“現代の魔法使い”こと落合陽一が、人類の未来を予言する『週刊プレイボーイ』本誌の月イチ連載『人生が変わる魔法使いの未来学』。
有史以来、人間は情報を「言語」に変換してコミュニケーションを取り、文明を発展させてきた。
しかし、インターネット回線とバーチャルリアリティの発達により、時代は「情報をそのままの形でやりとりする」段階に突入しつつある。この歴史的転換は、人類をどう変えるのだろうか。
“現代の魔法使い”が見通す未来の形とは―。
■イルカは水の中でパケット通信している
―最近、やけにイルカの話をしてますね。伊豆のほうに通って研究もしているとか。
落合 僕、さっさとイルカになりたいんですよ。西洋的言語に飽きたので。
―活字媒体なので、言語は必要なんですけど…。言語に飽きたから動物、っていうのはなんとなくわかりますが、なぜイルカ?
落合 イルカが音波でコミュニケーションを取るのは有名ですよね。実はこれ、情報のトランスミッション(伝導)が音波なだけじゃなくて、現象の認識もそのまま音波で行なっているようなんです。現象と現象をそのまま送り合っているというか。
―現象をそのまま?
落合 つまり、音波でパケットを送っているとイメージしてください。
―え? 例えば映像とか画像とか、そういう情報をそのままやりとりしていると?
落合 そうです。おそらくその通信では、われわれが使っているような言語は介してないんです。
―それ、インターネットそのものだ!
落合 だから僕はイルカのことを“インターネット・オブ・クリーチャー”とか“ソニック・インターネット・ネイティブズ”と勝手に呼んでいます。水の中にいる限り回線につながるスマホが頭の中に入っているようなものですよ。
―すげえ~…。
落合 1960年代頃、イルカのコミュニケーションを研究していたアメリカの脳科学者ジョン・C・リリーは「イルカ語辞典」を作ろうとした。でも、「言語的なコミュニケーションじゃない」という仮説が正しければ、辞典は機能しません。
―ただ、水族館ではイルカに対して飼育員が合図を送って、芸をやるじゃないですか。あれも一種の“言語”じゃないんですか?
落合 あれは手順を覚えさせてるだけ。イルカも餌をくれるから音刺激の記号をやってるだけですよ。たぶんイルカは「こいつらにはパケット通じないのかな、なんかわめき合ってるけど不便そうだな」とか思ってるんじゃないですか(笑)。
―いくらイルカになりたくても、人間は水の中で生きられないですからねえ。
落合 いや、だから今の時代はスマホがあるじゃないですか。携帯電話のアンテナがいっぱいあればいいんですよ。
―そうか! 「自分が見たまま」の画像を日々、送り合う現代人は、ある意味でイルカに近づいてきたわけですね。
落合 そう。で、今後はVRです。例えばホロレンズのようなゴーグル型デバイスをつけて、周囲の状況を3Dスキャンして他人に送り、体験を共有するなんてことも可能になる。VRは人類を“イルカ化”するんです。だから僕はイルカにすごく興味がある。イルカを研究することは、われわれがどこへ向かうかを探す手がかりになると思うので、仮説を説明したんです。
東洋では文化に相当な修行を要求していた
■欧米の研究者の間で「センセイ」が流行語に
―イルカのすごさはわかりましたけど、冒頭の話に戻ると、そもそもなんで「西洋的言語に飽きた」んですか?
落合 飽きたというか、使わなくていいなら使いたくない。基本的に、言語的世界観は情報が縮退していますから。なんでもそうですが、言語で「対象」を定めると、それ以外が必然的に「非対象」になりますよね。「非対象」が生まれると、世の中は二分される―つまり統合が失われちゃうんです。これはあまり正しくない。本当は、複雑なものを単純化せず、複雑なまま理解しないといけない。これは、とんちで有名な室町時代の僧・一休宗純(そうじゅん)とか、古代中国の思想家・荘子(そうし)にもつながる考え方なんですけど。
―それでも今までは見たもの、聞いたこと、すべてを言語に“翻訳”してコミュニケーションするしかなかった。
落合 それが西洋的な言語世界観です。すべてを言葉で語り、少なくとも教養があれば、誰でも理解できるようにと。一神教の構造も言葉を完備させようとしています。
―確かに、聖書は頑張れば誰でも読めますね。
落合 だけど、東洋はもともとは違ったんです。例えば「古池や蛙(かわず)飛びこむ 水の音」って、表に見える情報量の少なさはハンパじゃない。だけど、修行すればすごく深くまで理解できるようになる。この「修行」というのが重要で、東洋では文化に相当な修行を要求していたんですよ。
― 釈迦(しゃか)の言葉はめちゃくちゃ難解だし、大阿闍梨(おおあじゃり)になるには地獄のような修行が必須。
落合 そう。東洋では、かつては修行によってのみ哲学や悟りを獲得できたんです。ところで、この「非言語的修行」を現代風に置き換えると、なんだと思います?
