「現代の魔法使い」落合陽一(右)と「コンピューテーショナル・デザイン」を研究する小山裕己(左)

『情熱大陸』出演で話題沸騰、“現代の魔法使い”落合陽一が主宰する「未来教室」。『週刊プレイボーイ』で短期集中連載中、最先端の異才が集う筑波大学の最強講義を独占公開!

見たこともない奇抜な形の紙飛行機がすいすいと飛んでいく。おお入魂の職人芸か、と思わされるが、実はこれ、コンピューターにデザインを手伝わせることで「簡単に作れる」のだ。今回のゲスト、小山裕己の研究事例のひとつである。

JAXA(宇宙航空研究開発機構)や理化学研究所と同じ国立研究開発法人である産業技術総合研究所(産総研)は、今年3月にロイターが発表した「イノベーションを牽引する世界の国立研究機関ランキング」で5位になるほどの実績を誇る。小山はその産総研に所属する若き研究者で、落合陽一によると「僕の東大大学院時代のひとつ後輩で、分野がすごく近いので、今日は濃い研究の話ができると思います」とのこと。

「人前で長時間話すのに慣れていない」と言う小山の講演はしかし、ガチな研究を支えるクールな情熱と、鬱勃とほとばしるエンターテイメント性で聴衆の想像力にみやびなひっかき傷を残す。

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小山 僕の研究分野はコンピューター・サイエンスでして、最近は特に「コンピューテーショナル・デザイン」と呼ばれる研究をしています。

デザインって、今ではプロだけでなく一般人でも日常的にやっている、すごく身近なものですね。でも、この作業は極めて「属人的」なんです。つまり、人間の経験と勘に基づいてあれこれ試行錯誤しながらデザインを調整したりしなきゃいけないわけです。そこで、それをコンピューターに頼ることで、デザインのプロセスを支援したり拡張したりする――簡単に言うと、これがコンピューテーショナル・デザインです。

そのためには、この属人的なプロセスを数学的に記述しなければなりません。そこで使えるのが、数学のなかでも「最適化計算」と呼ばれる分野です。

例えば名刺をデザインすることを考えてみましょう。名刺のデザインの良し悪しは、文字の配置、フォントサイズ、色といったパラメーターの調整で決まるでしょう。今はわかりやすくするためにフォントサイズだけをとって考えます。

文字が小さすぎると良いデザインにはなりません。逆に大きくしすぎても、インパクトはありますが、まあ良いとは言えない。そうすると、その中間あたりでちょうどいい塩梅になると考えられます。

これを数学的に考えてみるとどうなるか。フォントサイズをデザイン変数xとして、その値に応じて「良さ」が上下するので、ここには何らかの関数――Goodness(x)――が定義できるだろうという風に考えます。横軸をデザイン変数、縦軸を「良さ」とするグラフができます

すると、ちょうどいいフォントサイズを決めるという属人的なプロセスが、数学的には次のように記述できます。「関数Goodness(x)を最大にする変数xを探し出し、それをx*と呼ぶ〈x*=arg max Goodness(x)〉」と。

関数の値が一番高くなるところを探す計算のことを、一般には最適化計算といいます。最適化計算はコンピューター・サイエンスではとても重要で、最近の人工知能でも背後ではこういった技術が使われていたりします。

横軸がデザイン変数(ここでは名刺の文字の大きさ)、縦軸がデザインの美しさ。グラフの曲線の頂上が「最も美しいデザイン」ということ。

…長くなりましたが、皆さん大丈夫ですか?

落合 大丈夫大丈夫! みんな超反応してる。

紙飛行機と竹とんぼをデザインする

コンピューターによる最適化計算で、翼の位置や角度といったデザインを微調整した「一見飛ばなそうな紙飛行機」。どれもスイスイ飛んでいく。

小山 よかったです(笑)。では、ここから先は研究の事例を紹介していきたいと思います。

最初に紹介するのは紙飛行機です。紙飛行機のデザインってすごくシビアで、翼の角度が0.5度ずれると全然飛ばなかったりする、そういう類いのものです。そこでコンピューテーショナル・デザインの立場から、「Fly-ability(x)」、つまり「飛ぶ性能」みたいな関数を機械学習でつくって、最適化計算でそれを最大にするような翼の位置とか角度を瞬時にしてはじき出す、ということをやりました。

こうすると、手作業で作って、飛ばして、また作って……という試行錯誤では絶対到達できないような形の紙飛行機をデザインできるようになります。ドラゴンとかサメとか、「絶対飛ばねえだろ!」みたいな変な形でも、最適化計算で微調整すると飛ぶようになるんです

同様に、竹とんぼのデザインもやりました。竹とんぼの場合は「Fly-ability(x)」に加えて「Spin-stability(x)」、つまり「どれくらい安定して回転するか」の関数をつくり、最適化計算をします。これによって、たぶんですね、僕の知る限り人類史上最も変な形の竹とんぼを実現できたと、そういう研究です。

竹とんぼのデザインの最適化計算には、紙飛行機と同じ「Fly-ability(x)」に加えて「Spin-ability(x)」(どれくらい安定して回転するか)という関数も用いた。

飛ぶものばかりやってるわけじゃありません。ほかにも例えば、スマホとかマグカップをテーブルなどに固定するコネクターをデザインする研究をしました。コネクターだから、しっかり固定できないと危なっかしくて使えません。そこで、しっかりと固定できるコネクターデザインを計算で求めるシステムを作りました。

ここでは物理的な安定性と幾何学的な安定性――マグカップなら「その形状をきちんと包めるか」――のふたつの観点から、「Connect-ability(x)」という関数をつくり、数学的に扱えるようにしています。デザインしたコネクターは三次元プリントして実際に使うことができます。

