんだけど、面白いよ。被験者に目隠ししてダウジングやってもらうと、木の近くでびよーんってロッドを上げたりするのね。そのまま黙ってると、ドーン!と木にぶつかっちゃったりして(笑)。

最後はシンガポール国立美術館でビデオとか水源マップの展示までして、すごく受けがよかった。意外と疑似科学に興味あるみたい。科学なのか科学じゃないのかわからないような部分に。

落合 あんな科学っぽいこと言いそうな国なのに。

福原 でね、私としてはダウジングの結果が正しいのかどうか知りたいから、最後に大学側に頼んだんです。「調査の精度を確かめたいので、本当の水源マップを見せてください」って。そしたら「ないよ」って言われて。「はい?」みたいな。「水源の位置は国家機密だからマップなんかない。だから君を呼んだんだよ」って言われて。

落合 答え合わせをするつもりだったのに、正しい答えがなかったんだ(笑)。

福原 向こうは本気だったみたい。

落合 そのマップ、今も使ってるんですかね?

福原 ホントに掘る人が出てくるかも。一攫千金だ!って。

落合 シンガポールで水源を掘り当てたら、石油並みに儲かりますね、きっと(笑)。

生命と非生命の話に戻りますが、俺みたいにコンピューターをずっといじってると、コンピューターも生き物に見えてくるんです。俺たちとコンピューターの違いって、結局はタンパク質でできてるか、シリコンでできてるかの違いしかないと。基本的には、エントロピー(乱雑さ)を減らす方向に向かって動くものを生き物って言ったりコンピュータって言ったりして、それ以外のものをただの物質とか非生命とか言ってるだけなんだろうなと僕は思っています。

福原 それは面白い。

遺伝子だって、それだけでは生命じゃない

落合 それで、志保さんが生命を扱う感じって、僕がマイコン(半導体チップ)をいじる感じに近いんじゃないかと思ってるんですが、実際はどんな感覚ですか? “画材”として生物を見ているのか、それとも崇高な対象に手を入れさせてもらっている感じなのか。昆虫学者とかに聞くと、けっこう見方が分かれるんですが。

福原 私はもともと「どこからが生命か」って、定義がわからないっていうところから始めているので、どっちかというとツールとして見てるかな。例えば遺伝子だって、それだけでは生命じゃないし。

ただ、ミクちゃんの心筋細胞をアルスエレクトロニカ(毎年オーストリアで開催される世界的なメディアアートの祭典)で展示したとき、ウィーンから車で4時間もかけて運んだせいか、起きるのに時間がかかったことがあったの。心筋細胞がだんだんパクパクしだすんだけど、最初はリズムがなんか違って。そういうの見てると、かわいいなあって思えて。だから、それが死んでいくのを見るのはやっぱり切ないです。

落合 ああ、確かに心筋細胞は動いてるからなあ。あいつらなりの生き物っぽさはありますよね。

志保さんのやってることってリアルですよね。人間の遺伝子を入れた木だって、ちゃんと本当につくることにこだわる。世の中的には「そういうコンセプトです」ってことだけ主張して、実際はつくらないというスタンスだって認められるわけでしょう。

福原 私、そういうのがイラッとするから。

落合 俺もイラッとくるから自分でつくって、現象をバーンと突きつけるんだけど、受け取る側からすれば虚構にしか思えないのかもしれない。だとすると、なんかちょっと切ないなあって最近思ってます。

福原 確かにそう。例えば私がつくる木は、普通の木です。どう見ても、人の遺伝子が入ってるのかどうかなんてわからない。だって姿を変えたくないから。変えるのなんて逆に簡単で、変えないほうがエレガントだと思ったから変えたくないって言ってるのだけど。

でも、アーティストなのに木だけ出しても、一般の人には全然グッと来ない。「ただの木じゃん」みたいになって、ネタとしてわかりづらいというか、そこは悩みどころなんですが。

おばあちゃんらしさを感じる、生命感のあるものが欲しかった

落合 それでも、つくらずにはいられないんですよね?

福原 「これ、ストーリーだけで十分作品として成立してるから、つくらなくてもいいですよ」っていろんな人に言われたり。でも、つくったらものすごいことになると思って、もう10年以上続けてます。アイデア自体を思いついたのは2001年なの。それから待って、待って、ようやく……! 遺伝子解析が安くなったし、遺伝子組み換えの技術も覚えたし、いよいよってところ。

落合 志を保つ、で志保さんですから(笑)。

福原 しつこいんで(笑)。「なんでそんなにこだわるんだ」ってよく聞かれるんだけど…。

落合 聞いてもいいですか?

福原 好きな人が死んだということを、何年も乗り越えられなかった。涙がこらえられなくなるから、人前ではずっと話せなかったんだけど。

おばあちゃんが留学中に亡くなったのね。その6ヵ月くらい前に電話がかかってきたの。おばあちゃんからの初の国際電話。「志保は夏休み帰ってくるの? 会いたいよ」って言われたんだけど、ちょうどRCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート。英ロンドンにある芸術大学)の入試の時期で忙しくて。「来年にならないと帰れない」って言ったら、「でもおばあちゃん来年は無理だと思うんだよね」って。

それで、おばあちゃんは12月31日にホントに亡くなったの。あの時帰ってれば、と思って。

落合 それは思うよね。

福原 お葬式にも行けず、入試が終わってやっと日本に帰ったときには、当たり前だけどもうおばあちゃんはどこにもいない。そういうときに、冷たい墓石じゃない、何かおばあちゃんらしさを感じる、生命感のあるものが欲しかったのね。

それで、DNAの本を読んでた時、木のDNAと人間のDNAの比較を見て「入れられるじゃん!」って単純に思ったのが発端です。「おまえは何をやりたいんだ?」ってよく聞かれるけど、私はおばあちゃんの物語を残したい。木だったら一緒に暮らせるし、もしかしたら私の娘とか孫とかが、その木で遊んでくれるかもしれない。3世代前のことってあんまりみんな知らないけど、木だったら残せるでしょう?

実現したら、ホントに変態とか変人とか言われて新聞に載るんだろうな(笑)。

落合 いや、それは正しく伝えてもらいましょう(笑)。

■「#コンテンツ応用論」とは? 本連載は筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。“現代の魔法使い”こと落合陽一助教が毎回、コンテンツ産業の多様なトップランナーをゲストに招いて白熱トーク。学生は「#コンテンツ応用論」付きで感想を30回ツイートすれば出席点がもらえるシステムで、授業の日にはツイッター全体のトレンド入りするほどの盛り上がりです。

●落合陽一(おちあい・よういち) 1987年生まれ。筑波大学助教。コンピューターを使って新たな表現を生み出すメディアアーティスト。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。「デジタルネイチャー」と呼ぶ将来ビジョンに向けて研究・表現を行なう

●福原志保(ふくはら・しほ) 2001年、英ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズのファインアート学士課程卒業。03年、英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)のデザイン・インタラクション科修士課程修了。主にバイオテクノロジーを駆使した芸術作品で社会の常識や枠組みをハッキングするアーティスト。グーグルの先端技術研究部門「ATAP」の一員として、スマホ入力機能を備えた“スマートジーンズ”の開発プロジェクトにも携わる

(構成/前川仁之)