新作のCX-8について語る、マツダの廣瀬一郎常務(右)と小沢コージ(左) 新作のCX-8について語る、マツダの廣瀬一郎常務(右)と小沢コージ(左)

昨年12月に発売され話題沸騰中のSUV・CX-8をはじめとするほぼ全車種を北海道の雪上テストコースでイッキ乗り!

新世代のマツダが目指す“快適な走り”へのコダワリとは? 自動車ジャーナリストの小沢コージが車両開発トップを直撃した!

■“ヤクド”はクルマを楽しく上質にする

極寒の地・北海道で、久々に新たな自動車境地に目覚めてしまったかもしれない…。そう、ここ数年CX-5やデミオなど一連の“魂動(こどう)”デザインを纏(まと)った新製品群や、ほかにない高圧縮ガソリン&低圧縮ディーゼルターボなどのスカイアクティブ技術で勢いに乗っている、マツダの雪上取材会でのことだ。

題目的には、昨年末に発売された超話題の大型3列シートSUV・CX-8をはじめ、アテンザやロードスターなどの現行マツダ車に雪道で乗れるお楽しみ企画だが、何を思ったのかマツダはここでマスコミ陣に“新教義”を布教し始めたのだ。

そのキーワードこそが「躍度=ヤクド」! 一見、聞き慣れない言葉だが、概念的には加速度の変化率のことだ。具体的には「アクセル、ブレーキ、そしてステアリング操作と自動車に関わるあらゆる加速度の変化分(ヤクド)をコントロールすることこそがクルマの楽しさであり、運動性能の質を決定する!」というワケのわからない新クルマ快楽理論。だが、何はともあれ実際に乗ったクルマがやたら楽しくて上質なのだ。

まずは、ジャーナリストごとにタイムを競う雪上オートテストにトライ。デミオやロードスターで数回練習した後、例のヤクドが走行中にモニター表示されるアクセラでタイムアタック! 急加減速や急なハンドリングをすれば、ヤクドが生じてペナルティが加算される…のだが、並み居るセミプロドライバーを抑えてまさかのトップ! 単なる偶然かもしれないけど、ヤクドを抑えたスマートな走りができたということだ。

さらに新作のCX-8は、東京で乗ったときも走り味は上質だったが、滑りやすい北海道で乗っても驚くほどの安定感と質感。ステアリングフィールの良さ、乗り心地のフラット感がものすごい上、3列目に乗ってもことのほか揺れないのでビックリ。

実は、マツダは1年前にも同様の試乗会を開催している。そのときはGVC(G-ベクタリング コントロール)という、今では全マツダ車についているハイテク技術のありなしを試したのだが、これまた狐につままれたような体験だった。厳密にはステアリングを切った瞬間にほんのちょっとだけ自動で減速Gを発生させ、走行を安定化させるという機能だが、この“ほんのちょっとだけのG”が体感的にはまったくわからない上、それでいて雪道では確実に安定。マジで半分だまされたようなキブンになる、まさしくオカルト的技術だったわけだ。

そして今回のヤクドだが、GVCの応用というか、それをさらに突き詰めた“新教義”であり、ハンドリングだけでなく加減速、乗り心地すべてに効く。うーん、今のマツダはいったいどういうノリで開発を進めているんだ…。同社のパワートレインから商品開発までを担当する、廣瀬一郎常務を現地で直撃した。

ヤクドは人間のごく自然な動きにも表れています

 JAFの公式競技・オートテストも実施された。旋回や車庫入れなどのテクニカルなコース設定の上、ちょっとした急操作がタイムロスを招くから意外とムズカシイ! JAFの公式競技・オートテストも実施された。旋回や車庫入れなどのテクニカルなコース設定の上、ちょっとした急操作がタイムロスを招くから意外とムズカシイ!

―正直ビックリしました。あの「ヤクド」なる項目に気を使い、クルマを動かすとここまで走りが気持ちよくなって安定するとは。いつからマツダはこの法則に気がついたんでしょうか。

廣瀬 具体的に言い始めたのは去年ぐらいからですね。それまでもわかってはいたんですけど、ある種のリクツに落としたらあの言葉になったといいますか。

―10年ぐらい前の、ステアリングをスッと切ったらスッと曲がる、クイックな味つけだった頃のマツダにはなかった概念ですよね。しかも試乗会で喜々としてヤクドを解説するなんて、こんなメーカーほかにないですよ。新しい教義を布教する宗教法人みたい。

廣瀬 確かに変なメーカーではありますが(笑)。

―とはいえ、ヤクドって普通の人が理解するには難しいと思うんです。加速の変化率を表す加速度だってよくわかっていない人が多いのに。

廣瀬 わかりやすく説明すると、ヤクドは力の出し入れのことで、人間のごく自然な動きにも表れています。誰でも滑りやすい雪道では大股で歩かず、そーっと雪面に足を乗せ、足裏に意識を集中してジワーと動かすじゃないですか。他にも、上限ギリギリまで水が入ったコップがあったら、こぼれないようにそーっと置きますよね。あれがヤクドをコントロールするということなんです。