―…もしかして、ディープラーニング?
落合 そうなんです。碁の聖人が持っていた頂点の座は、今やコンピューター囲碁ソフトに乗っ取られてしまった。ゼロからスタートしても、コンピューター同士でディープラーニングをガンガンやれば3週間で世界一になれるらしいですから。しかも、それをデータで人に渡せるわけです。
―まさに「現象をそのままやりとりする」世界! もう子供は町の囲碁教室に行くより、囲碁ソフトに教えてもらうほうが早く上達するんじゃ?
落合 そうかもしれませんね。ひとつ、すごく面白い話があって、Adobe社が昨年11月に発表したAIの名前が「Adobe Sensei」っていうんですよ。
―先生?
落合 先生。最近、外国で「センセイ」っていう言葉がちょっとはやってるんです。AIを先生にしよう、みたいな試みがよくあるんですけど、これってTeacherでもなければ、LecturerでもProfessorでもない。教育の機能としての先生じゃなくて、修行して現象に対する深い理解を得た人みたいな意味での「先生」。欧米にとっては新しい概念なんです。
―夏目漱石の小説に出てくるような先生?
落合 というより、私塾の先生っぽい感じかな。寺子屋の先生とか、そんな感じ。たぶん「Sensei」という言葉に引っかかる欧米の人たちも、そういうオリエンタリズム的なものの登場になんとなく気づいているんだと思うんです。
イルカよりシャチになりたいです
■AIによる音響解析でイルカ語を解き明かせ
―スマホとVRでイルカ化し、しかもその先生がAIになったら、いったい人間はどうなるんでしょう。
落合 言語のコミュニケーションと違って、現象をそのままやりとりすると誤解が生じないですよね。だから、誤解から生じる新発見みたいなものはなくなる代わりに、たぶんみんなヒッピーで中毒者みたいな落ち着いた人たちの集まりになるんじゃないですか。「あ、ふ~ん、こんな感じか」みたいな。
―確かに、コミュニケーションがどえらく楽になる。
落合 そう。イルカをじっくり見てると、こっちのヤツがおなかをひっくり返って出したら、それを見てない別のヤツも同じようにひっくり返ったり、そんな感じですよ。体自体が楽器で、生きてる限りジャズのフリーセッションやってるみたいな感じ(笑)。
―確かに、ドルフィンウオッチツアーとかで見ても、イルカってなんかラリってる感じがします。さっさとイルカになりたい、っていうのもわかる気がしてきた(笑)。
落合 あ、でもやっぱり、イルカよりシャチになりたいです、僕は。
―ハクジラ類だから、イルカの親戚といえば親戚ですが、なぜシャチ? シャチもパケット通信してるんですか?
落合 たぶんしてます。連携動作完璧。それゆえ最強。身体能力的にも余裕で時速数十キロとか出るし、頭もいいからグループごとに違う狩りをしているらしい。しかもサイズは4tトラック級。サメなんか瞬殺ですよ。
―4tトラックの群れが、水中を時速数十キロで3D移動しながらパケット通信で戦略立てて襲ってくる…。
落合 絶対無理でしょ。世界最強ですよ。
―ところで、イルカのコミュニケーションはどうやって研究するんですか?
落合 まだ指針は完全に立っていないけど、ある程度見えてきました。動きと会話。特に音響解析でけっこういけそうな気配はあります。そのツールが最近やっとそろいましたからね。うちはスピーカーもマイクも超音波位相差を作った特殊なものを作ってるし、集めた音波のデータをディープラーニングで解析するためのAIもある。イルカ語というか、“イルカプロトコル”を解き明かす研究ですね。その仮説証明がしたい。
―それは水族館で?
落合 まず今は水族館でやってます。いずれは海で。
―だいたいメドがつくまでの期間はどのくらい?
落合 わからないけど、イメージとしては5年くらいかな。イルカと会話できるようになったら、今度はシャチさんに恐る恐る話しかけてみようと思います(笑)。
(構成/小峯隆生 撮影[落合陽一]/五十嵐和博)
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●落合陽一(おちあい・よういち) 1987年生まれ。筑波大学学長補佐。同大助教としてデジタルネイチャー研究室を主宰。コンピューターを使って新たな表現を生み出すメディアアーティスト。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。最新刊は『超AI時代の生存戦略 シンギュラリティに備える34のリスト』(大和書房)