最適化計算されたデザインを3Dプリンターで出力した、ギターにスマホを固定するコネクター。

テーブルにマグカップを固定するコネクター。

さて、以上3つの事例はいずれも機能性を考慮したコンピューテーショナル・デザインです。機能性は客観的な指標なので、数学と相性がいいんですね。

ただ、デザインの評価基準は機能性だけではありません。見た目の好ましさ、美しさも重要なファクターになります。こっちは感覚的なものなので、数学的に扱いづらい。だからこそチャレンジングで面白い、研究のしがいがある。ということで、やりました

感覚的な好ましさを扱うためのアプローチとして、ヒューマン・コンピューテーションという考え方が使えると思ったんです。人間を計算資源とみなしてアルゴリズムに組み込むことで、機械だけでは解けなかった問題を解く。そういう考え方です。

計算資源となる人間をどうやって集めるかというと、例えば2円の報酬で2クリック分の仕事をしてくれる人1万人に発注するみたいなことができるクラウドソーシングのサービスがあるんですね。僕たち研究者はそれを使っていろいろ研究しています。要は人間がたくさん待機していて、プロセッサーが何か指示を出す。すると人間が指示に従って結果を返す。プログラミングの言葉でいうと、「関数呼び出し」で人間が呼び出され、「返り値」として計算結果を返すということです。

…これってすごくSFっぽいですよね(笑)。僕、これすごく好きなんですよ。面白くないですか?

落合 超面白い!

人間の思考力や想像力の限界を超えたデザインが可能になる

小山 よかったです。で、計算の過程に人間を組み込むことができれば感覚的な問題も解ける。例えば、色調補正した2枚の写真をたくさんの人間に見せて、どちらが好ましいですか、と判断してもらう。そうやってデータを集めて統合することで、「感覚的な良さ」という属人的な指標を「Goodness関数」として数学的に扱えるようになります

このように、数学とコンピューターをうまく活用することで、人間の思考力や想像力の限界を超えたデザインが可能になるんじゃないか、デザインというプロセスを高度化したり効率化したりできるんじゃないか、と期待しています。要は、もっと面白いデザインを可能にしたり、デザインという行為そのものをもっと面白くしたりしたくて、こういう研究に取り組んでいるわけです

研究っていうのは必ずしも今すぐに役に立つものではありませんが、こういう研究を積み重ねていったら、10年後にすごく面白いことができるんじゃないかな、という具合に想像していただければ幸いです。

落合 ありがとうございました! 後半の対談パート、今回は研究人生の雑多な話をしたいと思います。

小山さんとは興味の対象がすごく似てるなあといつも思っていて、でも研究には趣味趣向の差がすごく出てくるんですよ。小山さんはね、SIGGRAPH(毎年夏にアメリカで開かれる世界最大級のコンピューターグラフィックス・インタラクティブ技術の国際会議)の本流という感じがしてカッコいい。2014年のSIGGRAPHでは紙飛行機を飛ばしてたし。

小山 確かに、会場で飛ばしてましたね(笑)。

落合 俺、その横でひたすら物を浮かせる計算をしてたんですけど(笑)。明らかに飛行機を飛ばすほうがキャッチーで、かわいいじゃん。

小山 落合さんのもキャッチーですよ(笑)。すごい話題になった。

落合 研究したいこと、興味があること、あと生きていくためにやらなきゃいけないこと。このあたりのバランスはどう考えてます?

小山 そもそも、やりたいことと生きることを重ねるために研究の道を選んだというところがあります。自分が取り組むことを自分で考えていけるっていうのが、研究者の一番魅力的でやりがいのあるところだと思っていて。

落合 大学の先生になろうと思ったことはないですか?

小山 もちろん考えましたし、もしかすると将来そうなるかもしれません。

落合 なるほど。僕が大学の先生になった時は、友達から「落合が学生さんと一緒に研究やったら絶対疲弊する、プロと仕事する環境じゃないとうまくいかないだろう」って予想されました。実際、最初の2年くらいはむちゃくちゃ大変だったんだけど、学生さんって育てれば伸びるから。サーベイとかさせてるうちに、自分と見てるものが近づいてくる。そうするとコミュニケーションコストが下がって楽になりますね。

◆後編⇒“現代の魔法使い”落合陽一×小山裕己「“絶対飛ばない”紙飛行機や竹とんぼを飛ばす方法」

■「#コンテンツ応用論2017」とは?本連載は筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。“現代の魔法使い”こと落合陽一学長補佐が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トーク。学生は「#コンテンツ応用論2017」付きで感想を30回ツイートすれば出席点がもらえるシステムで、授業の日にはツイッター全体のトレンド入りするほどの盛り上がりです。

落合陽一(おちあい・よういち)1987年生まれ。筑波大学学長補佐。人間とコンピューターが自然に共存する「デジタルネイチャー」という未来観を提示し、同大助教としてデジタルネイチャー研究室を主宰。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。最新刊は『超AI時代の生存戦略 シンギュラリティに備える34のリスト』(大和書房)。

小山裕己(こやま・ゆき)東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程を修了後、2017年4月より産業技術総合研究所情報技術研究部門メディアインタラクション研究グループ研究員。東京大学大学院情報理工学系研究科・研究科長賞など受賞多数。コンピューターグラフィックスとヒューマンコンピューターインタラクションを専門とし、特に計算機科学に基づくデザイン支援技術の研究に従事する。

(構成/前川仁之 撮影/五十嵐和博 協力/小峯隆生)