―なんとなくわかってきました。反応を見つつ、滑らないように路面にじっくり力を伝える。そんな感じですか。

廣瀬 そうです。それこそがヤクドコントロールで、人もクルマも力をロスなく伝えようとすると、自然と加減しながらやるんですよ。

―なるほど。ああいう丁寧さでもってアクセルやステアリングを動かすと、クルマをもっと気持ちよく走らせられるんですね。

廣瀬 そうです。これは単純な速いでも遅いでも語れない要素で、加速度の変化分を抑えることなんです。例えば、ジェット機の離陸時ってものすごくスピードと加速度が発生するじゃないですか。でもヤクドの絶対値で見ると案外電車なんかと変わらない。あれはヤクドが一定のままずっと続くからなんです。ヤクド自体はそれほど大きくないから酔わない。問題はスピードや加速度ではなく、ヤクドなんです。

―ヤクドで語ると運動性能の本質が見えてきますね。他社もこれに気づいている?

廣瀬 実際にウチみたいな概念に落とし込んでいるかはわかりませんが、おそらくポルシェやメルセデスは気づいているでしょうね。

―わかります。だからあの手のドイツ車は気持ちいい。以前、メルセデスのAクラスのエンジニアに「なんで走り味が上級車種のSクラスに近いのか」と聞いたところ、「波形だ」と言っていました。ステアリングの利き具合の波形を似せてるらしいんですよ。

廣瀬 おそらく同じことです。気持ちのいいヤクドを出す波形があって、そこに合わせ込んでいるのでしょう。

 アクセラとCX-5には、加速度とヤクドが表示されるモニターが特別に搭載されていた。試乗者は自らの加減速とハンドリングで、どれほどのヤクドが発生しているのかを体感することができる。 アクセラとCX-5には、加速度とヤクドが表示されるモニターが特別に搭載されていた。試乗者は自らの加減速とハンドリングで、どれほどのヤクドが発生しているのかを体感することができる。

モビルスーツのように身体感覚で操れるように!

 大雪が降りしきるなか、この日はロードスターRFを除く全ラインナップが士別市・剣淵のテストコースに用意された。 大雪が降りしきるなか、この日はロードスターRFを除く全ラインナップが士別市・剣淵のテストコースに用意された。

■操作感覚が消える日も近い!?

―でも、ヤクドという考え方がなかった時はどうしていたんですか?

廣瀬 昔はリニアとかリニアリティ(線形性)とか、そういう言葉で表してましたね。要は「切ったら切っただけ曲がる」「踏んだら踏んだだけ止まる」といったダイレクト感です。でもそれだけでは人間の感覚に合う力の出し入れは実現できなかった。

―確かに「リニアであればクルマは気持ちいい」と言われていた時期がありましたね。それがいつ頃ヤクドに?

廣瀬 数年前に僕が今の部署に戻ってきたとき、後任のパワートレイン開発本部部長が「ヤクドで全部語れるな」って言いだして、そのときからパワートレイン部と車両開発部がひとつになったんです。

―要するにアクセルもブレーキもステアリングも同じヤクドでコントロールしようと? それってまさしくマツダの新相対性理論なのでは!?

廣瀬 相対性理論かどうかはともかく(笑)、それまではクルマの動きを6軸、つまり前後の加速と、左右の横Gと、上下Gとに分けて考えていましたが、結局それを一緒にやらないと人が本当に気持ちよく感じる動きは作れないなと。

―なるほど。その考えが昨年のGVCも生んだと?

廣瀬 あれも元はそうですね。

―非常に難しく、なおかつ宗教的な話になってきましたけど(笑)、結局ヤクドを全域コントロールし始めたからCX-8の走りがどんどん気持ちよくなってきた?

廣瀬 そうです。今後、加減速やステアリング操作に加えて、ボディのロールも完璧にシンクロさせることができたら本当に操作感が消えると思うんです。クルマを運転している感覚自体がなくなり、モビルスーツのように身体感覚で操れるようになる!

―十分わかりました(笑)。つまり、これでマツダの宗教色がさらに強くなり、ヤクドという新たな教義を得てパワーアップしたと。そして、ポルシェやメルセデスにもないマツダプレミアム風味を獲得すると。それでいいですか。

廣瀬 はい。ついでに小沢さんも入信していただけますと。

―すでに半分しているような気がしますが(笑)。

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●マツダ CX-8 【SPEC】●6EC-AT(SKYACTIVDRIVE) ●全長×全幅×全高:4900mm×1840mm×1730mm ●車両重量:1850kg ●エンジン:SKYACTIV-D2.2 ●駆動方式:AWD ●最小回転半径:5.8m ●最高出力:190PS ●最大トルク:45.9㎏m ●使用燃料:軽油 ●車両本体価格:419万400円(税込)。

(取材・文/小沢コージ 撮影/本田雄士)