“空のホンダ”が絶好調だ! 2015年12月にアメリカで販売を開始した「ホンダジェット」が、2017年上半期(1月から6月)に24機をデリバリーし、小型ジェット機市場で世界一のシェアを達成!
多くの困難を乗り越え、ホンダ創業者、本田宗一郎の「いつかは空へ」という夢を実現したホンダジェット。その成功の秘密はどこにあるのか?
今回、世界一周旅行中のアメリカ人オーナーが羽田空港に寄航し、限られたメディアにのみ機内を公開。生みの親でホンダエアクラフトカンパニーの藤野道格(みちまさ)社長自ら、ホンダジェットのこだわりを熱く語ってくれた!
■スペックではなく感性に訴える飛行機
―ホンダジェットの販売が好調です。10月からは中国での受注も本格的にスタートするそうですが、ホンダジェットが顧客に支持された理由はどこにあると思いますか?
藤野 ホンダジェットはVLJクラス(Very Light Jet/最も小型のビジネスジェット)で最も速く、高い高度を飛べて、燃費も一番良い…と、数字上のハッキリとしたメリットがあるわけですが、実際に試乗した方々から評価をいただき、最も大きな「違い」を感じていただけるのはそうした部分だけではなく、むしろ「感性」に訴える部分ですね。
―それは自動車でいう「乗り味」みたいなものですか?
藤野 そうですね。その違いはエンジンをかけた瞬間から感じてもらえるはずです。エンジンの始動は驚くほどスムーズで、いつ始動したのかわからないほどです。
一方、離陸時には背中がシートに押しつけられるような感覚で、ホンダジェットならではの圧倒的な加速感を味わっていただけますし、一般的な民間の旅客機より高い、高度4万3千フィート(約1万3千m)で巡航しているときの機内はシーンとして驚くほど静かです。
―うーん、高いスペックだけじゃなくて感性に訴えるって「高級スポーツサルーン」の売り文句みたいですね。
藤野 ホンダジェットを一度体験された方に「もう一度乗りたい」と感じていただきたい。せっかくホンダが飛行機を造るなら、そういうものにしたかったんですよ。
■クラス初のトイレを実現できたわけ
―ところで、このクラスのビジネスジェットで唯一、プライバシーが確保された「トイレ」を装備しているのがホンダジェットだと聞いたのですが、本当ですか? 1機数億円もする(ホンダジェットは約5億4千万円)プライベートジェットに、これまで「ちゃんとしたトイレがついていなかった」なんて、信じられないのですが(汗)。
藤野 はい、本当です。同じビジネスジェットでも、1機60億円ぐらいする大型機にはトイレやシャワーまで装備しているものもあります。しかし、ホンダジェットのように最も小型なクラスでは、機体をコンパクトにしながら、いかに性能を出すかというところに重点が置かれるので、どうしても必要最小限の機能に絞らざるをえない。
ただ、今言われたように、せっかく高価なビジネスジェットを購入し、プライベートな移動の手段を手に入れたのに、機内で「トイレ」のプライバシーすら守れないなんてバランスが悪いですよね。そこで開発当初からこの飛行機を「きちんとしたトイレ」がついているものにしたかった。そのために必要な機内スペースや、求められる軽量化はわれわれの技術でひねり出したということです。
なんとしても商品にしたかった!
―そうか、それを可能にしたのがホンダジェットの大きな特色でもある「主翼の上面」にエンジンを配置する独特のレイアウトなんですね!
藤野 そのとおりです。もちろん「トイレ」だけが目的だったわけではありませんが(笑)。キャビンの快適性や荷物スペースも含め、どうすれば胴体の中に「使える空間」を最大限に確保できるのかで悩み続けた末に、エンジンを従来のように胴体後部に配置するのではなく、あえて「主翼の上面」に配置するというアイデアにたどり着きました。
それにエンジンの配置をいろいろと試すなかで、結果的に機体の空気抵抗を低減することも可能になったのです。
■なんとしても商品にしたかった!
―ゼロからスタートしたジェット機の開発は苦労の連続で、一時は社内からもホンダジェット開発プロジェクトへの逆風があったと聞きました。困難を乗り越えて「夢」を実現できた秘訣は?
藤野 僕がモノ造りのエンジニアを目指したのは「自分で造ったものを誰かに使ってもらいたい」と思ったからです。ホンダジェットの開発には技術面以外にも多くの困難がありましたし、正直ここまでこられるという確信が100%あったわけじゃありません。困難に直面するたびに、この飛行機を形にして多くの人に喜んでもらいたい、そのためにはなんとしても「商品」にしなきゃいかん、という気持ちで乗り越えてきました。
この機体で今、世界一周旅行をされているアメリカ人オーナーの方と昨晩、食事をしたのですが、ホンダジェットを気に入っていただいていて、そういう言葉を聞けたのが本当にうれしかった。自分のやりたいことを信じて一生懸命やっていれば、いつかそういう機会はやってくるんだなと。この飛行機を造って本当によかったとあらためて感じましたね。
(取材・文/川喜田 研 撮影/池之平昌信)