人和鎮の昔ながらの大衆食堂で、QRコードをスマホで読み取る山谷氏(左)。中国では低所得層にもスマホ決済はすっかり定着している

昨今、中国におけるスマホ決済とシェアリングエコノミー(*)の普及が、日本でも驚きとともに報じられている。

一部の経済誌では「中国でキャッシュレス社会が出現」「日本は中国に抜かれた」と気の早い記事すら見られるほどだ。だが、本当にそこまでスゴいのか!? 

中国在住のITライター・山谷剛史(やまや・たけし)氏とスマホ決済の最前線・広東省を歩いてみると、意外な実態が浮かび上がってきた。

(*)モノ・サービス・場所などを多く人と共有・交換して利用する社会的な仕組み。日本だと「カーシェアリング」や「民泊」などがそれに該当する

* * *

「お兄さんたち、遊んでいかない? 手のサービスだけじゃなくて、本番もあるよ」

ある夜。取材中の私と山谷氏に、色っぽいお姉さんが中国語で声をかけてきた。

ここは広東省広州市の20キロ郊外にある人和鎮(レンホオヂェン)だ。安旅館が軒を連ね、半裸の男性が路上でぶっかけ飯を掻き込む。雑貨屋の店先にはパチ物キャラクター商品が山積みだ。中国第3位の都市の一角とは思えぬ、怪しい匂い漂うスラム街である。

「ほら見てちょうだい。若くてかわいい子がいっぱいよ」

お姉さんが私たちを怪しいお店に誘う。吹き曝(さら)しの店内に、太腿もあらわな数人のマッサージ嬢が気だるげに寝そべる姿が見えた。習近平の政策で、広東省の風俗産業は徹底的に摘発されたはずだが、この街には関係ないらしい。

私は山谷氏と目配せし、意を決して、彼女に尋ねてみた。

「こ、この店でも微信支付(ウィーチャットペイ)は使えますか!?」

「もちろんよ!」

お姉さんは、にっこりと微笑み、カウンターに貼られたQRコードに指を指した。

「微信支付も支付宝(アリペイ)もオーケー。さあ、スマホを出して!」

中国の都市部で急速に進んでいるスマホ決済の波は、なんとスラムの裏風俗店の支払いまでカバーしていた――。

現在、中国におけるスマホ決済のシェアを2分するサービスは、大手IT企業テンセント社の「微信支付」と、アリババ社の「支付宝」。どちらも、アプリを立ち上げて、QRコードを読み込んでから金額を入力。すると、登録した銀行口座から自動で引き落とされる。これさえあれば、財布いらずで、何でも買える。

『週刊プレイボーイ33号』(7月31日発売)「中国スーパー情報管理社会の闇」では、中国社会を隅々まで変化させるシェアリングエコノミーの実情と、便利さの一方で、膨大な個人情報を政府当局が一元管理する“究極の監視社会”の恐怖まで、現地徹底ルポ!●取材・文・撮影/安田峰俊1982 年生まれ、滋賀県出身。主に中国を主戦場にしているルポライター。多摩大学非常勤講師。著書に『中国人の本音』(講談社)、『和僑』『境界の民』(共に角川書店)、『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)など